Led Zeppelinのすゝめ  作・有明榮

 レッド・ツェッペリンというバンドを知っているだろうか。一九六八年結成、八〇年解散。その後数回再結成し、シングル、アルバム、映像の売り上げは全世界で合計三億枚を突破しているという。かくいう筆者も、小説やエッセイの執筆の際に、屡々このバンドを流しながら作業するほどには愛好している。さて、今回は〆切までに小説を完成できなさそうなので、この偉大なアーティストの威光を借りてお茶を濁すことにする。


天を裂くような鋭く高い歌声、重厚かつ滑らかで美しいギター、曲によってリズムとメロディーの両者をなぞる七変化のベース、そして独特の溜めと共に力強く打ち込まれるドラムス。戦後の音楽史においてイギリスの――こう言うと非難と反論は逃れられないだろうが、敢えて断言するならば、「世界の」――頂点に君臨するロックバンド、レッド・ツェッペリンは、奇跡的に集結した四人の暴れ馬(ミュージシャン)と、それを神業的にまとめ上げた御者(プロデューサー)によって、その盤石なる地位を確立したと言えよう。


さて、それではその五人が生み出した数々の楽曲の中から、個人的にお勧めする傑作の五曲を紹介することにしよう。もしも気になった曲があれば、是非とも聴いてみてほしい。




Whole Lotta Love(胸いっぱいの愛を)


 個人的に、第一に聴いていただきたい一曲である。もうイントロからしてツェッペリンワールド全開である。ジミー・ペイジが小気味よく刻むギターとジョンジーのベースがユニゾンを奏で、パーシーの高音が覆いかぶさる。やがてバスドラムをずらしてジャズ的な雰囲気を備えたボンゾのドラムスが介入していく。開始三十秒足らずでこの情報量の多さよ。さらに構成がボーカル、ギター、ベース、ドラムスという最も簡素な形態をとっているから更に恐ろしい。


ハードロックといいながらも、そのことばが持つイメージとは真逆の陰鬱で難解で、一筋縄ではいかぬ、彼らの世界が広がっている。間奏がそれを最もよく特徴づけている。ここでは、一定のリズムを刻むハイハットの上に、テルミンと呼ばれる最も古い電子楽器が使われる。このテルミン、アンテナの周囲で両手を動かすことにより磁場を制御し、音を奏でる仕組みになっているらしい。ガラスを捻じ曲げるような、太い鉄のケーブルが引きちぎれるような、何とも形容しがたいテルミンの低音の唸り声が大きく波打ち、それにボーカルのシャウトが迫りくる。ヘッドホンで聞けばよくわかるのだが、上下左右あらゆるところから音波が押し寄せ、幻聴を耳にしているようなサイケデリックな気分になる。是非ともこの曲でツェッペリンワールドの扉を叩いてほしい。




Black Dog(ブラック・ドッグ)


 一言で、言うと「気持ち悪い」。もうマジで気持ち悪い。どうしてこんなにいろんな処が気持ち悪いのに曲として成り立っているのか。特に注意して聞いていただきたいのは後半の二分である。勿論、前半も聞きごたえがある。何しろギターとベースのユニゾンにドラムがリズムを重ねてくるのだから。三種の楽器がすべて同じリズムを奏でる――圧倒的な存在感を誇ることは自明であろう。さて、後半の二分に何が起こるのか、逐一辿って行こう。


 まず、ギター、ベースのリズムとドラムのリズムが半拍ずれる。どうにもことばで説明がしにくいのだが、ドラムがエイトビートを刻むとき、ギターとベースがその裏拍でリズムを刻む。これにより、「あれ、若干ズレてね?」という違和感を抱く。次にギターがハモりを重ねてくるのだが、この重ね方が不自然だ。残念ながらどのくらい音高をずらして重ねているのか、筆者は分かりかねるが――おそらく半オクターヴくらいだろうか――合唱とかアカペラで聴くような美しいハーモニーではないことは間違いない。最後に、今までベースとユニゾンでリズムを奏でていたギターが突如ソロを演奏し始める。それも、それまでよりも圧倒的に高い音階でだ。そしてこの曲は、ボーカルのシメもないままフェードアウトして終わる。そこには形容しがたい感情、敢えて言うならば茫然のみが残る。理解する暇も無いまま曲に置いて行かれたような気持ちになるのだ。終始気持ち悪さにステータスを全振りしているが、それ故に不思議な魅力を発揮している曲でもある。




Kashmir(カシミール)


 気持ち悪さでいえば「ブラック・ドッグ」には敵わないが、この曲は圧倒的な「神秘性」と「宗教性」が感じられる。まず注目すべきはその長さであろう。八分三十秒という今日の常識で考えると常軌を逸したもので、ツェッペリンの中でも最も長尺な曲の一つ――余談だが「 Achilles Last Stand (アキレス最後の戦い)」という、ヘヴィメタルの嚆矢とも言えるこの曲の長さは驚異の一〇分三〇秒となっている――である。この曲を聞いて最初に心に浮かび上がってくるのはその独特な構成であろう。ドラムが四分の四拍子を刻むのに対し、ギターとベースは四分の三拍子で進んでいく。つまりドラム基準でいうと、三小節に一度同期する。これだけならいいのだが、ギターが常に何かしらの「うねり」を抱え、大きく波打つような音が聞こえる。そして先ほどの二曲とは異なり、管楽器と弦楽器が構成に加えられており、スケールの大きさが窺える。


これだけ特異な部分を列挙すると非常にアヴァンギャルドな印象を受けるが、調べたところ、その曲構成はさして奇抜という訳でもないようだ。つまり作曲者の――ジミー・ペイジの才能により各部分が巧妙に配置されたことで、プログレッシブで独創的な曲に仕上がったということだ。この曲に関する以上の文章はCDに収録されたもので語っているが、オーケストラによるカバーも大変すばらしく、神秘性をより強調している。是非ともどちらも聴いていただきたい。




Rock and Roll(ロックン・ロール)


 さて、前述の三曲はちょいと難解だったので、いったんわかりやすい曲を紹介しておこう。世間が持つ所謂「ロックンロール」とか「ハードロック」に最も近いといえよう。シンプルな曲構成、単純明快なエイトビート、明るい音階、ピアノの連打、シャウトを重ねるボーカル。思わず体が縦ノリしてしまいそうなこの曲のキャッチーな雰囲気は、第一に聴いてほしい曲として挙げた「胸いっぱいの愛を」よりはとっつきやすいかもしれない。が、ツェッペリンにおいて単純明快でノリやすく、明るい曲は「きわめて」稀なので、それだけは注意しておいてほしい。勿論、曲調の明るいもの自体は多数あるのだが、シャッフルとサンバで構成されていたり(「Fool in the Rain(フール・イン・ザ・レイン)」)、バスドラムが三連符を連打したり (「Good Times and Bad Times(グッド・タイムズ・バッド・タイムズ)」)して、どうも一筋縄ではいかない。とはいえこのアップテンポ具合は複雑な感情を抱かせないという点においては聴いていて気分の良いものなので――常識的に考えれば音楽は快の感情をもたらすものなのでこの言い方には大きな矛盾があるようにも思われるが――是非聴いてみていただきたい一曲である。




Stairway to Heaven(天国への階段)


 最後に紹介するのは、「レッド・ツェッペリンといえば」のこの曲だ。八分間の壮大なこの曲はアコースティックギターのアルペジオに始まり、ケルト風の縦笛の音がそこに加わる。パーシーのボーカルはあくまで静かであり、一聴すると途中までは何の変化もない、「退屈な曲だ」と思う人もいるかもしれない。だが我慢して最後まで聴いてほしい。アコースティックギターがエレキギターに変わり、ドラムが加わり、変拍子を経て曲は大きく一変する。それまでは静かで淡々と進んでいたのに、突如テンポが速くなり、激しく、情熱的で、しかも約五〇秒にも及ぶ長大なギターソロが奏でられる。その後には、今まで静かだったボーカルは持ち前の高音をいかした歌い方に変わり、一挙にがなり立ててくる。だがこの嵐のような音の渦は次第に遅くなりゆくテンポによって鎮められ、最後は静けさを取り戻したボーカルによって締め括られる。ギターソロについて特筆するならば、この部分はライブによってジミーのアレンジが加えられた即興演奏となり、それがなんと二分半に及ぶこともある。それでいて決して冗長さを感じさせないというのだから、彼の圧倒的な才能には敬服するばかりである。


 さて、「胸いっぱいの愛を」が「難解」、「ブラック・ドッグ」が「気持ち悪い」、「カシミール」が「神秘的」、「ロックン・ロール」が「単純明快」評価してきた。この曲はまさに「美しい」の一言に尽きる。ギター一本の静かな音色から次第に音が加わり、次第に盛り上がって最高潮でギターソロが奏でられ、最終的に壮大なスケールの音の渦を形成し明らかなクライマックスに至るその様は非常にドラマチックだ。余談だが、同じ要素を繰り返しつつ徐々にスケールを増大させるという進行の仕方は、モーリス・ラヴェルの「ボレロ」を彷彿とさせる。歌詞の内容も非常に特徴的だ。大意としては強欲な貴婦人(歌詞から引用すると、「a lady who is sure all that glitter is gold」)が金の力で何でも手に入る「天国」への階段を買おうとしていたけれども、金で全てが買えるわけではないよ、というもの。作曲されたのが一九七一年ということに鑑みると、資本主義への警鐘、ベトナム戦争の象徴など、多様な解釈が可能だ。もっとも、作詞したパーシーが「深い意味は無い」と言っているので、それに尽きるという可能性も考えられるのだが。


 何にせよ音楽性、芸術性、格好良さの総てを兼ね備え、曲が終わった後には、茫然とか熱い感情だとか、そういうものではなく単純に崇高の感情が残る。是非ともお聞きいただきたい一曲である。




 さて、この五曲を選ぶにあたり、ベストアルバムを正確には覚えていないが三周はしたと思う。多分もっと聴いたような気がするが、それはまあどうでもいいことだ。ここに挙げた曲はすべてベストアルバム「マザーシップ」に収録されているので、興味を持たれた方は是非ご一聴いただきたい。勿論動画サイトやストリーミングアプリにもアップロードされているので、アルバムをわざわざレンタルするのは気が引ける、という方はそちらでも結構だ。


 いずれにせよ、音楽界の巨匠レッド・ツェッペリンの傑作たちと共に、読者諸氏の生活が更に豊かなものになることを願う。あまり長々と語っても押しつけがましいので、この辺りで擱筆することにする。

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