昔々のつい最近、明日は朝から夜だった
ササガミ
青の世界
第1話 見知らぬ世界
さて、どうしたものだろう。
目の前に広がるのは『まるで昔のヨーロッパのような』世界だ。ヨーロッパ、行ったことないからよくわからないけど。
ううん、ヨーロッパとも違う気がする。どちらかといえば『まるで絵本の中のような』もしくは『ゲームかアニメ作品のような』風景だ。
足元は石畳。少し青みがかった、濃い灰色の石が敷き詰められている。タイル模様だとは思えないけれど、時々色の違う石がある。石畳にありがちなでこぼこは少なく、歩きやすいようすはむしろ、わたしには異様に感じられた。
中世やら近世ヨーロッパじゃ、石畳は少なかったから雨の日はぬかるんで馬車は大変だったんだとか、いやいやローマはきれいな石畳だったんだぞとか、おいおい古代をなめるなよ、古代にだってアスファルトによる舗装道があったんだとか、何を言ってるんだ、市内の流通を不便にしておかないと反乱や戦争で攻め込まれたときに支配層が困るだろう、封建制度において市民層は市内へ馬での乗り入れは厳禁だったはずだとか、それこそ何を言ってるんだ、そんな不便極まりない制度があるわけないだろうとか、まぁ、とにかく、いろいろな話を聞いたことがあるけれど、どれが正解で、どれが不正解なのか、本当のことをわたしは全く知らない。
けれど、今、ここから見えている景色の範囲では、石畳の地面で、車道と歩道が整備されており、市内を馬車が走るのが普通なのだろう。馬だけでなく、牛に、ロバの姿もある。埃っぽさはあまり感じられないし、悪臭の類いは感じられなかった。動物がこんなに溢れているのに、フンのひとつもないとはどういうことだろう。側溝に落とすとか、清掃人が歩き回っているだとか、何か仕組みがあるのだろうか。
道を歩くのはずいぶんと地味な色合いの服を着た人々。茶色とか、生成りとか、そんなのばっかりだ。カラフルな発色の服を着ている人間はちらほらいるものの、かなり少ない。
アースカラーが今年の街の流行!とでも言っておけばいいのだろうか。アースカラー、うん、お洒落っぽくなった。
服の形のほうは女性も男性も、Tシャツにズボンが一般的なのだろう。ズボンの形は細身のものから、幅広のものまで様々あるらしい。いや、スカートの女性もいた。当然というべきか、想像通りと言うべきか、スカートの長さは膝より下だった。足を出すのは破廉恥だという考えが主流なのでなければ、ここの風習だとかがそういうスタイルなのだろう。そんなところもどことなく、昔のヨーロッパ的なものの気配を連想させられる。というよりもやっぱり、女がズボンを穿いているっていうのからして、ゲーム的な世界らしさが色濃くなってきたような。
地面を見る限りそんな風には思えないけれど、頭上からおかしなものが降ってこないか、それだけは警戒しておきたい。
お察しの通り、わたしは今、なかなか人通りの多い道をちょっとした広場みたいな場所のすみっこ、物陰になったところから眺めている。
公園……というには狭い場所だけれど、露天のお店なんかもあるので、ちょっとした広場呼ばわりでいいと思う。
がらがらと馬車が通りすぎて行った。最低限、車輪のある世界で良かった。乗り物は動物にひかせるのが主流らしい。ガソリン車が開発されていないか、まだ珍しい社会なのだろう。………あれ? ガソリン車の前には石炭車なんてものもあったのだっけか。わたしが知らないだけで、機関車のような原理で走る自動車があってもおかしくはない。
建物はおそらく石づくり。さすがに鉄筋コンクリはないだろう。……たぶん。漆喰が塗ってあるのだろうなとわたしは判断しておく。見ただけで漆喰かコンクリートかだなんてそんなもの、わたしにわかるわけがない。この辺りに地震が少ないことを期待したい。
見上げた空は澄んで青く、電線なんてものは見当たらない。石炭を燃やすタイプの暖房器具を使う時代でも無さそうだ。埋設電線だったろうか。ああいうのが普及しているのでなければ、この世界には電気というものがないのだろう、と決めつけてみる。
ああ、あれが俗にいう『獣人』というものだろうか、それともネコミミカチューシャだろうか。獣人がいるのなら、きっとこの世界にはエルフだとか、ゴブリン? だっけ? とか、魔族だなんてものがいるのかもしれない。
前から不思議に思っていたのだけれど、人間に似た異種族間でも繁殖ってできるものなのだろうか。もし可能だったとして、ネコ獣人とウサギ獣人との掛け合わせは可能なのだろうか。生まれた子どもはどうなるのだろう。そもそもなんで、人間の形が基本みたいな扱いなのだろう。
あと『魔族』って範囲広すぎやしないだろうか。わたしが知らないだけで、本当は細分化されているのだろうか。じゃあ、魔族ではないタイプの人型種族は何て呼ばれているのだろう。『人族』?え?なんか、何かが違くない?
どこで拾ったものか、いい感じの棒を手にした少年少女がきゃいきゃいと騒ぎながら、走っていった。
どこそこの誰が何をしただとか、今日は天気がどうこうだの、どこでなにが安かっただのと流れ聞こえてくる人々の言葉は、わたしの耳には日本語として届いている。わたしのポケットには《袋》が入っていて、わたしの口のなかには《袋》から取り出した飴が入っている。約束が守られているようで安心だ。
……お助けマンとやらは、どこだろう。
約束が守られているのなら、わたしを庇護してくれる存在だってどこかにいる筈だ。まずは、お助けマンに会わないといけない。
『あいつ』とわたしとの約束を頭に、わたしは物陰から広い場所へと一歩、二歩と歩を進める。
こんな右も左もわからない世界で、何の知識も後ろだても、ましてや衣食住、資金無しに、か弱い女性が一人で生きていける訳がない。戸籍や住民登録はどうしたらいいのだろう。そもそもそういうものは整備されているのだろうか。とにかく、早急な支援をわたしは要求する。
……お助けマーンっ!
心の中で叫んでみても、誰かが来てくれる訳ではない。かといって、誰かに聞くとか、大声で呼びかけるのは恥ずかしい。絶対いやだ。そっちから来い。
治安はそこまで悪くなさそうだ。しばらく、わたしは見知らぬ風景をひとりで歩いてみることにした。
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