第40話 処分~阿里沙~

 拘束を解かれた賢吾は痛めた肘を擦りながら苦笑いを浮かべていた。


「ありがとう」


 賢吾は悠馬に礼を述べる。

 しかし悠馬は賢吾の目を見ずに続けた。


「彼への罰はこの旅からの追放がふさわしいと思う」

「そんなっ……それはおかしい。僕のしたことは確かに多少卑怯だったかもしれない。反省している。けれどそれをしてはいけないというルールがない以上、一発で失格になるのは理不尽だ!」


 賢吾は必死で訴えるが、彼を擁護する声は上がらなかった。


「無様だな。お前は負けたんだよ。汚い手を使ってそれがバレたんだ。素直に敗けを認めろ」


 翔ほ薄ら笑いを浮かべ、賢吾に侮蔑の目を向けていた。


「悪いけど裏であれこれ画策して人を騙すような人と一緒に旅は出来ないよ」


 伊吹も賢吾の失格を支持した。

 もちろん阿里沙も彼らと同意見である。


「あたしのことも盗聴して悠馬の『願いごと』を当てたんでしょ? 正直に言いなよ」

「……申し訳ない。そんなに悪いことだとは思わなかったんだ」

「さいてー」


 阿里沙は心底軽蔑し、スマホを取り出して『賢吾は盗聴するクソ野郎』とメモをした。


「本当に申し訳ないと思うなら土下座して謝れよ。誰か一人くらいは同情して仲間になってくれるかもよ」


 翔が笑いながら地面を指差す。

 賢吾はどうすべきか迷っているのか、屈辱に怒り震えてるのか、太ももをギュッと握って硬直していた。


「土下座なんてやめてくれ。そんなことされても困る」


 悪ノリする翔を悠馬がたしなめる。

 多少土下座を見てみたかった阿里沙は止められて少しムッとした。

 怒りで気持ちが昂り、脳内が興奮状態に陥っていた。


「ていうか失格なんだったらもうここに置いていけば? 正直盗聴野郎と一緒のバスに乗るのも嫌なんだけど」

「ふざけるな。こんなところに一人で取り残されてどうやって帰ればいいんだよ!」

「そんなこと知らない。自分で考えれば?」

「自業自得だろ」


 いつもは衝突しがちな翔とも、このときばかり団結する。


「ちょっと待ってください! 賢吾さんが失格だなんて決まってないですよ」


 異議を唱えたのは怜奈だった。

 先ほどから賢吾を擁護しているのが阿里沙には理解しがたい。

 そんな怜奈に正直少し腹立たしさを感じていた。

 翔は目を細めてじろっと怜奈を睨む。


「なんだ? いい子ちゃんぶりたいのか? この状況、全員一致で賢吾を失格だと見なしてるだろ」

「私は違います。全員一致じゃないです」

「へぇ? 怜奈、賢吾が気に入ってるのか?」


 翔はにやけながら怜奈と賢吾を交互に見る。


「違います。好意を持ってるとか持ってないじゃなくて、勝手に賢吾さんを追放しようとしていることに異議を唱えてるんです」


 思わぬ助け船の登場に一番驚いているのは賢吾のようだった。

 目を丸くして成り行きを見守っていた。


 団結した空気に異を唱えるのには相当の勇気がいったのであろう、怜奈は膝が震えている。


「『勝手に追放』って怜奈ちゃんは言うけど、彼はそれだけのことをしたんだ。これは仕方ないんじゃないのかな?」


 伊吹が優しい声色で怜奈を諭す。

 賛同を求める全員の視線が怜奈に集まった。


「確かに賢吾さんは悪いことをしました。簡単に許されることじゃないと思います。みんなが非難するのも分かります。でも勝手に失格にさせたり、怪我をさせると脅したり、ここに置き去りにしてもいいなんてことにはならないと思うんです」


 怜奈の強い言葉に阿里沙は怯む。


「なにマジになってるの? 間接外すとか置き去りにするとかは冗談だし」

「冗談と言うのは面白いことに言うときに使う言葉です。賢吾さんは本気で怯えてました。それを見て笑うのは、冗談とは言わないと私は思います」

「なんか論点がずれてるよ。俺たちが言いたいのは賢吾くんを失格にするべきだということだ。笑い者になんかしていない」


 伊吹もムッとした顔になる。

 賢吾一点に集中していた全員の苛立ちが、ほんのわずか怜奈の方にも向けられた。

 それでも怜奈は震えながらも退かなかった。


「そうですね。ではそれを決めましょう。でもそれは私たちが多数決で決めることではなく、が決めることだと思います」


 怜奈は神代と運転手を指差す。


「ルール違反ではないけど問題が起きた。こういうときどうすべきか、きっと考えてあるはずです」

「それは……」


 急に振られた神代はたじろいだ。

 すると運転手になにやら耳打され、頷いた。


「ちょっと話し合ってきます。皆さんはしばらくお待ちください」


 そう言い残して二人はバスの中へ入っていった。


「ごめん。ありがとう。助かったよ」


 賢吾が憔悴した顔で怜奈に頭を下げていた。


「別にお礼を言われることはしてません。私もみんなの信頼を裏切った賢吾さんの行動には腹を立ててます。でも追放とか行き過ぎだと思っただけです」


 冷たく突き放され、賢吾は申し訳なさそうに俯く。


 雑談もなく、重苦しい空気のまま時間が過ぎた。

 なにもすることがない時間を埋めるのは、やはりスマホしかない。

 みんながスマホを取り出し、なにをするともなしに弄っていた。

 阿里沙もスマホを握り、いまの出来事をメモをする。


 盗聴器が見つかったこと。

 みんなで失格にすべきだと言ったこと。

 それに怜奈が異議を唱えたこと。

 神代が運転手に耳打ちされて協議に向かったこと。


 色んな出来事が次々と起こる旅で頭はパニックになっていた。

 五分ほど経ち、神代たちが戻ってきた。

 全員が固唾を飲んで主催者側の回答を待つ。


「皆さんお待たせしました。結果と賢吾さんに対する処分をお伝えします」


 参加者たちの緊張感とは程遠い陽気な虫の鳴き声が騒がしかった。


「盗聴器を使用するという賢吾さんの行動は旅の仲間の信頼を裏切る行為で許されることではありません。しかしそれらの使用を禁止していなかった私にも落ち度はあります」

「盗聴なんて違法なことなんだからわざわざルールとして説明しなくてもいいだろ」


 説明の途中で翔が茶々をいれる。


「それについては私たちも今ネットで簡単に確認しました。盗聴したからといって即違法ということではないみたいです。今回のように盗聴器をこっそり他人の鞄に忍ばせるというのは何かの罪に当たるのかもしれませんが、そこまで詳しいことは短い時間では分かりませんでした」


 その辺りは賢吾も分かっていたことなのか、しおらしい振りをしてやり過ごそうとしているのか、顔色を変えず判決を待っていた。

 下手に違法合法のやり取りをすると賢吾の思う壺のような気がしたので、阿里沙も黙って先を促した。


「ゲームの志向が強い旅行なので賢吾さんはそれくらい問題ないと考えたのかもしれません。これは説明が足りなかった私のミスです。よって今回、賢吾さんは失格とは致しません」

「えー? 甘くない? やったもん勝ち?」


 阿里沙は判決に納得がいかず不満を漏らした。


「そうだ。現に盗聴のせいで悠馬は失格になってるんだぞ」

「すいません。今後は盗撮や盗聴、ドローンなど機器を使って情報を選ることを禁止します」


 失格を免れた賢吾はほっとしたように肩の力を緩めていた。


「ただし賢吾さんは既に盗聴データなどを移している可能性がありますのでスマホやタブレットを私たちの方で預かります」

「そんなっ……休日とはいえ、急な仕事の連絡とかあったらどうするんですか?」

「着信があったときはお伝えします」

「メールの確認は?」

「それはペナルティだと思って諦めてください」

「そんな横暴なっ」

「失格にならなかっただけありがたいと思えよ。それともここから一人で歩いて帰るのか?」


 なおもごねようとする賢吾に翔が苛立たしげに歯を剥く。

 全員の刺すような視線にさらされ、仕方なく賢吾も引き下がった。


「遅くなってしまいました。さあ三日目の旅に出発です」

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