え5う7

丁度その時。

ガラガラと扉を開く音が聞こえた。

誰かが休憩室に入って来たのだ。


(たすかッ!?)


助かった、と思ったのも束の間。

休憩室に訪れたのは、稲築津貴子だった。

稲穂畑を連想させる長髪。

清潔感が漂う黒のセーラー服に赤色のセーター。

そして十二単を連想させる長スカート。

極めつけには、彼女の勤勉さを象徴とさせる眼鏡。

八峡義弥にとって彼女のイメージは厳格な委員長。

そしてそのイメージは見事に合致している。


「何をしているんですか」


冷酷に稲築津貴子が言った。

現状、八峡義弥は辺留馨に押し倒されている。

状況的に見れば、辺留が八峡を襲おうとしている風に見えるが。


(どっちだ)

(これどっちだッ!?)


八峡義弥は考える。

稲築津貴子の言葉は誰に対して向けられているのか。

その言葉は辺留馨に向けられたのならば、説教の対象は辺留馨になる。

しかしその言葉が八峡に向けられたものならば、説教の対象は八峡義弥になるのだ。

基本的に男性が嫌いだと言う稲築津貴子。

贔屓目に見れば辺留馨の方に味方をする確率が高い。


「………もう一度言います」

「何をしているんですか?」

「馨」


どうやら、稲築津貴子の言葉は、辺留馨に向けたものらしい。


「何って……」

「見れば……分かるでしょう?」

「愛し合うの……今から、二人で」


「つ、津貴子さーんッ!!」


そう八峡義弥の顔を見詰める辺留馨。

八峡義弥は稲築津貴子に助けを求める。


「稲築と呼んで下さい」


冷めた口調で言う稲築。

辺留馨と敵対はするが、別に八峡義弥の味方をしたつもりじゃないらしい。


「馨」

「貴方の失恋に」

「八峡さんを巻き込むのは」

「止めて下さい」

「異常ですよ?」


友人である辺留馨にきっぱりと言う稲築。

辺留馨は頷き、少し荒い吐息を吐きながら稲築を見た。


「ふふ……そうね」

「異常なのは……分かってる」

「けど……止められないの」

「自分が……傷つく様は」

「とっても……興奮しちゃう」


はぁはぁ、と息を荒くする辺留馨。

どうやら、友人の稲築に責められて興奮している様子だった。

最早見境ないと言った所だ。


(つか)

(やべぇ)

(胸が当たってる)


八峡義弥を下敷きに、辺留馨が四つん這いになっている。

その為に、彼女の豊満な胸が八峡義弥の前にぶら下がっているのだ。

人知れず、辺留馨の体に興奮してしまう八峡義弥。


(クソッ)

(疲労が無くて)

(仕事が無けりゃ……)


そう八峡義弥は残念がる。

そうこうしている内に、稲築津貴子が片手の指で狐を作る。


「これ以上」

「言っても」

「無駄な様ですね」


そして、辺留馨もまた立ち上がり、スカートを捲る。

そして太腿に巻いたベルトから、大型の鋏を取り出した。


「そうね……相容れない」

「相容れないのなら……」


それは士柄武物だった。

八峡義弥は背筋に悪寒が奔る。


こん

こん

こん

「こん」

「コンッ」


声に合わせて狐を動かす。

すると彼女の肉体に棲む宿業が蠢く。

宿業は彼女の肉体に力を与える。

稲穂畑の様な長髪が金色に変わる。

長スカートが捲れて、臀部の付け根から十一の尾が溢れ出る。


稲築津貴子の宿業による狐憑術式。

曰く、彼女は尻尾の数程に術式を持つらしい。


「力づくで」

「分からせてあげます」

「貴方は間違っている」

「私は正しい、と」


「え……」

「ウッソだろ?」

(本気じゃないよな?)


稲築津貴子が術式を発動した時点で。

彼女が如何に本気である事が理解出来る。


「そう……ね」

「仕方が無い……だから」


辺留馨も士柄武物を構えた。

彼女の目は本気で、鬼気迫るものがある。


無天むてんりゅう干渉術式かんしょうじゅつしき霄墜しょうつい〉」


干渉術式。それは既に存在する法則に神胤を流し支配権を得る術式であった。

そして無天流は重力に干渉し自在に操る事が出来る術式だ。


さけべ―――金切雀かなきりすずめ


彼女も自らの士柄武物の銘を口遊む。

両者互いに、戦闘準備を終えている。

その中心に、八峡義弥は脂汗を滲ませながら危機を感じている。


(やべぇ!)

(二人とも本気だッ)


八峡義弥は慌てる。

このままでは自分も戦いに巻き込まれてしまう。

彼女たちの戦いが勃発してしまえば、まず大事では済まない事だけは理解出来た。


「ちょちょ」

「ちょっと待ってくださいよ!!」

「二人ともッ」

「落ち着いて下さいッ!」


八峡義弥は二人の間に入って両手を広げて静止させる。


「退いて下さい」

「彼女の悪癖には」

「もうウンザリなんです」


心底ウンザリとした様子だった。

その様子だと、四六時中愚痴や失恋話を聞いていたのだろう。


「一度無理やりにでも」

「分からせなければなりません」


あくまでも、辺留馨の被虐体質を治す為だと言った。

しかしそれは明らかに荒療治だった。


「彼女もまた……私を」

傷つけ愛し……てくれる」

「だから……少し」

「嬉しく……思うわ」

「さぁ…津貴子」

「……友愛を刻みましょう」


嬉しそうに辺留馨が笑う。

二人が本気でやれば巻き添えを喰らう。

それだけはゴメンだった。


「津貴子さんッ!」


八峡義弥は声を荒げたて稲築の名前を口にする。


「なんですか」

「あと」

「稲築です」


八峡義弥は正直に言う。


「俺」

「関係無いんでッ!」

「帰って良いっすか!!」


後は稲築津貴子がなんとかしてくれる。

だから巻き添えを喰らう前にその場から離れたかった。


(だって)

(もうどうしようもねぇだろ!!)


しかし。


「ダメよ……義弥」

「貴方は……私をぶってくれるのでしょう?」


辺留馨が八峡義弥に近づく。


「そんな約束」

「してないんですけどッ」


「は?」

「八峡さん」

「そんな低俗な事をするんですか?」


「しないんですけどッ!?」







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