第十話 相棒

「あー」

「快適快適」


 八峡義弥は猿鳴形におんぶをしてもらっていた。

 身長から言えば猿鳴形よりも八峡義弥の方が二十センチも高いが。

 体重にして言えば猿鳴形の方が重量感があった。


 これは猿鳴形の肉体が絡繰で出来ている為であった。

 鋼の肉体は筋肉よりも重く、しかしそれでいて脂肪よりも柔らかい。

 一見にしてみれば、猿鳴形は普通の人間として見えるのだ。


 しかし、皮膚が柔らかくても、表情が柔らかくなるとは限らない。

 人間の基本的な活動は、機械で代用する事は出来ないからだ。

 強力な破壊力や速度、耐久性に精密性。

 それらが人間以上にも人間以下になろうとも、人間と同等になる事は無い。

 機械では、人間になり変わる事は出来ない。


 それは誰かが言った言葉だった。

 だがそれでも、猿鳴形は八峡義弥の友人であり、弟の様な存在だ。

 同じ様に、絡繰機巧の人型を人として接し、絡繰機巧も人間の様に振る舞う事もある。

 一概に、機械が人間に成り変わらないとは言えない。


「やかい」

「このまま」

「こうしゃにいけばいいのか?」


 猿鳴形は幼い口調でそう言った。

 八峡義弥は猿鳴形の頭に手を乗せて項垂れる。


「そうだな」

「イヌ丸が」

「待ってるしな」

「校舎に進んでくれや」


 猿鳴形はそのまま校舎へと向かい出す。

 八峡義弥は多少の疲れからか、猿鳴形の頭に頬を乗せて目を瞑った。

 贄波阿羅との訓練は激しく、疲弊し易い。


 このまま眠りに落ちそうだが、猿鳴形が歩く度に振動が伝わってくる。

 それが眠りの妨げとなり、結果的に八峡義弥は意識を保ったままだった。


 教室へと向かうと、永犬丸統志郎の他に、もう一人男の姿があった。

 真っ白な髪に堅強な肉体を持つ男だ。

 左目には包帯による眼帯が巻かれており、背中には一振りの刀を抱ている。


「……」


「………」


「フッ」


「ふふ」


(会話が無ェ)


 八峡義弥と猿鳴形は教室の扉の隙間から二人の光景を見ていた。

 二人は机を囲んでトランプタワーを作っている。

 しかし無言だった。無言でトランプタワーを作っている。


「……すんすん」

「我が友?」


 永犬丸統志郎は鼻を鳴らして教室の扉を向いた。

 永犬丸統志郎は狼に似た存在で、嗅覚のイヌ科並みだった。

 八峡義弥の匂いを嗅ぎ分けて教室の先を見る。


「やあ」

「我が友」


 永犬丸統志郎は教室から覗く八峡義弥と目があってにっこりと笑う。

 随分と爽やかな笑顔だ。まるで恋人と出会った様な喜々とした笑みである。


「アミーゴ?」


 八峡義弥と言う単語を聞いて、男はそう言った。

 教室の扉を開く八峡、永犬丸統志郎よりも男に向けて。


「誰が相棒だ」

「遠賀ァ」


 と、八峡義弥は遠賀秀翼にそう言うのだった。

 遠賀秀翼はフッ、と笑みを浮かべて。


「随分な言い草だな」

「お前から借りたフェイバリット」

「返しに来たぜ」


 そう言って遠賀秀翼は八峡義弥に茶封筒に入った本を渡す。


「中々のモノだった」

「久々にハッスルしたぜ」


 八峡義弥は茶封筒の中身を確認する。

 それはエロ本だった。八峡義弥と遠賀秀翼はエロ本を貸し借りする仲だった。


「エロかったろ?」


「あぁ」

「中々のパツキン姉ちゃんだ」

「素晴らしくエキサイティング」

「俺のマイフェイバリットが疼いたぜ」


 エロ本の内容は海外美女水着特集。

 遠賀秀翼の趣向は外国人であるらしい。


「やかい」

「なんだそれ?」


 猿鳴形がそれを確認しようとするが。


「サルちゃんにゃ」

「まだ早い」


 そう言って猿鳴形に見られる前に仕舞う。


「我が友」

「この後はどうしようか?」


「そうだな」


 永犬丸統志郎に言われてどうするか考える。

 と言っても現在時刻は十二時頃。

 とすればやる事は決まっていた。


「飯でも食いに行くか」


 八峡義弥はそう言った。


「お前らも来るだろ?」


 八峡は猿鳴と遠賀に向けて言う。

 猿鳴形は頷き、遠賀秀翼も「OK」と親指を立てた。


「久々だね」

「四人揃うのは」


 基本的に任務によって席を外すものが多く、こうして集まるのは一週間ぶりだった。


「そうだな」

「何喰いに行くか?」


 八峡義弥はそう言って茶封筒を持ちながら廊下を出る。

 それに合わせる様に、永犬丸たちも廊下に出て行った。


「あぁ」

「そういえば八峡」


 遠賀秀翼が八峡義弥に問う。


「今夜」

「仕事がある」

「来るか?」


 と、仕事の誘いだった。

 仕事とは、祓ヰ師としての戦闘。

 禁忌条約から違反し、咒界から離反した外化師の討伐。

 建物や人間に取り憑いた怨霊の討伐。

 世界が作り上げた対人類の殺戮者である厭穢の討伐。


 等があげられる。

 それらの仕事は常に危険と隣り合わせだ。


「いいね」

「この間」

「新しい士柄武物」

「新調したからよ」


 八峡義弥は肯定的な答えを出した。


「それなら」

「ボクも行こうか」


 永犬丸統志郎は八峡義弥を一人にさせまいと。

 一緒についていくと言った。


「フッ」

「おいフェンリル」

「それじゃあ」

「アミーゴの成長には」

「繋がらないぜ?」


 そうだろうな、と八峡義弥は思った。

 永犬丸と八峡が一緒の任務に就けば。

 基本的に永犬丸は八峡を守る様な行動をする。

 大切な友を守る為に、我が身を犠牲にするのだ。


「別に」

「我が友を」

「信用していないワケじゃない」

「我が友はきちんと強い」

「けれど」

「万が一があるからね」


 大した忠犬ぶりだった。

 嬉しくないワケがないが。

 それでも八峡義弥は。


「イヌ丸」

「今日は諦めろ」

「俺ァ」

「自分の実力を」

「試したいんだよ」


 握り拳を自らの手に撃ち、気合十分である事を示す。


「どんな事があっても」

「俺はお前の前に帰るからよ」

「お前は」

「俺の帰りを待っててくれや」


 永犬丸統志郎にそう言う八峡義弥。

 少し寂しそうな表情をする永犬丸統志郎は。


「ずるいね」

「そんな言い方は」

「これじゃ」

「待つしかないじゃないか」

「我が友」

「気を付けてくれ給えよ」


 永犬丸統志郎は納得して。

 今夜だけは八峡義弥を遠賀秀翼に任せる事にしたのだった。


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