ヤンデレに愛されて仕方が無い第六十五話


東院の護衛任務を終える。


八十枉津学園へとやって来る。


彼の足はあさがお寮へと向かっていた。


東院の報酬である愛風狼十蔵のサイン入りポスターを取りに行く為だった。


    


    「ん?なんだ、九重花か」


    


あさがお寮へと向かう道で、八峡は九重花と出会った。


九重花の様子はおかしい。画面の映らない携帯電話を見ている。


    


    「八峡さま……八峡さま……」


    


 そう呟きながら画面を見ている九重花。


     


     「あー?おーい、聞こえてッか?」


     


 八峡が彼女に近づく。


そして、九重花の半身から生える樹木を見て足を止めた。


     


     「おい、どした、それ」


     


 八峡が心配そうに言うが、九重花は八峡に気づかず歩き続ける。


 しかし、彼女の体から生える枝は違う。


 細く枯れた鴉の足の様な枝が、八峡に向けて伸びていく。


 その枝は、八峡に触れようとしていた。


     


     「……ッ!」


    


 首筋に悪寒が走る。


 鍛え抜かれた危機察知能力が、それに触れてはならないと告げている。


 八峡は横に移動してその枝を避けようとするが、枝は八峡を狙う様に動いていく。


     


     (俺を狙って来ていやがるッ)


     


 八峡は腰から士柄武物を引き抜いた。


 刃物を使って枝を切ろうとしているらしい。


 枝と刃が触れ合おうとした瞬間。


    


     「だめすよ、そんなもんじゃ」


     


 その声と同時に、八峡の背後に紫陽花の似合う女が立っていた。


 八峡の肩を掴むと同時に後ろに後退させて代わりに手首から枕程の芋虫を吐き出した。


 枝が芋虫に触れると同時に芋虫が奇声をあげて枝に吸収されていく。


     


     (うわッグロテスク)


     


 八峡は呑気にそんな事を思っていた。


そして後ろを振り向いて、八峡を救った少女の顔を見る。


     


     「ハナイノか」


     


     「えぇ、危なかったすね、八峡」


     


 そうして、八峡義弥は花天禱と出会う。


     


     「九重花、アレがなんであぁなったのか、知ってんのか?」


     


    「えぇ、まあ」

     「私が唆したので」


     


     「はぁ!?またお前面倒な真似しやがったのか!」


     


 八峡は花天の頭を叩いた。


 花天はそれを受けて表情を綻ばせて笑みを浮かべる。


     


     「きけけ……懐かしいすねぇ」


     


    「気持ち悪いぞ、お前」


     


 花天の笑い顔を見て八峡は眉を潜めた。


     


     「とりあえず、お前がこうしたのはどうでもいい」

     「どうせ、希望絶望云々だろ?」


     


     「そうすよ。私は久遠さまの絶望が見たかったんすけど」

     「あんな捻くれるとは思いませんでしたよ」


     


    「捻くれるレベルか、あれ」


     


 八峡は九重花を見る。


 まるで悪魔の様な姿に八峡は恐怖を覚えている。


     


     「お前がやったんなら、お前がどうにかしろよ」


     


     「えぇ、このままだと、久遠さまが世界を滅ぼしかねないので」

     「なので八峡、あんたにも手伝ってもらいますよ」


     


    「は、やだよ、なにすんだよ」


     


 八峡は花天から逃れようとする。


 しかし花天は八峡の腕をがっしりと掴んで九重花に声を掛ける。


     


     「久遠さま、よーく見ていて下さいね」


     


 そう言って、久遠は、八峡の頭を掴むと、徐に唇を塞いだ。


 腔内に広がる蜜の様な甘さ、ほのかにとろみのある花天の唾液が八峡の口に流れ込んでくる。


 暖かな舌先が八峡を求める様に蠢くと、名残惜しそうに彼女の口が離れていく。


    


    「おまっ、なにしてんだッ!」


    


    「なにって、荒療治ですよ」


    


 そう言って、花天が九重花を見る。


 優越な表情を浮かべて煽る様に言った。


     


     「すいやせん、久遠さま」

     「お先、いただきました」


    


 その言葉によって、九重花久遠は、携帯電話を落とした。


 そして、滲み出る殺意が、花天に向けられる。


     

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