第13話 躊躇い傷~阿里沙~
湖でのボートで特に親睦が深まった様子もなく、言葉数少ない参加者たちは再びバスに乗せられた。
てっきりこの辺りに泊まるんだと思っていたが、再び移動をさせられて阿里沙はうんざりする。
車内は相変わらず静まり返っていた。
最初のうちは伊吹が一人で湖のきれいさなどを語っていたが、誰も反応しないのでふて寝していた。
白けた空気のまま二時間ほどバスに揺られ、ようやく辿り着いたのは有名な温泉街だった。
「夕食までは時間がありますのでここからは自由行動となります。外湯めぐりをしたり、街の散策をしたり親睦を深めてくださいね」
神代はそう説明するとホテルのチェックインに向かってしまった。
相変わらず参加者任せの放任主義の運営だ。
「温泉、行こっか?」
「えっ……私と、ですか?」
怜奈に声をかけると躊躇いながらチラチラと周りを見る。
車酔いでもしたのか、やけに元気がない。
もしかしたら二人きりになって『願いごと』を探ろうとしているがバレて警戒されたのかもしれない。
「一人で温泉とか寂しすぎるし」
「私はお風呂は一人の方が落ち着きますけど」
「ははは、なにそれ、ウケる! 温泉の意味ないじゃん。ほら行くよ」
先に歩き出すとそのあとを怜奈がついてくる。
温泉街は真ん中に小川が流れており、その川沿いに店が連なっていた。
温泉はもちろん、土産物屋、レストラン、工芸品店、射的やスマートボールの店まであった。
平日ということもあって人通りも少なく、閑散としている。
温泉町のわりに硫黄の匂いは思ったほどきつくなく、足湯の脇を通るときに感じる程度だった。
「なんかいい感じじゃない?」
「そうですね。はじめて来ましたけど、懐かしい感じというか」
「てかなんで怜奈ってたまに敬語使うわけ? あたしの方が年下だし、タメでいいよ」
「うん。そうだね。ありがとう」
「お礼言うこと?」
反応が面白くてつい笑ってしまう。
ぶらぶらと歩いているうちに町の外れまで来てしまい、そこにあった温泉に入ることとした。
「温泉なんて久し振りぃ。テンション上がるかも」
ボートで汗をかいていたので早くさっぱりしたかった阿里沙は脱衣所で素早く服を脱ぐ。
準備が整ったところで振り返るとまだ怜奈はシャツのボタンを外しているところだった。
「先、行っとくね」
「あ、うん」
赤い顔をした怜奈が照れ臭そうに頷く。
女の子同士でも裸になるのを恥ずかしがるタイプなのだろう。
まだ時間が早いからか、浴場には数えるほどの人しかいなかった。
阿里沙が髪を洗い終えた頃、ようやく怜奈がやって来た。
「怜奈、こっち」
手招きすると照れた様子で隣にやって来る。
阿里沙にとって怜奈をはじめ参加者たちは、一人だけしか叶えてもらえない『願いごと』を奪い合うライバルだ。
しかし旅の間ずっと参加者たちとぎくしゃくした空気で過ごすのもしんどい。
だから敢えて空気を読まない行動をして相手をリラックスさせようとしてしていた。
もちろん心を開かせた方が相手の願いごとが分かりやすいという意味もある。
「てか怜奈、痩せてる割におっぱいデカくない?」
「そ、そうかな? 同じくらいじゃない?」
「触っていい?」
「それは、ちょっと……」
「女同士だしいいじゃん。あたし大きなおっぱい見ると触りたくなる癖があるんだよね」
「そ、その癖は直した方がいいと思う……」
打ち解けるつもりが完全に警戒されてしまっていた。
もっとも彼女のこういった空気を読まない作戦は大抵うまくいった試しがない。
先ほどもボートで悠馬に水をかけてウケを狙おうとしたら顰蹙を買ったばかりだ。
身体を洗ったあと二人で湯船に浸かる。
怜奈は阿里沙とやや距離を置いていた。
「あー、ヤバい。気持ちいい」
ちょっと熱めのお湯だが、夏バテ気味の身体にはむしろ心地よかった。
「なんかホッとするね」
怜奈も気持ち良さそうに顔の力を抜いていた。
その表情は自分よりずっと年下にさえ見えるほどあどけない。
それにしても、と阿里沙は思う。
こんな欲のなさそうな怜奈でもなにか『願いごと』があって参加している。
一体どんなことを願っているのだろう。
それを当てなければ自分の夢を叶えることも出来ない。
自分の願いのために人の願いを蹴落とすというこのシステムは感じが悪い。
気を抜いた怜奈の顔を見て改めてそう感じた。
でも自分の夢を叶えるためには、やるしかない。
せっかく『かみさま』が与えてくれたチャンスを他人に譲るつもりはなかった。
「怜奈も『願いごと』はやっぱお金?」
「それは……言えません」
「だよねー。あはは。誘導尋問失敗」
「ゆ、誘導尋問、だったの?」
「でもまあ、お金があれば大抵なんでも片付くもんね。てか働きたくないし。お金があったら働かずに遊んで暮らのに」
怜奈はなにも答えず、お湯を掬って顔を擦った。
「怜奈もお金があったら遊んで暮らすでしょ? その方が楽だもんね」
「私は逆です。働きたいです」
突然強い口調で言われ、阿里沙は呆気にとられる。
それほど大きな声ではないが、それまでと違う強い意思を感じさせる声だった。
「へぇ。怜奈はお金があっても働きたいんだ?」
怜奈は少し戸惑ってからこくんと頷いた。
「実は最近、スクラッチくじを買ったんです。好きなアニメとコラボだったんで、外れくじでも記念になるかと。そしたら」
「まさか当たったの⁉」
「た、たいした額じゃないよ。でも私からしたらかなりの額で」
「スゴいじゃん!」
「それで、お金をもらったんですけど、なんか違うって思って」
「違う? なにが?」
怜奈は曇った表情になり、視線を湯船に落とす。
「私もお金があったら不安とか焦りとか少しは和らぐと思ったんです。でも逆でした。この程度のお金、使えばなくなる。それよりちゃんと働かなきゃいけないって。そんな当たり前のことに今さら気付いて」
喋りすぎたと感じたのか怜奈はそこで言葉を切り、お湯を掬って顔をパシャパシャと洗った。
「なるほどね。よかったじゃん、そう思えただけでも当たった価値あったね」
軽く返しながらも阿里沙は動揺していた。
怜奈の手首に躊躇い傷の筋が刻まれているのを見つけてしまったからだ。
それまでただ明るくて時折ぼんやりする女の子と思っていた怜奈が、急に違う人間に見えてくる。
「ていうか、怜奈。宝くじ当たった話とか他の人に話しちゃダメだよ。そんなこと言ったら怜奈の『願いごと』のヒントになっちゃうかもしれないから」
「あ、そっか……はい。分かりました」
「だから敬語もなし。女子二人だし、気楽にいこ」
「うん。ありがとう」
手首に消えない痕を残すほど苦しんだ怜奈が願うこととはなんだろう。
浴場のやけに高い天井を見上げながら考えを巡らせていた。
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