メイドと従者と説教

「………」


辰喰家は壮大だった。

その敷地は一つの村だった。

厳重な柵の奥は、少なくともそう見えた。


「蔵人様」


声を掛ける警備員。

同時に八峡義弥を睨み付けて構え出す。


「んだよ」

「お宅のお嬢さんを」

「運んで来ただけだっての」


と、八峡義弥は苛立ちながら言った。

人助け、友の為にした事ではある。

助けた人間が助けなど不要と言うのならば其処まで苛立ちはしない。

救った事も無く救おうともしない部外者が口を出す事に苛立ちを覚えていたのだ。


八峡義弥の行動を咎めて挙句の果てには敵と認識している。

これ以上ない屈辱であり、八峡義弥は友の家系に属する者であろうとも容赦はしない。

が、八峡義弥は懐に突っ込んだ所で思い出す。


(あ)

(士柄武物)

(置いてきたんだっけか)

(……)

(やっべ)

(逃げるか?)


先程までの威勢は消えていた。

八峡義弥は祓ヰ師と言えどもその実力は下の下。

如何に辰喰家の従者であろうとも。

その実力は八峡義弥よりも遥かに上だ。

士柄武物があれば、取り敢えずは相手の攻撃を躱す事が出来たが。

それが出来ない以上、八峡義弥に勝ち目はなかった。


取り敢えず愛想良くしてみようか。

八峡義弥は顔を歪めようとした時。

八峡義弥を杖として支えていた辰喰蔵人が八峡義弥から離れる。

そして従者に向けて叱咤した。


「馬鹿者らめが」

「あの男が害が無いくらい」

「見れば分かるだろうが」

「貴様らの目は節穴か」


「ぐッ」

「申し訳ありません」


と、従者は辰喰蔵人に頭を下げる。


(ナチュラルに)

(俺が弱いって言ってんじゃねぇよ)

(流石の八峡さんでも傷つくぞ)


と、八峡義弥は彼女の言葉を曲解していた。

八峡義弥にとってその言葉は。

その存在が外敵に値しない程の雑魚、と。

そう受け取ったのだが。


辰喰蔵人にとっては違った。

彼女が発した言葉はつまり。

八峡義弥は敵ではない。

と、そう言う意味であった。

言葉足らずが生んだ溝であった。


「……」


八峡義弥は辰喰蔵人と従者を見る。

一応は辰喰蔵人が地位の高い存在であるのだが。

その光景はメイドに怒られる従者と言う、なんとも珍妙な光景であった。


「………」

(説教長いな……)


と八峡義弥は数分ほど辰喰蔵人と従者の会話を聞いていた。

しかしその会話が一向に終わる様子はない。

それは辰喰蔵人がガミガミとネチネチと姑の如く説教していた為だ。


既に八峡義弥に対する説教は終わって、日頃の行いに関しての説教に変わっている。

終わりそうにないと思ったので、八峡義弥は辰喰蔵人に向けて叫んだ。


「悪い」

「俺ァ帰るぞ」


と、そう言うと辰喰蔵人が声を荒げた。


「待て」

「………その」

「お茶でも、呑んで行かないか?」


「……は!?」

「お前マジかッ!?」


と、八峡義弥は仰天した。

あの辰喰蔵人が他人に歩み寄ったのだ。

これ以上ない驚愕した出来事であった。

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