31 エンディング

「すみませーん、ちょっとグラウンドをお借りしても良いですか~?」


 光が呼びかけると、


「ん?」


 野球部のグラウンドにいた野球部員はギョッと目を丸くした。


 どうやら、学祭のお客さんとキャッチボールを


「しゅ、主将! ちょっと来て下さい!」


 彼らが叫ぶと、ベンチに座って談笑していたそれらしき人が反応する。


「どした……って、何ッ!?」


 主将もまたギョッとした。


 なぜなら……


「……いや~、すみません。ちょっと大量のお客さん寄せちゃったんですけど~……大丈夫ですかね~?」


「た、たか、たか……高杉光!?」


 野球部員を始め、一般のキャッチボール客も驚愕していた。


「あっ、ま、松尾! お前、これはどういうことだ!?」


 主将は俺に目を向けて言う。


 思えば、一年生の頃、俺を野球部に勧誘したのはあの人だった。


「あ、俺と秀次は高校時代にバッテリーで甲子園に行ったんで」


 光が言うと、もうみんな開いた口が塞がらない状態だった。


「ていうか、野球部の皆さんは知らなかったんですか、秀次の経歴のこと」


「まあ、お前がスター過ぎたおかげで、俺は目立たずに済んだ訳よ。キャッチャーだし」


「でも、プロのスカウトが来たじゃん、秀次だって。それなのに、断っちゃうしさ~。プロでも一緒にやりたかったのに」


「まあまあ」


 何気ない会話をする俺と光を見て、みんな口をパクパクとさせている。


「……っと、いけない。すみませ~ん、ちょっとピッチングしたいんで、グラウンド貸してもらっても良いですか?」


 光が笑顔で言うと、


「ど、どうぞ、どうぞ!」


 主将を始め、野球部員たちがかしこまった。


「あはは、ありがとうございま~す」


 光はヘラっと笑いながら、グラウンドには入って行く。


 俺たちもその後を付いて行く。


 そして――それまでがらんどうに近かったグラウンドが、一気に超満員となった。


「あ、主将さん。諸々、お借りしても良いですか?」


 俺が言うと、


「お、おう。好きに使え」


「ありがとうございます」


 俺はグローブを掴むと、光に渡す。


「まずは、キャッチボールからするか?」


 けど、


「いや、すぐ投げるよ、本気で」


「は? お前、肩壊すぞ?」


「大丈夫だよ」


 光はニッと笑う。


「もう、十分にあったまっているからさ」


「……さすが、スターだな」


 俺がボールを投げて渡すと、光は受け取り、右の指先でクルクルと回す。


「「「きゃああああああああぁ! 光くん、カッコイイイイイイイイィ!」」」


 女子たちの黄色い声援が飛び交う。


「ありがと~」


 光は笑顔で手を振っている。


 その間に、俺はキャッチャーミットとマスクを装着した。


「光、本当に良いのか? 肩慣らしもしないで」


「うん。だって、その方がさ……」


 マウンドに立った奴は、ニヤリと笑う。


「痺れるっしょ?」


 直後、


「「「きゃあああああああああああああああああぁ!」」」


 女子たちが割れんばかりの歓声を上げる。


「てなわけで、お客さんもお待ちかねだから……行くぜ」


 光は不敵に微笑みつつも、雰囲気が変わった。


「おう」


 俺は膝を折り曲げ、奴の球を受ける構えを取った。


 そこから、それまで饒舌だった光は言葉を伏せた。


 けど、その笑みは絶やさない。


 口元が、ずっと楽しそうに笑っている。


 俺はバシ!と拳でミットを鳴らした。


 訪れる静寂。


 周りの観客も光が放つオーラを感じ取って、大人しくなっていた。


 振りかぶる。


 最強のエースだった高校時代と変わらない。


 いや、あの頃よりもずっと洗練されたフォームから右腕がしなり――放たれる。


 一瞬のこと。


 バシイイイィン!


 響く音は鋭く短く。


 しかし、確かな存在感を轟かせた。


「「「――ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!!」」」


 どよめきがグラウンドを包み込む。


 たった一球で、観客を沸かせるなんて……


「やっぱり、スターだな」


 俺はマスクを取って立ち上がり、マウンドへと向かう。


 光もまた、こちらに歩み寄って来た。


「秀次こそ、やっぱり最高だぜ」


「バカ言えよ」


 俺と光は対面すると、ハイタッチを交わした。


 グラウンドがさらに沸き立つ。


「あっ、ていうかさ、さっきステージで何の話をしていたんだっけ?」


 光はそう言って、辺りに視線を巡らせる。


 そして、その視線が捉えたのは、


「おっ、君だよ、君」


「わ、私……ですか?」


 安藤マリナはうろたえていた。


「俺にはさっき、君がステージ上で秀次とその彼女……いや、お嫁ちゃんをいじめているように見えたんだけど……気のせいかな?」


「ぐっ……」


「言っておくけど、秀次は二股とか絶対にしないから」


 光はふっと笑って言った。


 安藤マリナはぷるぷると震える。


「な、何で……こうなるのよおおおおおおおおおおおおおぉ!」


 叫んだ奴は、一目散にグラウンドから走り去って行った。


「……さてと、秀次。証明の時間だ」


「えっ?」


「どうぞ、マウンドへ。お嫁ちゃんと一緒に」


 光が笑いながら言う。


 俺は戸惑うけど、いつの間にか、ひよりがそばに立っていた。


 だから、彼女の手を引いて、マウンドに立つ。


「俺、キャッチャーなんだけど」


「良いだろ、たまには」


 光はニッと笑って、そこから一歩退く。


 そして、俺とひよりはマウンドの上で見つめ合う。


「ひより……ごめんな、こんな風に騒ぎになっちゃって」


「いえ、そんな……秀次さん、かっこ良かったです」


「いや、そんな……ひよりこそ、可愛いよ」


「はうううぅ~……」


 ひよりは顔を赤く染める。


 俺は意を決して、彼女の顎を優しく掴んで、こちらを向かせる。


 そして、キスをした。


 周りから「キャー!」と声が響くけど、気にしない。


 俺とひよりはお互いの愛を確かめる様に、唇を重ねる。


 やがて、そっと離れた。


 そして、二人で手をつなぐと、観客たちに振り向く。


「……あっ」


 ふいに、蛯名が声を出す。


「これにて、エンディングです!」


 最初、みんなは蛯名の言う意味が分からなかっただろう。


 けど、何やらすぐに得心してくれたようで、


「これは映画と劇場のハイブリッドだ~!」


「すげえ~!」


「面白かったぞ~!」


 と歓声が沸く。


「へっへ~ん! スーパー監督・蛯名ちゃんプレゼーンツ……とは言っても、最後の舞台は完全にスター様のおかげだけど」


 蛯名は後頭部を撫でながら言う。


「いやいや、君たちの作った映画すごく良かったよ~」


 光が言う。


「えっ」


「ほ、本当ですか!?」


「うん。秀次のあんな姿が見られるなんて、新鮮だったからな」


「いや、お前、だって……」


 焦る俺を見て、光はニヤリと笑う。


「ああ、ステージでのあれはカマをかけたんだよ。でもまさか、嫁宣言までしてくれるなんて……くくく」


「バカ野郎……」


 俺は赤面する顔を片手で隠しながら、うなだれる。


「ひ、秀次さん」


 ひよりが俺を呼ぶ。


「わ、私も、すごく恥ずかしいですけど……でも、それ以上に楽しくて、幸せな時間でした」


 そして、ひよりはニコリと花が咲いたように笑ってくれた。


 すると、不思議と、俺の中にあった羞恥心がスッと抜けてなくなる。


 ただひたすら、ひよりが愛おしいという気持ちだけで心が満たされる。


「ひより……愛してる」


 俺は彼女を抱き締めた。


「はい……私もです」


 周りでまた歓声が沸くけど、あまり耳に入って来ない。


 俺とひよりは、またしばし、二人だけの世界に浸っていた。







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