第37話 更なる脱落者~翔~
最初の脱落者が出て、場には緊張が走っていた。
しかし既に神代は落ち着きを取り戻していた。
「では次は怜奈さんです」
「はい」
怜奈は静かに頷いてから少し困った顔をした。
「どうされました?」
「実は私も悠馬さんの『願いごと』を予想していたもので……すいません」
申し訳なさそうに頭を下げる。
「山がお好きみたいなので、どこか遠くで長い期間登山をすることかな、と」
「なるほど。それもいいかもね」
毒が抜けた様子の悠馬は力なく笑った。
「残念ながら悠馬さんはもう失格されているので、他の方でお願いします」
「じゃあ……阿里沙さんで」
「えー⁉ またあたし? 怜奈、あたしのこと狙い撃ちじゃん」
「すいません」
怜奈は不服そうだが怒ってまではいなさそうだった。
「阿里沙さんの願いは、『友達が欲しい』。違いますか?」
指摘された阿里沙はキョトンとしたあと、大きな声で笑った。
「なにそれ! ウケる! あたしは友だち多い方だし!」
「ほんとにそうか?」
翔が冷たく言い放つと阿里沙はすぐに笑みを消した。
「当たり前でしょ。翔と一緒にしないで。フツーにたくさんいるし」
「お前にいるのは『つるむ相手』だろ。そいつらは本当に『友だち』か?」
「うざ。なに言ってんの。とにかくハズレだから」
阿里沙は顔をしかめて視線を逸らす。
「まあ、そりゃ阿里沙に友達なんて出来ないよな。信頼してきた悠馬のことも裏切って賢吾に情報をリークするような薄情な奴だもんな」
これからのことを思うと気が重くなり、翔は八つ当たりのように阿里沙を煽った。
「はあっ⁉ あたしはそんなことしてないしっ!」
「今日ほとんど悠馬と絡んでいない賢吾がいきなり的中するとかおかしいだろ。逆に阿里沙は悠馬と結構絡んでた。予め賢吾と同盟でも結んでて、悠馬の情報探れとか言われてたんじゃないのか?」
「っざけんな!」
「そしてさっきの肝試しのときにその情報を賢吾にリークした。二重スパイってやつだ。そうなんだろ? 見返りはなんだよ?」
翔の願い通り、場は再び緊張でピリつく。
何人かは翔に非難がましい視線を向けていた。
悪態をついて嫌われてしまえば楽だ。
それは翔の処世術みたいなものだった。
はじめから好感度がゼロならなにをしたところで下がることはない。
期待や信頼などない方が気楽でいい。
「クソガキ! いい加減にしろよっ!」
「もういい。やめるんだ」
言い争いを諌めてきたのは悠馬だった。
「阿里沙が情報を漏らしたのかも知れない。違うかもしれない。けどもう、そんなことどうでもいいんだ」
悠馬は目付きを鋭くし賢吾でも翔にでもなく、神代を睨んだ。
「そもそも僕は最初から願いが叶うなんて思って参加はしていない。神代にはそんな力、ないんだから」
神代はため息をつき、悠馬に呆れた顔をする。
明らかにこの二人には確執がありそうだが、それがなんなのか翔には見当もつかなかった。
「では『祈りの刻』を続けましょう。次はあなたの番ですよ、掛札悠馬さん」
「僕は既に失格している」
「そうでしたね。あまりによくしゃべられるんで忘れてました。じゃあ次は阿里沙さんです」
神代が珍しく嫌味を言って笑いを誘ったが、誰も笑う人はいなかった。
「じゃああたしは賢吾を指名する」
グルだと言われた身の潔白を証明するためか、それともなにか掴んだのか、阿里沙は迷わず賢吾を指名する。
指名された賢吾は静かに頷いて阿里沙を見た。
その落ち着いた態度は、絶対に言い当てられないという自信が滲み出ているようだった。
「賢吾の『願いごと』は、家族か恋人か分かんないけど、とにかく難病を抱えた身近な人のドナーが見つかること」
「ドナー?」
想像もしてない答えだったのだろう。
賢吾は演技もせず、不思議そうに聞き返していた。
「ほら、あるじゃん。骨髄移植とか、心臓移植とか。誰か知り合いが移植手術しないと死んじゃうとかじゃないの?」
「いや、ごめん。違うよ」
「あれー? おかしいな」
阿里沙は首を傾げて訝しがる。
リアクションから考えて当てずっぽうや仕返しで適当に言ったわけではなさそうだ。
とはいえ賢吾もキョトンとしているので、ミスリードに引っ掛かったわけでもないだろう。
掠りもしなかった阿里沙の回答が終わり、伊吹が身を乗り出してきた。
「よし。じゃあ次は俺だね」
ニヤッと笑って翔を見てくる。
「悪いけど翔、当てさせてもらうよ」
「へぇ。それは楽しみだ。当ててみろよ」
本当に当てて欲しい、そう願った。
そうすれば自分に回答ターンが回ってこないからだ。
「翔の『願いごと』は魔法が使えることだ!」
能力取得系というヒントを出した時から指摘されると想像していた回答だ。
翔は目を閉じて首を振る。
「ブブー。違います」
「えー? 違うんだ?」
「そんな簡単なわけないだろ。少しは考えろよ」
憎まれ口を叩いてニヤッと笑ったが、上手く笑えている自信はなかった。
「じゃあ最後は俺だな」
翔は一度静かに息を吸い込み、鼓動を落ち着かせる。
「俺は伊吹を指名する」
「お? 仕返しか?」
「そんなんじゃねぇし」
仕返しなんかではない。
はじめから翔は伊吹を指名すると決めていた。
彼の『願いごと』が分かってしまったその時から、それを当てるのは自分の使命だとさえ考えていた。
『ポンコツらーめん』のファンとしての使命だ。
でもできればその前に当てられて失格しておきたかった。
「センセーの『願いごと』は、打ち切られたデビュー作『死人使いの英雄譚』を最後まで書いて完結させることだ」
「なっ……」
翔に指摘された瞬間、伊吹の顔から笑顔が消えた。
「主人公と死人となったヒロインの旅が始まるところで小説は終わっている。でもあれは本当のラストじゃない。続きがあるはずだ」
翔は敢えてなんの説明も加えず話し続ける。
別に他の参加者に理解してもらう必要はないからだ。
翔の言葉は伊吹だけに向けられていた。
「回収されていない伏線もたくさん残っているし、ラストの畳み方もあまりに急すぎる。俺が死人使いの話をするたび、あんたは話を逸らした。物語について語ると忘れた振りをした。でもデビュー作を忘れるわけない。触れられたくなかったんだろ。あの作品は終わったんじゃない。打ち切りだったんだよ」
「う、打ち切りじゃないっ! 次の作品の企画があったから終わりにしたんだ。 現に次作の『オスメスヒヨコ』はアニメ化までするヒットになっただろっ!」
伊吹は明らかに動揺していた。
事情をまるで知らない他の参加者の目にですら、伊吹が嘘をついているのが分かるほどだ。
「そうか。そういう事情なら、仕方ないな。でも理由はどうあれ俺は『死人使い』の続きが読みたい。あの物語の本当の結末を知りたい」
翔の言葉に伊吹は目を伏せる。
伊吹は『願いごとを』を人に見られたくないと言っていた。
打ち切られた事実をファンである自分に知られたくなかったのだろう。
翔は自分の推理に、もはや揺るぎない自信を持っていた。
「で、どうなんだ? 俺の回答は当たっているのか?」
「ああ」
伊吹は苦笑いしながら頷く。
「当たりだよ。大当たり。俺の『願いごと』は『打ち切りになったデビュー作を最後まで刊行したい』ってことだ」
憑き物が落ちたように、伊吹は正解を認めた。
「参ったな。まさか『願いごと』がこうやって他人にバレるなんて思わなかった。こんなことならもっとかっこいい『願いごと』にしておけばよかったよ」
「バカだな。心の中の欲望の言葉までカッコつけてどうするんだよ。それに」
照れくさくなり、一旦言葉を切って視線を適当に逸らす。
「……それに俺に言わせりゃカッケーよ。アニメ化までした作家が納得のいかないデビュー作を最後まで書きたいって。充分カッケーし」
「そうか。ありがとうな」
「はあ? 俺に当てられて失格になったんだから悔しがれよ。ありがとうとかあり得ねぇだろ」
ニヤニヤと笑う伊吹が気に入らなくて睨み付ける。
それでも伊吹はずっと笑っていた。
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