第2話 神様は存在する~玲奈~
神様は存在する。
それは目に見える存在じゃないかもしれないし、触れられる実体があるものじゃないかもしれない。
でもきっと、神様は存在している。
『神様はきっと見てくれているから』
『神様は乗り越えられない試練を与えない』
尊敬する人にそう教えられた日から、怜奈はずっと信じてきた。
一歩進むごとに汗が吹き出すような暑さの中、キャリーバッグを引っ張りながら坂道を上る。
普段の運動不足が祟って既に体力の限界を感じていた。
そんな遅い歩みの怜奈を、リュックを背負った背の高い男性が追い抜いていき、しばらくしてから急に立ち止まって振り返った。
「大丈夫? ずいぶん重そうだけど」
突然話し掛けられ、怜奈は驚いて対応に困った。
「は、はい、大丈夫です」
慌てて顔を作り答える。
「ならいいけど」
男性は苛ついたような顔をして立ち去っていった。
せっかくの親切を断って、怒らせてしまったのだろうか?
なんでも気に病む怜奈はついそんなことを考えてしまう。
彼女は怒っている人を見るのが苦手だ。
無関係の人でも自分が怒らせてしまったような錯覚を覚える。
(やっぱり帰ろうかな……)
そう弱気になるが、駄目だと気を引き締め直す。
『神様はきっと見てくれているから』
そう再び心で唱えながら重い荷物を引きずりながら歩き始める。
怜奈はうまく感情を表すことが出来ない。十五歳のときに受けたイジメが原因だ。
感情を表に出せなくなったことを心配した両親は怜奈を医者に連れていこうとしたが、彼女が強く拒むと無理強いはしてこなかった。
高校にも進学せず引き籠もった怜奈を、両親は静かに見守ってくれていた。
環境を変えようと引っ越しまでしてくれたが、やはり感情を表すことは苦手なままだった。
むしろそこまでしてもらっても立ち直れないということに申し訳ない気分になり、余計に塞ぎ混む日が増えてしまった。
「フリースクール?」
「そう。怜奈がよかったら行ってみない?」
新しい土地に住み一年半ほど経った頃、怜奈は母の勧めでフリースクールに通いはじめた。
フリースクールとは様々な理由で高校に行けない者が通う学校のことだ。
ルールは学校によりまちまちで、玲奈の通うところは毎日じゃなく気が向いたときにいけばいいし、何年通おうが自由という気軽なものであった。
資格などは取れないが、社会復帰を手伝ってくれるところだ。
そこで知り合ったのが調理実習の講師である
彼は教師の資格を持っていないボランティアの講師だった。
他のフリースクールの教師は腫れ物に触れるように怜奈と接してきたが、井ノ本は違った。
気を遣うこともなく普通に接してくれる。
そんなフランクな彼の存在が嬉しくて、怜奈はこの学校に通うことが出来た。
しかし甘えから気分が沈んでしまった時は、井ノ本に当たってしまうこともあった。
そんなとき彼はいつも優しく言ってくれた。
「神様はきっと見てくれているから」
もちろん素直にその言葉を信じるほど怜奈も幼くはない。
でもあえてその言葉を信じてみようと思った。
神様という超越したものに自分の願いを委ねてみることにした。
この旅行のことも尊敬する井ノ本と相談して決めた。
「怜奈は変われる。人と接することに恐れずに旅をしてごらん」
井ノ本の言葉を思い出し、気持ちを奮い立たせる。
初対面の人と二泊三日を共にするのは正直気が重い。
でも神様は越えられない試練は与えない。
この旅が終わるころ、きっと自分は成長している。
そう信じて怜奈は俯きかけた顔を上げて再び歩き出した。
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