第27話 逆上~翔~
やって来たはいいが土産物屋などが並ぶ港町に翔が関心を持つような店は少ない。
茹だるような暑さなのでひとまず休憩しようとジェラートの店に向かうと、木陰のベンチに並んで座る伊吹と怜奈を見つけた。
二人とも手にはジェラートを持って、なにやら談笑していた。
その姿を見て翔はイラッとし、瞬時に頭に血が上った。
「よう、センセー。なにしてんだよ?」
やや棘のある声で呼びかける。
「おう、翔くん。君もジェラートを買いにきたのかい?」
「俺を置いて一人でソッコーで船を降りたのはその地味女に貢ぎ物をして媚を売るためかよ?」
顎をしゃくって怜奈を差し、薄笑いを浮かべる。
「違うよ。彼女とは、その、偶然そこであっただけで──」
「ウソつくなよっ」
怒りで血液がどくんっと大きく全身を巡り、自然と声が大きくなった。
怒りに任せて相手を責める母の特徴を、翔は無自覚で受け継いでしまっていた。
「俺を置いて一人でいそいそと船を降りていっただろ! 俺が変なババァに絡まれているのだって見てたはずだ!」
自分の言葉に興奮した翔は更にヒートアップする。
「それなのに見捨ててそんな色気もない女に欲情してたのかよ!」
「それは違う」
伊吹は焦りながら否定し、その隣で怜奈が首を竦めて硬直していた。
「じゃあ慌てたように船を降りて何をしに行ったんだよ? 言ってみろよ」
「それは……」
「指摘されて黙るのは疚しいところがあるからだろ!」
口に出した後でそれが母の常套句だと思い出し、違う種類の苛立ちも沸き起こった。
「若い女見たら浮かれて、必死でアピって。キモいんだよ、おっさん!」
翔は鞄から貰ったサイン本を取り出し、地面に叩き捨てる。
道行く人も何事かと振り返っていた。
怜奈は無言でその本を拾い、外れたカバーを丁寧に戻して付着した草や土を払う。
「何してんだよ、地味ブス。ゴミ拾ってんなよ」
「駄目だよ。これは伊吹さんが翔くんにくれたものでしょ。こんなことしたら、駄目」
怜奈は真っ直ぐに翔を見つめて本を渡してくる。
その真摯な態度に怯んだことを隠すために、更に目を鋭くして伊吹を睨んだ。
「本当はセンセーの最近の作品も読んだことあるんだよ」
少し声のトーンを下げて伝えた。
伊吹はピクッとまぶたを一瞬震わせて顔を上げる。
「正直クソつまんなかった。だからさっきは読んでないってウソをついた」
「そうか……」
「デビュー作の『死人使い』とか『オスメスヒヨコ』のときみたいな、めちゃくちゃだけど勢いがある作品の方が面白かった。無理やりきれいに纏めようとしてたり、壮大な物語のプロローグみたいな作品は全然面白くなかったよ」
「あれはそういう物語なんだ」
「言い訳ばっかすんな。そうやって失敗を認められないから更に失敗するんだよ。もうあんたは才能が枯渇してるんじゃねぇの? いや、もともと才能なんてなかった。才能あるように見えたメッキが剥がれただけなんだよ」
ネットの匿名掲示板で鍛えた誹謗中傷をぶつけると、伊吹ははっきりと傷ついた顔を浮かべて目を逸らす。
一瞬で論破してやったと思ったが、心の中はちっとも晴れることはなかった。
そのまま踵を返し、逃げたと悟られないようにゆっくりとその場を立ち去っていった。
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