俺が創生神です~世界創造に失敗したので降臨して破滅を回避します~

おうさまペンギン

01 『失敗した世界』

 「うわ、また滅ぼしちゃった」


 八重樫翔太やえがししょうたは、寝起きでぼさぼさの頭を掻きながらため息をついた。

 目の前にあるモニターには、昨晩から起動させたままのゲーム画面が表示されている。

 昨日まで世界のあちこちで元気に活動していた国家は跡形もなく消えており、画面左上のステータスエリアに表示されている『世界人口』はゼロ。

 見事なまでの人類滅亡だった。


 「世界が滅んだのは一週間ぶりだな。昨日の夜までは上手く行っていたんだけどな……」


 一晩目を離した隙にこれである。

 翔太は大きくため息をついた。


 惑星創造シミュレーションゲーム『プラネッタ』。

 プレイヤーが神となり、様々なパラメーターをコントロールしながら新たな惑星を作り、文明発展を目指す本格派シミュレーションゲームだ。

 十年前に発売されたゲームだが、そのスケールの大きさと難易度の高さにより今だにコアなファンに遊び継がれている。


 「仕方ない、時間を戻すか」


 キーボードを操作し、メニュー画面から慣れ親しんだ巻き戻しオプションを選択する。


 「今回は、百年程でいいかな?」


 翔太はそう独り言ちながら、キーボードを叩いた。


 現在のゲーム内時間設定では、一日あたり一世紀の時が経過する。

 少なくとも昨日の朝にチェックした限りではなにも破滅の兆候が無かったため、そこまで戻ってやり直せばいいだろう。


 「……時間を巻き戻すのは、これで何回目かな」


 中古屋のワゴンの中から見つけて以来、翔太はかれこれ一年はこのゲームをプレイしている。


 「思えば色々あったな」

 


 パラメータ管理が複雑かつシビアなこのゲームでは、そもそも惑星を無事に作ることが難しかった。

 少しでも恒星との距離を間違えるとその重力に引き寄せられて吸い込まれるし、他の惑星との距離や大きさの比率を間違えるとお互いに衝突してしまう。

 無事に新しい惑星を完成させるまで実に三カ月かかった。


 ――実はこれ、かなりのクソゲーなんじゃないか?


 特にこの時期は、何度もそう考えてゲームを投げ出しそうになった。


 惑星の次は生命を誕生させる必要があるが、これがまた鬼畜難易度だった。

 最初の段階で惑星の作りが甘いと重力不足で大気や水が失われるし、せっかく生命が誕生しても火山活動や隕石の衝突、気候変動であっという間に滅んでしまう。

 一応プレイヤーの操作中は隕石を出したり消したり、特定地域の地形や気候を変化させることはできる。

 だが、大抵そんなことをすればどこかにひずみが生じて思いがけない原因で世界が滅ぶのだ。


 『また駄目だ! なんだこのクソゲーは!』


 朝起きて生命がいなくなった世界を見るたびに、そう叫んだものだ。


 その分、初めて多細胞生物が誕生した時は飛び上がって喜んだものだ。


 『いやっふぅうううう! 神ゲーか!』


 ここに至るまで要した時間はゲーム内時間で惑星誕生から三十億年以上、現実時間で約十カ月。

 ……冷静に考えるとクソゲーかもしれない。


 生命の進化の歯車が回り出してからは、ボーナスステージだった。

 翔太が特に干渉せずとも、無脊椎動物から脊椎動物、哺乳類へと生物は進化していった。


 そうしてつい先週、ようやく人類が誕生したのだ。


 ゲーム内時間で四十六億年、現実時間で約一年。

 長かった。いや本当に長かった。


 このゲームは一応現実と同じ文明レベル、人口に達することでクリアとなる。


 ここまで来たら後は一発でクリアしようと、人類誕生以降はこれまでにも増してゲーム世界への干渉を強めた。


 『ほーら、これが火ですよー』


 一年間かけて育てた惑星だ。

 愛着というかもはや父性本能がわいていた翔太は、森に雷を落としまくって火を発見させたり、鉄製の武器を出現させて金属を発見させたりとまさに過保護なほど手を入れた。


 『おっ! 街ができてる!』


 その甲斐もあり文明が発展し、ついに人類は有史時代に突入する。

 その後も翔太は干渉の手を緩めず、国を作りやすいように山を削って平地を出現させ、飢饉を乗り越えさせるために川の流れを変えたりした。

 まさにやりたい放題である。


 そして昨日、有史時代突入から五千年が経過した。

 すでに人類は世界中に広がり、いくつもの大きな国家が誕生していた。

 

 「うーん、特に問題は無かったと思うんだけどな……」


 この一週間に人類がたどった歴史を思い出すと、確かにここ千年ほどは科学技術の発展が停滞していた。

 だが現実世界でも中世の千年間はそんなものだったと聞くし、特に問題とは思ってなかった。

 気が付かないうちに何か破滅フラグを踏んだのかもしれない。


 「世界を滅亡する瞬間を見てなかったから原因がよくわからないな」

 

 まさかここまで来てトラップが用意されてるとは予想できなかった。

 どうやら久しぶりに、見えない破滅フラグを手探りでへし折るモードに入ったようだ。


 モニターに表示されていたローディングアイコン画面が、再び世界地図に戻った。

 

 左上の『世界人口』は三億人と少しを示しており、消えていた国家も全て復活していた。

 無事に時間を戻せたようだ。


 「うーん、今のところどこにも破滅フラグは無いな」


 世界地図をスクロールしながら、翔太は安堵のため息をついた。

 とりあえず、できる範囲で破滅を回避しよう。


 画面には、世界最大の大陸が映し出されていた。

 この大陸西部は初期から翔太が積極的に干渉していることもあり、早期に文明が発展し今のところ世界で最も科学技術発展している地域だった。


 「うーん、何か発展を刺激するようなものを出現させるかな?」


 何かが起きても、科学技術さえ発達していれば何とかなるかもしれない。

 とりあえず科学技術の発展を刺激するために、アイテムを何か投下すべきだろう。


 「とりあえず、国はここでよさそうだな」


 そう呟きながら、大陸西端にあるベルベナ王国にカーソルを合わせる。

 ここは周囲の国と比べて気候が安定しており、大陸西部では最も人口が多い。

 ポテンシャルは一番あるだろう


 「場所は、まあ首都の近くでいいか」


 地図を拡大して地形を見ると、王都ナリスのすぐ傍に平原を見つけた。

 ここならば投下したアイテムが目立つし、すぐ王都に知らせが行くだろう。


 「後は、何を送るかだけど」


 アイテム欄には、穀物の種や武器、機械など文明の発展を刺激するためのありとあらゆる道具が並んでいる。


 「スマホを送ってもフリスビーにされるのがオチだろうし、やっぱりわかりやすいのがいいかな?」


 以前石器時代にコンピュータを投下したことがあるが、まったく効果が無かった。

 時代から進みすぎている道具は発展に寄与しないのだろう。

 翔太はアイテム欄をスクロールしながら、適度に科学文明を進められそうなアイテムを探し続けていると――


 「ん? なんだこれは」


 アイテム欄一番下に、真っ白なアイコンを見つけた。

 アイテム名や説明、アイテムを示す絵が一切書かれていない。


 ――おそらく表示バグだろうな


 十年前のゲームだ。これぐらいのバグは愛嬌だろう。

 

 ほんの出来心で、翔太はそのアイテムを選択した。

 今は何も表示されていないが、何かのアイテムに対応しているはずだ。


 ――なんだか、ガチャみたいで楽しいな


 どうせ最初から上手く行くとは思っていなかったし、たまには息抜きで適当に干渉して結果を観察するのも一興だろう。

 どうせ失敗したら時間を戻せばいいのだから。


 少しの期待に、翔太の口角は自然と緩んだ。

 

 画面には、『ここにアイテムを投下しますか?』というお決まりのメッセージ。


 「『はい』っと」


 カーソルを『はい』に合わせると、翔太はクリックした。

 

 その瞬間、世界が暗転した。


***


 「ぐわはっ!」


 突然地面に投げ出された翔太は、肺から酸素が絞り出されたような声を出した。

 

 ――痛ってぇええええ! 何だ何だ何だ!?


 落下の衝撃により、全身のあちこちが軋むように痛かった。一体どれだけ勢いよく地面に倒れ伏したというのか。

 さっきまで、自分の部屋で椅子に座ってゲームをしていたはずだ。それがどうして、こんな乱暴な五体投地をすることになるのか。


 ――椅子から落ちたのか?


 いくら椅子から落ちても、こうはならないだろうと頭ではわかっている。

 それに、地面にこすりつけられた鼻孔から侵入してくるむせかえるような土と草の匂いが、今いるところが自室でないことを語っていた。


 ――どう考えても外だよな。自分の部屋の床を天然芝にした覚えなんてないし。


 そんな贅沢ができる身分ではなかったため、間違いなくここは外なのだろう。

 それならば、自分の状況を確かめる必要がある。


 翔太は、ゆっくりと体を起こした。

 目の前には、さっきまで自分が伏せていた、青々とした草むらが飛び込んできた。

 目線を上げると、草むらは遥か彼方、地平線までずうっと続いている。


 ――うん、夢だな


 今時日本のどこに行っても、こんな瑞々しく広大な草原は無いだろう。

 となれば、今自分は夢を見ているのだ。


 ――仕事とゲームのやりすぎで睡眠不足になって、きっと寝落ちしたんだな


 そうに違いない。

 今感じている痛みを考えると、椅子から滑り落ちて頭でも打ったのかもしれない。

 いずれにしろ、早く起きるに越したことはないだろう。

 社畜にとって、貴重な休日を気絶したまま過ごすのはもったいなさすぎる。


 ――よし! そうと決まればさっさと起きるぞ!


 ここが夢の中ならば、こちらで寝ればあちらで起きるののがよくあるパターンだ。

 もう一度寝れば、次は自室で目を覚ますのだろう。


 半ば確信めいたものを感じながら、翔太は再び草むらに横たわろうとして――


 「やった! やったわ!」


 ものすごい勢いで後ろから抱き着かれた。

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