小指すうすう

松風 陽氷

小指すうすう

 寂しさを感じたりする。

私とその周りの人々の間にアクリル板があるように感じる。皆私に触れたこともないくせに、いい人だとか優しいだとか言う。アクリルの向こうで手を伸ばして、アクリルを触りながら私のことを物知った顔でああだこうだと言う。皆が触れて見ているのは私じゃなくてアクリル。寂しいね。そうして今日も宿題をやる気になんかなりゃしないんだ。

 適当に生きようが真剣に生きようが、息は続くし心臓は鳴り続ける。

丁度一月前に私のことを振った元カレにすれ違った。振られたって別に大したショックじゃなくて、寧ろショックを受けられなかった自分の心にショックを受けた。感受性の問題かしら。体操服を着て周りとじゃれあう彼はきっとこれから体育館に行くのだろう。心筋が一本ピンと張った。彼はこちらをちらりと一瞥し、友人の声掛けに応じ、笑っていた。楽しそうに笑っていた。何よりだと思った。初夏の風が廊下の窓から流れ込んできた。このまま葉桜の波間で溺れてしまいたい。一本に結んだ黒髪が涼しく舞い上がった。

 理科室から帰った私の席には一通の手紙が入っていた。学校生活を送っていると、こういう瞬間が来る時がある。どきり。初心じゃない癖に、いまだに慣れないでいる。清らかなレース模様をあしらった真っ白の封筒を開けると、中には細く端麗で少し丸みを帯びた文字が並んでいた。

「今日の放課後に体育館の裏で待っています。凛子」

 止め跳ねがきちんと丁寧である。時間をかけて書いたものだとはっきり分かった。雰囲気から手紙の意図を汲み取ると、次の相手の気配がした。そう感じる自分に嫌気がさして、手紙を鞄にしまった。この溜息はいったい何の意図があって発せられたのだろう。

 女だとか男だとか、そんなのはどうだって良い。きっと私にとってそんなことは些末なことだ。彼女ができたのは二度目だった。告白されたから付き合っただけだ。だから、その相手が男だとか女だとか、別に対して興味がない。凛子とは一年と二年でまた同じクラスになった。でもお互いそんなに交流があった訳ではなく、なんで私と付き合いたいと思ったのかは甚だ疑問だ。

途中まで一緒に帰った帰り道、ずっと赤面していた彼女を眺めては、たくさんエネルギーを消費しているんだなぁと思った。暑そうだったから、自分のペットボトルを差し出してみた。彼女はまた赤面して受け取り、四分の一程を飲んで、飲みすぎてしまったと謝った。可愛らしい人だ。でもこの人もアクリル越しの人だ。今度もあまり期待はしていない。またきっと今回も同じ、「本当は俺のこと好きじゃないんでしょ」ってね。もう聞き飽きた。みんな同じことを言うじゃない。嗚呼、寂しい夕焼けだ。同じことを繰り返すのだろうか。十字路で手を振ってから考えた。ずっとそうだ。運命の人が現れてないだけだと自分に言い訳をしてきた。小学一年生の頃の様に足元の小石を蹴って歩いた。あの頃は良かった。だって、皆まだ乳臭い子供で皆友達だったから。恋人ってなんだよ。恋愛って何。人を好きになるって、恋愛感情って、何ですか。先生、先生は何で教えてくれないの。こんな簡単なこと分かってて当然って言うなら、分からない私は何者ですか。異端ですか、人間として終わってますか。先生、また恋人ができましたよ。今度は可愛い女の子です。誠実で少しシャイで、人の好さそうな子です。まぁ性格も外見もどうでも良いことなんですけれど。先生、今度こそ恋人を好きになれるでしょうか。今度こそ、孤独じゃなくなれるのでしょうか。今度こそ、相手を落胆させないで、相手の期待に副えるでしょうか。私のことを好きになってくれた人に、好きを返したいだけなのです。誰かを恋愛的に好きになりたい。映画のワンシーンの様に誰かを愛し、愛されてみたいだけなのに。私の中には誰かに捧げられる愛情など持ち合わせていないのでしょうか。誰も愛することができない人間なんて、生きていちゃおこがましくって仕方がないです。愛することができなきゃもういっそ誰からも愛されない方がましなのかもしれないと思うことがあります。愛されるなんてそんな資格、私はきっと無いのだと思います。愛されても愛を返せなくちゃ、申し訳なくて遣る瀬無くて、虚しくなるだけです。どうすればいいかなんて、先生はこんなこと、教えちゃくれないのね。

夕日が沈んだ今時期は少し肌寒くて嫌いじゃない。暗い紫陽花はとても綺麗だった。移り気な訳じゃないの。端から移れる気なんて持ち合わせてないんだ。


 夕食を食べる私はきっと普通の子だ。恋人の話なんかしないから。ハンバーグの付け合せの人参がただの甘ったるい朱色の塊にしか感じられなくて、食事に嫌気が差していたけど、夕食を食べる私は普通の子であるべきだから、美味しそうに食べておく。偽りは虚像で虚しい。人と接していても、一人になっても、私の中身は空っぽな気がして、何かで埋めたいと思う。愛し愛されたい。埋めたい。

勉強机に向かって宿題を消化した。今日も深夜になったら襲い来る寂しさで宿題なんか手に付かなくなるに決まってるんだから、早めに片す。

午前零時は深淵。暗くて深くて寒くて、どうしようもなく寂しい。寂しさで気が狂うのを膝を抱えて耐え凌ぐ、そんな毎日。誰か助けてくれないかなぁ。


 朝は気怠い。朝のホームルームの時、斜め後ろの凛子と目が合った。頬を染めてはにかむ顔に微笑み返してみた。愛してる恰好なら得意なんだ、恋人的行動には慣れてるんだ、別に望んでそうなった訳じゃないけれど。どうすれば相手が赤面して、自分にときめいてくれて、喜んでくれるとかが何となく分かるんだ。元来人を喜ばせたり驚かせたり楽しませたりすることが好きでそれが体に染み付いているものだから、恋人風に振る舞うなんてインスタントコーヒーを入れるくらい簡単だ。

虚像は虚しい。早く本物にならないかな。背中にじわりと汗が滲むのはきっと蒸し暑い教室のせいだ。


 彼女の希望は内緒の恋人であることだった。レズビアンであることがバレたくないと言っていた。確かに学校という閉鎖的かつ特殊な社会空間では目立たないことが何より大切なのだと思う。でも、目立ちたくないならなんで恋人なんか作るんだろう。そんなにリスクを負ってまで作りたい、彼女にとっての恋人って何なのだろう。彼女から見た私はどうなっているのだろうか。触っていたのがアクリル板だと分かった途端、今までの恋人達は離れてしまった。きっと、彼女もいつか触れているものが私でなくアクリルであるということに気が付くんだ。そしてきっとまた、「本当は好きじゃないんでしょ」って。何で私はこんなことばかり考えてしまう癖にまた新しく恋人なんか作ったんだろうな。好意が拒めないんだ。恋愛感情なんてそんな尊い感情、自分には拒む資格さえないと思ってしまうんだ。

誰も居ない放課後に二人で残って誰も見ていない中で手を繋いで帰る約束をした。

内緒の恋人。彼女の手は白くて柔らかくて温かい。中学の頃に付き合ってた元カノと同じ感じの手だ。女の子は男の子と違って良い匂いがする。セミロングの髪から少し甘い花の香りが立ち込めて、夕日を乗せた睫毛の横顔が美しいと思った。美しいけど、必ずしも美しいイコール恋愛にはなり得ないんだと知った。「美しい」はただの感想に過ぎないんだ。私はサモトラケのニケを心から美しいと思うが、やっぱり作品に対しても恋をしたことは無いしね。

去り際、手の甲に空っぽなキスをした。

「じゃあね、また明日」

 綺麗な恋人さん。


 粘土を捏ねるみたいな夕食を笑顔で済まして部屋に行き、早速本日出されたレポート課題を確認した。シェイクスピアのロミオとジュリエットについて作れと命じられているのだ。さて、本を完読した所で思った。ロミオはなんでそんなに惚れっぽいのだろうか。ロザラインで苦しんでその後にはジュリエット、なんでそんな苦しむ程に愛を与えられるのだろうか。片想いで苦しむとはどういうことなのだろうか。ロミオはきっと会いたくて会いたくて震えるタイプだろう。理解出来ないな。恋人が死んだら何故自分も死ぬのか。余程の厭世家で自分の命が軽いのだろうか。いやそうじゃない、きっと恋人の存在がずっと重いのだろう。恋人の重さってものが分からない。何でそんなに人を想える? 何で、どうして! ガオガオブー! なんてね。ははっ、笑える。あぁクソ、なんにも楽しくないわ。あぁ悲しいよ、もう、生きてる実感さえ薄れてきたんだ。心から人を想う事が出来ていない私は薄情者かな。隣に居るはずなのに、触れたら柔らかくて温かいのに、それはただの感想なんだ。それだけなんだ。何の感情も湧かないんだ。誰かに縋りたい、でも、誰かに縋れる程の熱量さえ持ち合わせてないんだ。虚しい。だんだん、自分の熱が冷めていく気がするんだ。このままじゃ凍った人間になっちゃうよ。誰か助けてよ。でも、知ってる。いや、駄目駄目。

「まだ運命の人が現れてないだけ」

 椅子の上で膝を抱えた。背後に深淵がある感覚がして、絶対に後ろを向かないと心に決めた。でもまた今夜も落ちていった。膝を抱えてゴロゴロと転がり落ちた。それは、どこまでもどこまでも、澄み切った深い孤独である。


 付き合って二週間程たっただろう。晴れのち雨と予報された清々しい朝で、雨足が強まった昼で、突然雨が止んだ放課後だった。彼女がいつも折り畳み傘を持っているのを知っていたから敢えて傘を忘れてきた。こういうイベント、好きな人多いと思うんだ。でも、止んでしまった。窓から見えたのはオレンジ色ベースの空に置き去りにされたみたいな小さい雨雲。教室のベランダの屋根から水滴がポチポチと落ちては煌めいていた。なぁんだ、降らないの。前の恋人に振られた時くらいショックを受け無かった。他人事みたいに至極どうでも良かった。

「雨止んで良かったね」

 黒板消しを掃除しながら彼女が笑って言った。

「んー……少し残念かな」

 あぁ私はこうやって、残念なんて思ってもないのに、小さな嘘を吐いては人を揶揄う事がもはや癖になっているのかも知れない。本当、度し難いな自分。

「えっ、何で?」

「予報晴れのち雨だったからわざと傘置いて来たんだけどなぁ、ね、凛子いつも傘持ってんじゃん?」

 そう言うと彼女は頬を赤くして

「えっ……またそういうこと言うの……」

 と俯いた。

 可愛い人だ。うん。可愛いんだ。でも、恋愛って言われるとしっくり来ないんだ。だって、可愛いこの子が今いきなり「新しい恋人が出来た」と言っても、私はきっと「おめでとう」と笑顔で心から祝うだろうから。丁度友達に恋人が出来たみたいに。こんな寂しい関係、恋愛じゃないだろう。彼女が望む「行動」しか出来ない。形だけ取り繕うしか出来ない。偽ることしか出来ない。虚像は虚しい。本物ってどうやったら得られるの。

座っていた机から降りて彼女を後ろから抱き締めた。温かい、柔らかい、良い匂い。そのまま驚いて振り向いた彼女の唇を奪った。優しく奪い取った。でも、欲望からした訳じゃなかった。そうすべきという義務感から行った行動だった。だって二人っきりの教室でキスなんてロマンティックじゃない? 知らないけど。喜んでくれるかな。少しは期待に沿えたかな。これで正解かな。

すると彼女は驚いて真っ赤になりながらキョロキョロとした。粉っぽい左手で咄嗟に隠した口角は少しだけ上がっていたから多分私の行動は間違ってなかった。

「あっ、あの、その、えぇと、あっええ?」

 口から出てくる言葉はもはや言語の体を成していなかった。

「可愛いね」

 耳元でそう囁いてから束縛を解いて一歩引いた。可愛いと思ったのは事実である。それは感想として事実である。何も嘘なんかついていないよ。

「さて、帰ろうか」

 初心な反応は楽しかったが、ずっと見ているとだんだん自分が汚れて見えてくるので耐えられなくなった。もうそんなに狼狽えないでよ。彼女の一歩先を歩き続けた。厳密に言うと、彼女が私の一歩後ろを歩いていた。今日は後ろを歩きたい気分なのかな。水溜まりをぴょんと飛び越えて振り向いておどけてみたりする。なんで横に来ないのかな。楽しい話をしてあげよう。「今日夢に君が出てきたんだよ」っていう作り話。この手の話はとても便利で、人と距離を縮めたい時はうってつけだ。何よりこの嘘はバレようが無いもんね、夢の中なんて誰にも分からないんだから。ローリスクハイリターン。ねぇ、喜んでよ、楽しくないの? 凛子のことを考え過ぎて夢に出てきちゃったみたいだって、こういうの嬉しくないの?

 帰り道の分岐の別れ際、彼女が私のカーディガンの袖を引いた。

「どうしたの?」

「……」

赤くない顔が俯いて、物凄く言いにくそうに口を開いた。

「あっ、あの……もう、良いんです。ありがとうございました」

「えっ、急に何」

「……無理して付き合ってくれてるの、何となく分かってたの。でももう、大丈夫です。私に付き合わせちゃって……ごめんなさい。もう、別れましょう」

 ……あぁ、来たか。また振られた。その後ちゃんと彼女と友達契約を交わして別れた。今日は頗る帰りたくなかった。足取りが重かった。また振られたことに何の感情も沸かなかった。また今回も駄目だった。可愛い女の子だったんだけどなぁ。運命の人じゃなかった? 嗚呼、もううんざりだ! どうせ表面上でしか愛せない、愛する格好しか出来ない、私は誰も愛せないんだ! 電柱の下で立ち止まりスマホを見る振りをしながら、胸中発狂して泣き叫びたい衝動をぐっと堪えた。悲しいよ。こんなに悲しくて、苦しくて、惨めで、可笑しくなりそうなのに、どうしてこんなにも虚しいんだろう。空っぽなんだろう。この感情は本物なのに、何で愛情だけは持ってないの。何で人が愛せないの。何で何度やっても上手くいかないんだろう。出来損ないなんだ、きっと、私は神様の失敗作で、欠陥品なんだろう! 乾き始めていたアスファルトに二粒の染みが出来て、私の意識は無力の大海に沈んだ。

 気が付いたら通学路途中の公園の湿気たベンチに座っていて、暗くなったままの無口なスマホの画面をただぼんやりと眺めていた。顔を上げると電灯がチカチカと瞬きして羽虫が集っていた。何で自分がこんなところにいるのかよく分からなかった。あぁ、そうだ、また何の成果もないまま振られたんだっけ。もう嫌になるね。

この間、うっかり下駄箱の裏から陰口が聞こえたんだ。クスクスクスクス、笑い過ぎじゃないかねって思ったけどちょっとひやっとしたよね。あの感覚は出来る事ならもう味わいたくないな。私は「誰でも良い尻軽様」だってさ。はっ、そうだったらどんなに良かったか。誰でも愛せれば、どんなに良かったか。その実、誰も愛せない。良いよ、何とでも言えよ。もしかしたら今回の彼女だって、私が尻軽だって有名で知ってたから、こいつなら付き合ってくれるだろって思ったのかもな。まぁ、否定は出来ないしするつもりもないけど。きっと私は誰かを愛する事が出来る様になるまで、ずっと「尻軽様」なんだろうな。これから運命の人とやらが出てくるのか。出てくるのか? 頑張って、愛せる様にって、愛そうとしたんだけどなぁ。こんな努力しなくても自然と湧いて出てくる恋愛感情が理解出来ない。どうやったらそんな感情湧き出るの。独占したい感情も湧かない、束縛なんて興味が無い、相手の事情なんか正直大体どうでも良い、今何してるかなぁだとか思った事ないわ。考えれば考える程に襲われる、呑まれる、沈む、溺れる、揺蕩う、無力の中で、死体になる。駄目だ、そろそろ帰ろう、笑顔を取り戻して、ただいまと言わなければ。せめて家でくらいは普通の子みたいにしていたいじゃん。

「友達と遊んでました遅くなってごめんなさい、もうすぐ帰ります」

送信。

 

 ご飯が胃の上の方で固まって通らない感じの夕食だった。笑顔で普通に乗りきった。部屋に入っても机に向かう気にはなれなかった。教科書の文字が脳味噌に引っ掛かることなく滑っていって何も読めなかった。部屋の片隅で膝を抱えていないととても耐えられそうになかった。ギチギチの雁字搦めにされたかった。苦しい位圧迫されたかった。自分で自分の身体を苦しめる。そうやって耐え凌ぐ。ふと思った、いつからみんな恋をすることが当たり前みたいになったんだろう。身体の束縛を解いて初めて顔面がグズグズになっていることに気がついた。無様だ。ねぇ、いつから皆好きな人の話をしていたっけ。小学校六年生の頃林間学校で友達の部屋に皆集まって好きな人の暴露大会したよな。あの時私はなんて言ったっけ。何某君が好きなの、とか私の好きなのは何某、とか皆ちゃんと答えてて、その時私はどうした。そう、物凄く恐ろしかった。誰かを好きだと言わなくてはならないと思った。脅迫されているとさえ思った。確か他校の人だと言って適当な名前を言った気がする。そしてやっぱり恋バナというのは私にとって楽しくない。皆だってとても楽しそうに好きな人の話をするじゃない。良いな、羨ましいな、良いなぁ。何でその輪の中に私は入れないの。だって、心から好きになった人なんていない。そんな人、いたことない。私はそっち側の人間にいつかなれるのかな。あれ、こちら側の人がどんどん減っていくよ、中学生になった、皆誰かに恋をしてる。誰かの一挙一動にときめいてる。キラキラしてる。なのに私だけまだこちら側に留まっている。高校生、皆彼氏が欲しい彼女が欲しいって言ってるけど、本当に欲しいのかしら。恋に恋するお年頃? でも皆恋の感情をどこかで体験出来てるんだ。なのに、私はまだ恋が分からない。恋愛感情が分からない。そんな感情湧いたことない。

「まだ運命の人が現れてないだけ」

 うるさいうるさいうるさい! きっと私にはそんな人現れないんだ。もう、無理なんだろう! 私には誰かに捧げられる愛情なんて端から無かったんだろう! 薄情な人間なんだろう! 冷えていく、凍っていく、身体の末端から、脈が消えていく、喉が、呼吸が、出来ない、苦しい、苦しい。静かな部屋の片隅に嗚咽が響き続けた。嘘だ、嘘だ、嫌だ、そんな現実、嫌だよ、誰かを愛したいよ! お願い、まだ捨てないで、嫌いにならないで、人一倍、いや人百倍、誰かを愛したいのに、私に愛情は無いの? そんな、嫌だよ、空っぽじゃないキスがしたい、誰か、教えて、お願い、私の中にも誰かに与えられる愛が有るんだって、教えて、示して、気付かせて、「あなたの恋愛感情はここにあるよ」って指を指して下さい。私はまだ人間様に捨てられたくないのです。人間様と関わっていたいのです。こんな出来損ないでも仲間の振りをしていたいのです。


 寂しさを感じたりする。

私と人間様の間にはアクリル板がある。

 アクリル板の向こうが暖かそうで、羨ましいのです。私にはアクリルの割り方が分かりません。こちら側の私は一人で冷えてゆきます。時期に凍ってしまうかも知れません。アクリルの中から見ているのは、とても寂しいのです。寂しいのです。

そして今日も私は、アクリル越しの空っぽなキスを。





























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