第14話 不穏が澱む晩餐~翔~
女性二人が温泉に向かうと残った男性四人もみんなで温泉に浸かりに行こうという話しになった。
やけにはしゃいでいる伊吹や情報を入手したいと考える賢吾がそう言うのは予測できたが、悠馬もその意見に反対しなかったのは意外だった。
みんなで歩き出したところで翔は「俺は馴れ合わないんで」と断ってその場を離れた。賢吾は行動を乱すなという視線を送ってきたが無視してやった。
共闘には賛成したがリーダー気取りの賢吾は少し気に食わない。
しばらく一人で町をぶらついたが古臭い町並みに彼の興味を惹くものはなく、結局すぐにホテルへと向かった。
手持ち無沙汰でロビーでスマホゲームをしていると神代が通りがかる。
「あれ? 翔さんは温泉に行かなかったんですか?」
「そんな年寄り臭いものに興味はないんで。俺はシャワーで十分」
「そうですか。お食事までまだしばらくありますんで、それまでごゆっくり」
「なんのつもりでこんな茶番してるんだ?」
立ち去ろうとする背中に刺々しい声をぶつける。
「茶番? なんのことでしょうか?」
「惚けるな。そういう態度も含めて全部だよ」
翔が薄笑いを浮かべて煽っても神代はいつもながらの微笑みから表情を動かさない。
まるでどんなシーンでも表情の使い分けすら出来ない無能な女優のようだった。
「お前はどんな目的でこんな旅をしているんだ? 今までもこんなことしてきたのか?」
「翔さんと同じですよ。私も暇つぶしでやってます」
やや冷たい口調でそう言うと「では、のちほど」と神代は立ち去っていった。
その背中が消えるまで翔はじっと睨みつけていた。
そのままロビーで一時間ほど待っていると男性陣が帰ってきた。
温泉前は少しぎくしゃくしていた賢吾と伊吹だったが、わだかまりも収まったのかにこやかに会話をしている。
驚いたことに悠馬もその会話を聞いて微笑んでいた。
そのあとに女性陣も戻ってくる。
こちらは男性よりも更に打ち解けた様子だった。
自ら温泉を断っておきながらも、翔は一人つまはじきにされたみたいで面白くなかった。
夕食はホテルの宴会場だった。
参加者六名と神代と運転手の合計八名ではもったいない広さだ。
冬ならばカニ料理が出るらしいが季節的に難しいということで刺身がメインの膳が並ぶ。
ヒラメやタイが新鮮でおいしいと伊吹を中心に騒いでいたが、翔は白けていた。
刺身より寿司の方が好きだし、その寿司だって廻り寿司で十分だった。
こういうところで食べる魚介類を新鮮だと有り難がる大人の気が知れない。
伊吹は下品に口の中にものを入れたまま話していた。
賢吾はインテリぶっているが箸がちゃんと使えていない。
意外だったのは阿里沙で、デコレーションが盛られた長い爪の指で器用に箸を使っていた。
煮魚もきれいに骨を外してに身をほぐし、そつなく食べている。
浴衣に着替えた怜奈は化粧もしておらず、まるで子供のようだ。
にこにこと笑って大袈裟に美味しいと喜んでいるのが、翔には気に入らなかった。
「なににやけてるだよ、気持ち悪い」
斜向かいに座る怜奈を睨みつける。
途端に彼女は表情を曇らせ、一瞬で場の空気が凍りつく。
その不穏さに翔は興奮を覚えた。
「浴衣とか着てブスのくせに調子乗ってんなよ。女が少ないからちやほやされていい気になってんじゃねぇの? オタサーの姫みたいだな」
「おい、やめなよ、あんた」
阿里沙が眉間にしわを寄せて翔を睨む。
それでもお構いなしに翔は続けた。
「どうせ普段は男に相手にされてないんだろ? それがここではおっさんやら冴えない男にちやほやされて浮かれてる。違うか?」
「いい加減にしろ」
低い声で睨み付けてきたのは悠馬だった。
普段物静かな彼の鋭い眼光はそれなりに迫力があった。
しかしそれで怯む翔ではなかった。
「お? 王子様の登場か? そうやって怜奈にアピールしたいだけだろ? これでうまくいったら、俺が恋のキューピッドじゃね?」
次の瞬間、手首を捻られ、肘に激痛が走った。
「うぐっ!」
見上げると阿里沙が翔の腕を捻り上げていた。
かなり痛かったが声を漏らすと恰好悪いのでなんとか耐え、逆に薄ら笑いを浮かべた。
「腕、へし折るよ? あたし合気道やってたから」
「阿里沙さん、熱くならないで。ほら翔くんも謝るんだ」
呆気に取られていた伊吹がようやく止めに入る。
だがその視線はちらちらと主催者の神代の方へと向けられていた。
神代に止めさせたいのか、みんなのまとめ役とアピールしたいのか、その両方なのか知らないが翔には吐き気を催すほど矮小に見えた。
しかし神代もガタイのいい運転手もまるで部外者のような顔で成り行きを見守っていた。
「お友達ごっこはやめろよ。阿里沙も自分の願いごと叶えようとしてるんだろ? ここに集まった六人は仲間なんかじゃない。全員ライバルなんだよ」
「うるさいっ! 黙れよ、クソガキ!」
更に腕を捩じられて肘や肩に激痛が走る。
思わず「痛っ」と悲鳴を上げてしまい、悔しくて唇を噛んだ。
彼の美学で、『悪』は痛みを感じてはいけなかった。
「もういいだろ。その辺にしておこう」
ゆっくりと落ちついてそう言ったのは賢吾だった。
「翔くんの言動は行き過ぎているが、特殊な環境で気が立っているからだろう。まだ若いんだし、我々大人が多めに見てあげるべきだ」
賢吾に説得され、阿里沙が白けたように翔の腕を放す。
「ありがとう」と賢吾は阿里沙に小さく頭を下げて場を収めた。
「はあ? なんだ、お前」
自分で掻き回せと指示しておいて、賢吾は常識人のように振る舞う。
梯子を外すような裏切りを受けて怒りがこみ上げ、賢吾を睨む。
彼は落ち着けと促すようにじっと翔の目を見詰めてきたが、それが更に翔の怒りをヒートアップさせた。
場の空気がこれ以上ないほど寒々しいものになったところで神代がパンッと軽く手を打った。
「それではこれから一日目の『祈りの
何事もなかったかのように神代がトランプを取り出すと運転手がハンディカムカメラを構えて録画を開始した。
「イノリノトキ?」
「ええ。互いに『願いごと』を言い当てる時間をそのように呼んでます」
「この状況で始めるのか?」
咎めるように悠馬が呟くと「ええ」と神代は微笑んだ。
空気が読めないを通り越してサイコパスのようで、さすがの翔も薄ら寒いものを感じてしまった。
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