第二十六話 間接
まず最初は贄波璃々の買い物だった。
街にあるファッションセンターへと足を踏み入れて、贄波璃々はサイズに合う代物を無造作に注文し続けた。
そして良ければと葦北や思川にもブランド品を購入して、カードで支払いを済ませる。
そして、その荷物は全て八峡義弥に押し付けられるのだった。
その後は近くのデパートへと向かう。葦北静月が其処で服を買いたいと言った為だった。
「つか」
「あっつ」
「夏にこの量は」
「たまんねぇって」
汗を流しながら八峡義弥はブランド品を運ぶ。
贄波璃々はぐったりとしながら歩く八峡義弥に向けて言った。
「これくらい」
「頑張りなさいな」
「何の為に」
「雇ったと思ってるの?」
「流石に」
「この量は」
「買い過ぎだっての」
「奴隷か、俺はッ」
八峡義弥の気分は、日差しが焼き付く地でピラミッドの石を運ぶ奴隷に近かった。
「頑張って下さい」
「八峡さま」
と、そう応援する界守綴には何も持っていない。
「なんでなんも」
「持ってないんすか」
「俺よりも量は少ないけど」
「荷物」
「あったでしょ」
八峡義弥は汗だくになりながら言う。
界守綴は握り締めた手を八峡義弥に向けて開いた。
「この通り」
「私は」
「術式で」
「物を〈小〉さく出来ますから」
術式の乱用であった。
それが許される事なのだろうか。
「えぇ、ずりぃ」
「それがありなら」
「俺だって使いますよっ!」
そう言って八峡義弥はブランド品の袋を服の中に入れようとした。
八峡義弥は禪域である〈暗器〉が扱える。服の中に収容しても、その重量は変わらないが少なくとも嵩張る事は無い。
「ちょっと」
「汗が付くからやめて頂戴」
贄波璃々はそう言った。
「もうすぐデパートだから」
「気張りなさい」
「その為に雇ったんだから」
と、贄波璃々は言うが。
八峡義弥はふと考える。
(術式使うんなら)
(俺必要なくね?)
界守綴の形象術式によって小さく出来るのなら。
荷物持ちは一人で事足りるだろう、しかし、それを口に出す事は無かった。
面倒な事を考えても面倒な事しか思いつかない。
なるべく考えずに動いた方が楽だった。
デパートに入ると極楽だった。
暑い日差しが降り注ぐ外よりも、涼しい風が充満した室内の方が心地良い。
そのままレディースファッションコーナーへと向かう一同。
葦北静月が色々な服を見ていく。
「どうかな、これ?」
葦北静月がハンガーに掛けられた服を重ねてそう言った。
両手に握られている服を見せてきて、思川百合千代は笑みを浮かべて言う。
「うん」
「どちらも可愛いと思うよ」
「そうかな?」
その様な会話が聞こえる最中。
八峡義弥はぐったりとレディースファッションコーナーのエリア外にあるベンチに座っている。
ベンチの横には、先程贄波璃々が選んだブランド品が積み重なっていた。
「お疲れ様です」
「八峡さま」
そう言って、銀色の髪を靡かせて、コスプレの様なエロメイド服を着込んだ界守綴がペットボトルのお茶を持ってくる。
「あー」
「すんませんね」
八峡義弥はそれを受け取って蓋を開けた。パキリ、と未開封を開ける感覚が無かった。
「今日は助かりました」
「八峡さまのお陰で」
「私も」
「多少なりの負担を軽減する事が出来ましたから」
「ありがとうございます」
「いや」
「あのそれはまあ」
「俺バイトみたいなもんだから」
「さっきも前金で」
「お嬢から五万程貰ったし」
「別に良いんだけどさ」
「そのまえに言いたい事があるんだけどよ」
「……?」
「はあ。なにか?」
界守綴は惚けるふりをした。
八峡義弥は開けたペットボトルの縁を見せる。
其処には、薄い桜色の紅が付着していた。
八峡義弥は界守綴を見る。
界守綴の唇は瑞々しく、桜色の口紅が付着していた。
「え?飲んだんすか?」
八峡義弥はそう言った。
「?」
「ふふ」
「御冗談を」
確実な証拠があるのにしらばっくれる。
「……まあ」
「俺は別に良いんすけどね」
八峡義弥は突っ込もうかと思ったがやめた。
そしてそのままお茶を飲む為に唇を付けた。
「ああ」
「間接キスですね」
くすくすと笑う界守綴。
八峡義弥は焦る事無くペットボトルの中身を飲むと。
「……ふぅ」
「あー、そっすね」
「間接キス」
と、冷静に言うので界守綴はつまらなさそうな表情を浮かべた。
「揶揄い甲斐がありませんね」
「それとも、もしかして」
「間接キスじゃ」
「興奮はしませんか?」
界守綴が人差し指を唇に差してゆっくりと近づく。
頬元に掠れる程、唇が近づくと。
「あ」
「愁じゃないすか」
「おーい」
その言葉を聞いて界守綴は八峡義弥から離れる。
そして周囲を見渡して誰かを探したが、何処にも居ない。
「……八峡さま?」
「あー」
「すんません」
「見間違いっしたわ」
「けど」
「そう何度も揶揄うってのなら」
「今度は間違い電話をしそうっすね」
そう言って八峡義弥はアドレスを見せた。
其処に書かれてある名前は〈界守愁〉。
それは、界守綴の弟だった。
「……」
「流石、と言っておきましょう」
「しかし」
「電話一本で」
「私を止められるなど……」
「じゃあ電話しますね」
通話ボタンを押そうとした最中。
「やめてください」
その手を止めて懇願する界守綴。
どうやら、その弟に、自分の現状を知られたくはないらしい。
「愁に怒られてしまいます」
「是非、辞めてください」
「何でもしますから」
「ま」
「別に何かして欲しいワケじゃないすけど」
「取り敢えず誘惑とか」
「悩殺とかしてくんの」
「止めてくださいよ」
「今日の俺は」
「クリーンな八峡さんなんで」
薬の影響で八峡義弥は性格に異常が出ていたが、その意志は本物であるらしい。
「ねえ八峡」
ファッションコーナーから、葦北静月の声が上がった。
八峡義弥は気怠そうに立ち上がると、その声に近づく。
「お茶」
「ありがとうございます」
「まだ残ってますんで」
「あげますよ」
そう言って八峡義弥は界守綴にペットボトルのお茶を渡して葦北の方へと向かった。
「………間接キス」
「………ふふ」
静かに笑うと共に、界守綴はそのお茶に口を付けた。
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