爆殺する彼女と爆発する僕
幌雨
第1話 スレイの特殊な体質
「ふんふーん、ふふふーん、ふんふふふーん♪」
春先の温かい日差しの中、幼馴染の女の子が機嫌よく鼻歌を歌いながら部屋の掃除をしている。
それを聞きながら、自分も棚のホコリを叩いていた。
寒い間掃除をサボっていたせいか、棚の隅で塊になっているホコリを掻き出していると、ふいに鼻がムズムズしてきた。
あ、危ない。
そう思ったときには手遅れで。
「はーーーっくしょん!!」
盛大にくしゃみをカマした次の瞬間、突然巻き起こった吹雪で部屋がバキバキに凍って、驚いた幼馴染が駆け寄ってくるのを尻目に部屋の主であるスレイは意識を手放していた。
🧪
ばちん、と頬に強い衝撃を感じてスレイは目を覚ます。右手を振り抜いた姿勢のまま自分を膝枕している幼馴染、マリーベルと目があった。
「もう、スレイったら気をつけてよね?今回は吹雪だったから良かったけど、これが炎だったらせっかく掃除したのに家が焼失するとこだったんだからね?」
「面目ないです」
失敗したのと膝枕されているのがごちゃ混ぜになった気恥ずかしさを小さく笑ってごまかしながら立ち上がって周りを確認する。さっきまで掃除していた部屋の一角がバキバキに凍っていた。
「溶けるまで待つしかないか」
「そうだねえ。ちょっと早いけどお昼にしましょう」
椅子もテーブルも氷漬けだ。二人は倉庫から取りだした敷物を外に広げて、マリーベルが家から持ってきた昼食をそこに並べていく。
「スレイの体質、全然良くならないね」
「むしろ悪化している気さえするよ」
スレイは他に聞いたことのない特殊な体質の持ち主だった。その体質のせいで、スレイはうまく『魔法』を使えない。
魔法を使うには普通、体の中に溜まっている魔法の因子を絞り出すようにして放出する。スレイはその調節機能が生まれつきぶっ壊れていて、それこそくしゃみが出るみたいなちょっとした刺激で体中の魔法の因子が漏れ出して、適当な魔法が勝手に発動してしまうのだ。
しかも全く加減ができないので、生命の維持に必要な分まで全部使ってその場で意識を失ってしまうというおまけ付きで。
「…また首輪触ってる」
「はは。もうクセになっちゃってるかな?」
「その首輪のせいでどこにも行けないからね。早く外せるようになったらいいな。そしたら一緒に旅行に行けるよね」
「そうだねえ」
スレイの首には囚人が嵌める首輪が嵌められていた。魔法を封じるための首輪だった。
それをつけているということはスレイが囚人であるということを意味する。実際には魔法の暴発を防ぐためにつけているのだけど、事情を知らない他人にはそんなことは関係ない。
ちなみに、外してしまうと魔法を使った瞬間に全部の因子を放出してスレイは死んでしまう可能性が高い。実際、生まれたばかりのときに死にかけて、それからずっとつけっぱなしなのだ。
そんな「いつもの」話をしながら食べ終わった昼食を片付けていると、森の方から紺色のローブを纏った老人が歩いてくるのに気がついた。
「お客さんなんて珍しいな」
「そだね。村のみんなも暴発に巻き込まれるのが怖くて私以外この辺には近寄らないのにね」
「物好きも居たもんだ」
「それ私に言ってる?」
「とんでもない。マリーベルにはとっても感謝しているよ」
「ならいいんだけど」
二人のそばにたどり着いた老人は、安堵のため息をつくと腰に下げた水筒から水をひとなめしてから口を開く。
「私の名はファウスト。街では大賢者と呼ばれておる」
「大賢者だって。知ってる?」
「このあたりから出たことないのにマリーベルが知らないことを知ってるわけないだろう」
「そっか」
スレイとマリーベルのやり取りで少しプライドが傷ついた大賢者ファウストであったが、そこはさすがの大賢者、グッと飲み込んで本来の目的を切り出した。
「ここに因子注入魔法の使い手が居ると村で聞いてやって来たのじゃが、お嬢ちゃんがそうかな?」
ファウストは明らかにマリーベルを見ているが、当のマリーベルはなんのことだかわかっていない様子で、困った視線をスレイに飛ばして少し隠れるようにしている。
「なんです?その『因子注入魔法』というのは?」
二人の疑問を代表して口に出したスレイを一瞥して、大賢者ファウストは少し考える。
「その風貌からして、お主が村人たちが言っていた『白髪鬼』スレイじゃな?鬼と言うには貧相な成りじゃが、魔法の調整ができんでしょっちゅうぶっ倒れるんじゃろう?で、その度にお嬢ちゃんが因子注入して介護していると言うておったが?」
その言葉にマリーベルは納得がいったようで、「ああ、あれがそうなんですね」と返す。
「因子注入は凄まじく高度な魔法じゃ。世界に何人も使い手はおらぬからな。本当ならばこんな田舎に埋もれさせてはおけぬ。どうじゃ、試しに私に因子注入魔法をかけてみてくれんか?」
「あ、ええっ!?」
老人の申し出に狼狽えるマリーベル。スレイはその様子が可笑しくてつい笑ってしまった。
「ちょ、笑わないでよスレイ…あの、本当にいいんですか?結構痛いと思うんですけど」「ふむ?痛いのか?よくわからんが、まあいいぞ」
背負っていた荷物を降ろして手を広げ、いつでもいいぞ、とファウストは言った。マリーベルはといえば、困惑した視線をチラチラとスレイに送るばかり。
「やってあげればいいんじゃない?」
「…スレイがそう言うなら」
実のところ、スレイもこれから何が起るのか理解していない。ぶっ倒れるたびにマリーベルが介抱してくれているのは知っていたが、何しろ気絶しているので何をされているのは知らないのだ。わかっていることといえば、事後には確かに彼女が言うとおりほっぺたが結構痛いと言うことだけだ。
「じゃあ、やります」
「いつでもよいぞ!」
手を広げて立つ大賢者の傍まで歩いていくと、マリーベルは大きく深呼吸する。
「行くぞぉぉぉぁぁあああ!!闘・魂・注・入!!ハイッ!!」
突然の叫び声にビクッとする大賢者ファウストとスレイ。そして勢いよく振り抜かれるマリーベルの右腕。
バチン、とものすごい音がして、頬に全力のビンタを食らったファウストが白目を向いてぶっ倒れた。
「え、えええっっっ!!?」
これがスレイの素直な感想だ。インパクトの瞬間大賢者がちょっと浮き上がって回転したようにすら見えた。今は地面でピクピクしている。
「ちょ、ちょっと強すぎたんじゃない?」
「これくらいやらないと駄目なのよ…こう、衝撃で上手く意識を飛ばさないとキレイに入らないの!」
「なんてことだ…気絶してたから知らなかったけど僕は毎回なんて恐ろしい攻撃を受けていたんだ…」
思わず自分の体を抱いて震えてしまう。
「攻撃って言わないでよ。それに、スレイは気絶してるときだからここまで強烈なやつじゃないわ!」
「そ、そうなの?なら、安心、かな?」
何が安心なのか自分でもよくわからないが。乾いた笑いしか出ない。
しばらくすると、ビクン、と大きく大賢者の体が跳ね上がって、カッと目を見開いた。
ヨタヨタと立ち上がった大賢者ファウストが口の中に入っていたものを吐き捨てる。飛んでいったものを認識したスレイは腹の底から冷たいモノがこみ上げてくるものを感じた。
「奥歯がやられちゃってるじゃないか…ヤバイ…ヤバすぎる…」
震えるスレイの横でファウストは調子を確かめるように肩を回したり拳を握ったりしていたが、やがてマリーベルを見ると、サムズアップ。
「張られた頬は痛いが、確かに因子は注入されたようじゃ。長旅の疲れが取れて頭もスッキリじゃ」
「ひっぱたかれて喜ぶなんてお爺さんツワモノだね?」
「マリーベル、言い方考えよう?大賢者さま奥歯やっちゃってるんだよ」
しかし当のファウストはカラカラと笑って、
「なに、心配無用じゃ。奥歯くらい私の魔法ですぐに生やせるからな」
と、鞄から巻かれた紙を取り出しながら言った。
「これはスクロールと言って、簡単に魔法を発動させるための道具じゃ。この紙に書かれた紋様に因子を充填することで魔法が使える。これは身体回復の魔法が記されたものじゃ」
ファウストが広げた紙に書かれた紋様に手を添えると、それがうっすらと輝き出す。
「これで小一時間もすれば元通りじゃろう」
初めて見たまともな「魔法」に二人が目を輝かせているのに気付いて、ファウストはある種の懐かしさを感じた。遠い昔、自分にもこんな時期があったことを思い出していた。
「私達が知ってる魔法って、スレイが暴発させる無茶苦茶なやつだけだもんね」
「そうだねえ」
遥か昔、子供の頃にスレイの両親は彼の体質をなんとかしようと高価なスクロールを幾つか買い求めていたらしい、と聞いたことはあったが、実際に目にしたのはこれが初めてだ。実家の中を探せば出てくるだろうが、もう五年以上帰っていなかった。
「僕も小さい頃にスクロールを巻き付けて生活してたからいつくか魔法は使えるけど、どっちかというと使ったというより出ちゃったって感じだからね」
スクロールで魔法を使い続けると、そのうちスクロールなしでも魔法が使えるようになる。家にあったスクロールは全部不要になったから、今はもうスクロールを体に巻きつけての生活ではない。
「お主のその白い髪、間違いなく因子欠乏症の症状じゃな。因子出力の調節ができんお主のために、せめて爆発しないように被害が少なそうな魔法のスクロールを巻き付けておったのじゃろ」
「そのとおりです。本当は生活の役に立つようなのが良かったんですけど、そういうのは高くてうちでは手に入らなかったみたいです」
「なるほどのう」
ちなみに、先程ファウストが使った身体回復のスクロールは、買えば都会の一等地に大豪邸が立つ。
「そんな状態でよく生きとったな」
「全部マリーベルのおかげですよ」
「えへへ、私のおかげです」
「仲の良い夫婦だの。結構結構」
ファウストはなんの気なしに素直な感想を述べただけなのだが、それを聞いたスレイは
「そんな、夫婦だなんて。僕が一方的に迷惑かけてるだけですよ!!」
と、慌てて否定する。
その言葉に衝撃を受けたのがマリーベルだ。目を白黒させて、
「えっ!?私達結婚してなかったの!?」
と慌てている。
「え!あれ?いつからそんな話に?」
「…この家に引っ越してきたときくらい?」
「五年前?」
「私はそのつもりだけど?もちろんうちの両親も、スレイの両親も」
衝撃の事実に呆然とするスレイであったが、すぐに納得したのか、「僕たち夫婦だったみたいです」と、急にニヤつき出した顔が少し気持ち悪い。
「わしは一体何を見せられたんじゃ…」
大賢者の力を持ってしても理解できない寸劇を見せられては、困惑するしかなかったのだった。
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