金髪と最強と性癖

 そして跡形もなく、蟋蟀の厭穢は死滅した。

 減滅術式によって跡形もなく消え失せて、そして八峡義弥と東院一だけが残される。


「………」


 八峡義弥はか細く息を吐く。

 左腕は術式を解除しても火傷が侵蝕していた。

 無差別術式は練度が低いと、自分自身の肉体を傷つけてしまう。

 八峡義弥は未熟である為に、保護帯と呼ばれる包帯で腕を保護しなければ術式を扱う事は出来なかった。


「ふは」

「虫の息か」

「皮肉よな」

「八峡」


 そう東院一は八峡義弥の瀕死の表情を見て言う。


「なんと無様な事よ」

「しかし、その様が」

「貴様には良く似合う」

「死に果てる」

「死に瀕する表情が」

「なんと愛い愛いしい事よ」

「女であった貴様よりも」

「断然と見栄えするぞ?」


 八峡義弥の前髪を掴んで顔を上げる。

 虚ろな表情を浮かべる八峡義弥に恍惚とした表情を浮かべる。


「良い表情だ」

「妾好みよなぁ」


 八峡義弥の瞳から零れ出した血涙に、桃色の舌先を出して拭いとった。


「あぁ」

「甘露甘露」


 東院一は苦痛に歪む表情を好む。

 苦痛に歪む表情を見るのが好きと言う事もあるが。

 弱者が必死になって戦い、そして負傷する様を見るのが溜まらなく好きでもあった。


 弱者の意地と言うべきか、己の信念を曲げず立ち向かう様に感動を覚えてしまう。

 自らの命を顧みず特攻する様を、誰かの犠牲となって死にゆく者を。

 東院一はそれらの勇敢なる姿が大好きだった。


 八峡義弥は弱者としての意地はある。

 当初はその意地すらないただのクズではあったが。

 年月と共に培った経験と努力、其処から生まれた信念を、東院一は買っていたのだ。

 それは決して口に出す事は無いが、態度にも出す事は無いが。

 それでも、確かに東院一は八峡義弥を認めていた。


「脈が弱いな」

「放置すれば死に至るか」

「あの程度の厭穢」

「無傷で冠せよ」

「まあ」

「貴様に言っても」

「無理な事か」


 東院一は八峡義弥の体を持ち上げる。

 全身に展開された洞孔に神胤を流せば、肉体は強化される。

 故に、東院一は現状、女性の様な柔らかな体でも、その身体能力は男の八峡以上にあるのだった。


「手間取らせる」

「だが許そう」

「貴様は妾を魅了させる」

「それが分かっただけでも僥倖よな」

「次回の諍い」

「妾は期待するとしよう」

「弱者の意地を」

「妾に見せよ」

「なあ、八峡?」


 そうして八峡義弥は運び出されて。

 この世界で初めての討伐戦が終了する。

 八峡義弥は結界師が運転する車に押し込まれると。

 学園の息が掛かった病院を経由して、学園の医療施設へと移動するのだった。



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