第15話君には敵わない。

「そうね。まず、何の話をする?」

「まずは…この間はごめん。『恋人ごっこ』なんて言って。思った事ないんだそんな事。」

「分かってる。私こそ、あんなこと言わせてごめんなさい。」

「謝らないでほしい。柚は悪くない。僕が自分の事しか見えてないかったんだ。まだ、あいつの、裕のいない世界に馴染めてないのは自分だけだって思ってた。君はちゃんと前を向いて、この世界に馴染んでいるように見えたから。そんな柚が、憎らしくて、少し…羨ましかったんだ…。」

「羨ましい?」

「うん。」

「どうして?」

「なんだろう。うまく言えないんだけど…置いてきぼりにされたような気持になったんだ。」

「何それ。」

空調の温度が少し下がった。気がした…。

「置いてきぼりにされたのはあたしの方よ!何それ。大学卒業して直ぐ、あなたは東京に行っちゃって、連絡も取れなくなって。」

僕は、早く忘れてしまいたかった。裕の事も、君の事も。

「うん。ごめん。弱くて、ごめん。」

逃げてばっかりでごめん。

「何度も進まなきゃって思った。」

「うん。」

本当は君だって弱いのに。辛くなればなるほど泣けなくなってしまう程弱いのに。

「僕らは七年前のまま動けないんだね。」

「腹が立つ。」

「え?」

「あなたにも、裕にも、本当に腹が立つの。」

「……。」

「二人は、初めて私に強くないと言ってくれた。それが凄くうれしくて、私、年上なのに甘えてばっかりだった。」

「そんなことないよ…。」

「聞いて。」

「はい。」

今、僕が何を言おうと下手な慰めにしか聞こえない。そうとは分かっていても、何か言いたくなる。

「甘えてばかりだったの。分かる?」

「……うん。」

僕は頷く事しかできなかった。

「だから私は、とっくに一人で立ってなんていられないの。ずっと一人で立ってたのに、あなたと裕に甘やかされて、人に頼る事を知っちゃって、その安心を知っちゃって…。」

「……。」

「でも、二人ともいなくなった。」

強いのは言葉だけだった。今、僕らに腹が立っていると言う君の瞳は、ちっとも怒ってなんかいない。それが僕にはどうしても理解できなかった。

「なんで、怒らないの。」

「怒ってるけど?」

「嘘だよ。君は怒ってない。」

「本当よ。怒ってる。でも、ほんの少しだけ。」

「なんで。」

「過去を変えたくないから。」

「変えたくない?」

「そう、裕と出会って、あなたと出会って、沢山の思い出ができた。でも裕が死んじゃって、あなたもいなくなって、急に一人になった。寂しかったし、苦しいと思った日もあったよ。正直、何度か呪いかけたし。でも、今こうして話せていることに意味があるのよ。あなたが今、私と向き合ってくれているこの『今』は、どの過去が欠けてもダメだから。」

「そう…か…。」

彼女はどうしてこんなに大人なんだろう。そして、僕はなんでこんなに子供なんだろう。過去に囚われているのでも、乗り越えて先に進んでいるわけでもない。楽しかった過去も辛い過去も、どれか一つ欠けてもダメだったんだと彼女は言う。そのすべてが今になっているんだと言う。分かっていても、本当に思える人を僕は彼女の他に知らない。


「本当に呪われなくてよかったよ…。」

「あと何日か来るのが遅かったら本当に呪ってたわ。」

言葉とは裏腹に、彼女の瞳は暖かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る