第38話 キャンプの夜~賢吾~

 まさか翔が伊吹を失格に追い込むと思っていなかった賢吾は、嬉しさでにやけてしまいそうになるのを必死で堪えていた。


 予想した通り伊吹のペンネームは『ポンコツらーめん』だったが、彼の『願いごと』はその著書を少し読んだくらいでは分かるものではなかった。

 ファンだからこそ辿り着けた真実なのだろう。


 散々引っ掻き回して混乱させてきた翔だが、自分が愛読する小説の作者を失格に追い込んだのはさすがに気まずいらしく、複雑な表情をしていた。

 だが失格にさせられた伊吹の方は妙に嬉しそうに翔のことを見て微笑んでいた。


「これで本日の『祈りの刻』は終了です」と神代が告げる。


「二日目が終わった時点で二人が失格で残りは四人となりました。しかしこの状況では明日一日で優勝を決めるのは難しそうです。そこで私の判断で明日はルールを変更します。明日の『祈りの刻』はお一人三回まで回答するチャンスを与えます」


 思わぬ僥倖に賢吾は胸が高鳴った。


「へぇ。それはすごい。自分以外の三人の『願いごと』を回答していいってことかな?」

「そういう使い方でも結構ですし、一人を相手に当たるまで三回全ての回答権を行使してもいいです」

「なるほど」


 願ってもいないチャンスに賢吾の気分は高揚したが、あくまで冷静な態度を貫く。


「無駄だよ。百回言おうが賢吾に俺の『願いごと』は当てられない」

「そんなに難しいんだ。困ったな」


 翔が分かりやすい挑発をしてきたが、賢吾は弱り顔をして見せた。


 翔のようなややこしい奴は適当にあしらうのが一番だ。

 しかしその対応がよけいに翔を刺激してしまった。


「俺と共闘しようと話を持ち掛けた裏で阿里沙とも手を組んでいたんだろ? 節操ねぇな。怜奈も気を付けろよ」

「お、お前っ……」


 自分にも害が及ぶ話だからいくらの翔でも共闘のことは当然隠すと踏んでいた。

 しかし彼はそんな賢吾の予想を上回るトリックスターぶりを発揮した。


「翔も賢吾と裏で手を組んでいたのか⁉ そんなの反則だろっ」

「反則ではないはずだ」


 非難してくる伊吹に賢吾は冷静にそう返す。

 共闘が明るみに出てしまったのであれば変に言い逃れするより堂々としていた方がいいと瞬時に判断したからだ。


「参加者は手を組んで情報を共有してはいけないという禁止事項はなかったはずだ。そうですよね、神代さん」

「ええ。確かにそういうルールはありません」


 神代は硬い表情で微笑みながら頷いた。

 彼女は咄嗟のことに対して判断が出来ない。

 しかし動揺したり躊躇はしない。

 それを賢吾は見抜いていた。

 だからこういう事態の時は話を振って即答を求めるのが得策だ。

 更に畳み掛けるように賢吾は続ける。


「むしろこの旅は参加者同士が関わるように仕向けているふしさえある。自由時間が多かったり、旅を楽しんだものが『笑者』になるとかね。参加者同士が関わるなら共闘をすることだって当然想定の範囲内だ」


 主催者の神代から反則ではないと言質を取り、理路整然とそれらしいことを並べ、伊吹の反論の芽を摘む。

 楽しんだものが『笑者』になれるという、伊吹がこれから狙うであろうことを加えたのも策のひとつだ。


 もちろん誰もが完全にこの発言に納得しているわけでないだろう。

 しかしこの参加者たちとはあと一日だけの付き合いだ。

 ここにはお友達を作りに来ているわけではなく、願いごとを叶えに来ている。

 多少嫌われたところで賢吾に問題はなかった。


 寒々しい空気で『祈りの刻』が終わり、言葉少なく解散となる。

 賢吾は一人で河原を歩いていた。

 小さく丸い石が敷き詰められており革靴は歩きづらいことこの上ない。


(それにしてもラッキーだったな)


 水音だけは鮮明で流れが見えない真っ暗な川に目を向けながら、ポケットの中のボールペン型盗聴器を握る。


 なにか情報が得られるかもしれないと阿里沙のハンドバッグに盗聴器を忍ばせ、食後にこっそりと回収しておいた。

 盗聴器のデータをスマホに移してイヤホンで確認してみると、阿里沙と悠馬の会話が撮れていた。

 しかもその内容は驚くべきものだった。


 どうやら二人は神代が何者なのか探っているようで、更に神代は死んだ悠馬の恋人とそっくりだということがその会話から分かった。


 悠馬の恋人は死んでおり、彼の願いは奇跡。

 その情報で悠馬の『願いごと』は亡くなった恋人が生き返ることだろうと確信した。


 恐らくそれくらいのことは阿里沙だって分かっていたはずだ。

 なぜ一日目の『祈りの刻』のときにそれを指摘しなかったのか? 

 元々仲間だからなのか?

 それともその事実を知ったのが今日だったからなのか?

 しかしそれらの疑問はどちらでも構わなかった。


 ついでに言えば神代と悠馬の亡き恋人が似ていることもどうでもいい。

 今は自分が勝者になるという目標以外のことは考えても意味がない。


 それよりも問題なのは盗聴器に残っていたもう一つの阿里沙の発言だ。


 阿里沙は賢吾の嘘を見抜き、疑った目で見ている。

 今後は阿里沙に注意して動かなければならないと肝に銘じた。


(明日で最後か……)


 いくら明日は三回の回答チャンスがあるとはいえ、ちゃんと正解を導けなければならない。

 そのためにはまた盗聴器を使うしかないだろう。

 まずは一番厄介そうな翔に使おうと決めていた。


 彼の『願いごと』はまるで読めない。

 あの自信を見る限り、相当ひねくれたものにしている可能性が高い。

 賢吾の推理はあくまで相手が常識的な判断をして合理的な行動を取ったときにのみ有効だ。

 出鱈目に行動し、面白半分に掻き乱すことだけを目的としている相手には通用しない。


 しかしそんな翔相手にも有効な手だてはある。

 彼の性格から考えて、既に脱落した伊吹相手には調子に乗って自らの願いごとを話す可能性がある。

 この盗聴器さえあれば、その会話を盗み聞けだろう。

 幸い寝るのは同じテントだ。

 盗聴器を仕込むチャンスはいくらでもある。


 まず彼に仕掛け、その次はまだ自分に警戒していなそうな怜奈に仕掛ける。


(勝つのは僕だ。負けはしない)


 賢吾は月を見上げてほくそ笑んだ。

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