第4話

 コーヒーが尽きた。

 スマートフォンの時計を見ると、時刻は午前1時になろうとしている。

 美冬は、型に流したばかりのレジンをじっと見つめ、首を傾げる。

 ブラックのレジン液の上からラメとパールをあしらい、透明なレジン液でコーティングした。イメージは静かに降る雪だが、ちょっと違う。ピアスのパーツにしようと思っていたのだが、ピアスよりもチャームの方が合いそうだ。

 型とレジン液の色を変え、納得のゆくピアスパーツができると、美冬は就寝することにした。

 進捗状況を友人にメールし、部屋の照明を消す。ベッドに横になると、世界がしんと静まり返った気がした。ステップを踏む音も聞こえてこない。秋人の行動は一見お馬鹿みたいだが、あれでも真面目なのだ。そういえば、あのときもそうだった。



 ――美冬、頼む!



 あのときの秋人は、ひょろっと細かった。もやしのように細い体で、頼りなく土下座した。

 説得力のない言葉と共に。



 ――裸エプロンをやってくれ!



 美冬と秋人は、小中学校は同じだが、高校からは別々だった。

 共通の友人から後で聞いた話だが、秋人と親しい男子の間で、つき合っている女子に裸エプロンをやってもらいツーショットを撮る、という行為が流行っていたらしい。

 秋人は、彼女がいないことを理由に断ったが、照れ隠しだと誤解されて断り切れなかった。そこから推測するに、秋人はやむを得ず美冬に協力を依頼したのだろう。

 それと同じタイミングで、他の女子生徒から苦情が出たことで学校側が調査に乗り出し、関わった生徒は厳重注意を受けた。秋人は実行に移さなかったお蔭か、注意の対象にならなかったそうだ。

 美冬も、頭では理解した。秋人が切羽詰まっていたことにも気づいていた。しかし、性的な対象に見られた気がして、無意識的に秋人を避けるようになってしまった。その気が(多分)ないことも、わかっているのに。



 なかなか眠れず、スマートフォンでSNSのタイムラインを眺める。

 友人が「いいね」をつけた投稿中に、秋人のアカウントがあった。



『ハードヨガ終了。俺の中の金閣寺に火がつきそうだ。いけない、いけない』



 意味わからん。

 美冬は、過去の投稿も見てみた。



 秋人は大学生になってから、授業の課題を通じて三島由紀夫のファンになったらしい。夏休みに山梨県の三島由紀夫文学館に足を運ぶほどの熱中ぶりで、三島由紀夫の生い立ちにも深く関心を寄せた。

 特に秋人が惹かれたのは、ボディビルに目覚めるというエピソードだ。

 影響を受けた秋人は、自身も大学とアルバイトの傍らフィットネスクラブに通い始め、経口補水液や栄養剤にも興味を持った。その興味は、就職活動の際の企業研究にまで発展した。今めでたく、大手飲料メーカーに入社を控えている。



 美冬の知らないところで、秋人は変わろうとしていた。行動はお馬鹿だけど、本人なりに真面目に。

 一方の美冬は、何も変わっていない。4月からもこのシェアハウスに住み、輸入雑貨を扱う中小企業に勤める。

 秋人とは、きっともう会えない。距離的なものもあるが、精神的にも、対面して話せる気がしない。

 数年間のわだかまりは、雪のように静かに積もっている。



 秋人が新しい投稿をした。



『毛布がないと寒い』



 毛布がなければ、服を着ればいいのに。

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