年齢階段は歩かずにお待ち下さい

ちびまるフォイ

よくのぼる階段

目が覚めたときには階段の一段で横になっていた。

階段には壁も手すりもなく、ただ空中に階段だけがある。


「これは……夢? 早く起きないと」


階段で眠るなんて考えられないと夢を疑い、

終わりの見えない階段を降り始めた。


階段を降るほどにみるみる自分の手のシワが消えていく。

そこで目が覚めた。


「……やっぱりね」


目をさますために洗面所へ向かう。

鏡に映った自分の顔は若い頃の自分だった。


「わ、若返ってる!? 夢じゃないよね!?」


あらゆる方法で検証しても現実だった。

手を見てみると、皮膚にハリが出ている。


「夢とおんなじだ……! 夢で若返っちゃった!」


その夜も、同じ夢を見た。


「この階段を下れば私はもっと若返られる!」


階段を降りるほどに若返ってゆく。

あまり若返りすぎても中身とのギャップが大きいため、

15歳ほど若返るまでに留まった。


「早く夢が覚めないかな。現実が待ち遠しい!」


死ぬと夢が覚めると聞いたことがある。

階段の横から飛び降りようとも考えたが怖くて辞めた。


夢が覚めるまで待っていると、周囲の霧が晴れ始めた。


「あれは……? 階段?」


私が立っている階段の他にも、空中に浮かぶ階段はいくつもあった。

どれも終わりが見えないほど高く伸びている。


目を凝らすと他の階段にも人がいるのが見える。

階段のさまざまな1段で横になって寝ている。

起きているのは私だけだった。



目が覚める。

私の体は夢のように若くなっていた。


「また若返ってる! もう最高!」


インドアな私が外に出たくてたまらない。

外に出ると、これまで縁のなかったナンパを受けたりした。


以前から気になっていた料理教室へ行くと驚かれた。


「それで40歳!? 肌のハリがちがうじゃない!?」


「いえいえ、そんな。年相応ですよ」


見た目は若くても中身は年相応。

近い年齢でしか伝わらないことも答えてみせると、

誰もが実年齢を信じてくれた。


「でもすごいわねぇ、そんなにお若いだなんて。

 なにか特別なケアでもしているの?」


「あはは。いいえ、なにもしてないんですよ」


料理教室でも私はアイドル。

若さで優れいているというのは大きな自信になった。


けれど、最初はうらやましがられた私の若さは

しだいに周りの人からの誹謗中傷の的にされた。


「"なにもしてない"ですって。嫌味ねぇ」

「なにもしてなかったら、ああはならないわよ」

「私達を見下していい気分になってるのよ」


女子トイレの個室に入っていた時、ドア越しに聞こえる会話。


あまりに若返りすぎるとあつれきを生んでしまうんだなと気づいた。

陰口に関しては「ひがみ」だと思い気にもならない。


若さという武器を持つものだからこその余裕かも。


その夜、また階段の夢の中に立つ。


「降りたら若返るってことは、昇ったら戻るのよね?」


若返りの嬉しさから降りすぎたことを反省し、

多少若さを緩和するために階段を登ろうとする。


「えっ!? 高っ!!」


階段を上ろうと後ろを振り返る。

後ろには上るにはキツそうな身の丈以上の高さで1段ある。


「降りるときはこんなに1段高くなかったじゃない!」


それでも上るしかない。

階段に手をかけて必死に体を持ち上げる。


「きっっつい……!!」


アスレチックのような階段をなんとかよじ登った。

1段も上れないまま息が切れてしまう。


「はぁっ……はぁっ……夢なのに疲れるなんて……」


もう1段上るのは体力的に無理だとすぐ悟った。

いくら若返っているといっても中身は同じ。


20代ならあっさり登れる1段も、40歳で同じことはできない。


「降りすぎたのは……し……失敗したかな……」


若返りは楽で、歳を取るのが難しいなんて。

こんなことなら1段ずつゆっくり降りればよかった。


夢から覚めてからも頭の中はずっと階段をどう上るかばかり。


いくら現実でトレーニングして体力をつけても意味はない。

夢の私はひ弱で階段1段すら上れない。


「そうだ……どうせ夢なんだからもっとできるはず」


夢なんだから自分の思い通りにできるはず。


階段を登りやすいようにスロープぽく歪めたり、

かぎ縄とかハシゴをかけたりすればきっと上れる。

どうせ夢なんだから。


その日の夜、私はあらゆる道具を具現化しようと努力した。


「ハシゴ、こい! ……ダメかぁ」


いくら念じてみても都合よく道具が現れるはずもなく、

この身ひとつでよじ登らなければいけない現実をつきつけられた。


「もうなんなのよ! 歳ぐらい普通に取らせてよ!!」


いらだってそびえ立つ階段を蹴るとヒビが入った。


「あれ? 意外とこの階段ってもろい……?」


ヒビに向かってもう一度蹴ってみると、

音を立てて階段の1段が砕かれて落ちていった。


抜けた1段を詰めるようにして階段がスライドして隙間は消えた。


「これで階段を詰めていけば上っていることになるかも!」


私の考えは的中した。

上の階段の段数を減らすほど、体の年齢は上がっていった。


わざわざ必死こいて上る必要なんてなかった。

これでもう年齢は自由自在。


それからは若い人たちの集まりへいくときには階段を降り、

同年代の集まりには階段の段数を削って歳を戻した。


「自分で歳を好きにいじれるなんて最高! 私は自由よ!」


その夜も私は下げた年齢を戻すために階段を削った。

階段を1段壊したときに、はじめて階段の執着を見つけた。


今までは階段はどこまでも伸びていた。

階段を何度も詰めたことで終わりが見えるレベルまで来たんだ。


「どうしよう。もう階段を詰めて歳あげるのは無理かぁ」


これまでのように変幻自在に歳を調節は難しい。

なにか解決策はないものかと夢の中で悩む。


ふと、自分以外の階段を見たときだった。


「あの人……あんなに低かったっけ?」


私の周りにある他の人の年齢階段。

その誰もが階段の1段で眠っているが、位置が下がっていた。


寝ている人たちが一時的に起きて、いつのまにか階段を降りたのか。

他の人もみな位置が低くなっている。


誰かひとり、ふたりが起きて階段を降りているわけじゃない。


「私が上がってる? でも私の位置は変わってないし……」


私が階段をよじ登ったなら視点は高くなる。

周りの人が下がったように見えても不思議はない。


でも、私がやったのは階段を詰めただけで場所は変わっていない。


むしろ、階段を降りてから階段を詰めたのだから

私のほうが下がっているほうが自然ですらある。


「いったいどうして……」


他の階段を見続けたことで答えがわかった。


時間を追うごとに、みるみる他の人が小さく見えてゆく。

この階段じたいがエスカレーターのように動いていた。


階段を詰めたことで軽くなり、上昇する速度が変わっている。


100段もある他の人のエスカレーターが昇るよりも

10段しかないエスカレーターのほうが速いに決まってる。


ぐんぐんと私のエスカレーターは空へと上ってゆく。

他の階段との差を広げていく。


「誰か! 私のこの階段を止めてーー!!」


やがて私の階段は光の中へと昇りきった。







「知ってる? あの若づくりしてた人、死んじゃったって」

「やっぱりね。きっと無理な整形していたのよ」

「若さに執着するっていやねぇ」


私のいない料理教室でも話題は私のことだった。

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