コンビニバイト仲間の女子が辛い境遇だったので俺の所に来いと言って同居したら嫁力が素晴らしかった

三葉 空

第1章

1 バイト仲間の女子

「いらっしゃいませー!」


 初夏のこの時期、コンビニは一時のオアシスだ。


「お待たせしました。50円のお返しでございます」


 俺はせっせと、コンビニのレジ打ちをしている。


「ありがとうございましたー!」


 俺の声が店内に響き渡る。


「あの、松尾まつおさん」


 呼ばれて振り向く。


 小柄でほっそりした、ボブヘアーっぽい女子がそばにやって来た。


安藤あんどうさん、どうしたの?」


「フライヤー、どれくらい揚げます?」


「そうだね~……フランクを追加しようか。あと、アメリカンドッグも」


「分かりました」


 彼女はニコリと微笑む。


「安藤さん、前にもいったけど、俺たちは同じ歳だから、敬語は良いよ」


「いえ、松尾さんの方が先輩ですから」


「はは、安藤さんは真面目だね。それに比べて……」


「ツグツグ~! これどうやんの~?」


 いかにもなJKギャルが言ってきた。


小柴こしばぁ、お前まだレジ操作も覚束ないのか?」


「あー、ひどい! それパワハラだよ!」


「違うよ、愛のムチだ。ほら、もう一回教えてやるから、ちゃんとメモれ」


「ふぁ~い」


 小柴はあくびみたいな返事をする。


「あ、あの、小柴さん」


「ん? ひよりん、どうしたの?」


「こら、小柴。気安くあだ名で呼ぶな。安藤さんか、ひよりさんにしろ」


「良いじゃん。ね、ひよりん?」


「う、うん。何で、松尾さんがツグツグなの?」


「だって、名前が秀次ひでつぐだから、ツグツグだよ」


「ああ、なるほど」


「てか、売れない戦国武将みたいな名前だよね~」


「色々とツッコミポイントが多すぎる。売れない武将って何だよ。アイドルかよ」


「ぶはっ! ツグツグって、おもしろ~い!」


「店長ぉ~! 小柴の時給カットして下さい!」


「やだ~、ツグツグのばかぁ~!」


「ったく、うるさい女だなぁ」


 俺はため息を漏らす。


「じゃあ、松尾さん。私はフライヤーをやっています」


「うん、ありがとう、安藤さん」


「はい」


 彼女はニコっと笑って、フライヤー室に入って行く。


「全く、お前も安藤さんを見習えよな」


「何よ、ツグツグってば。ひよりんのことが好きなの?」


「え? 確かに、安藤さんは可愛らしいと思うけど。彼女は大学の同級生で、バイト仲間だよ」


「ふ~ん?」


「何だよ、その目は?」


「でも、ひよりんは……ううん、何でもない」


「ほら、無駄話をしてないで、レジくらい早く覚えてくれ」


「わ~ん、ツグツグのパワハラ大魔王め~!」


「頼むから、静かにしてくれ」


 俺は額に手を置いてうなだれた。




      ◇




「じゃあ、ツグツグ、ひよりん、まったね~!」


 意外にも小柴は自転車にまたがり、颯爽と去って行く。


「ふむ、なかなか良い体幹をしているな」


「松尾さん?」


 俺のとなりにいた安藤さんが小首をかしげる。


「いや、何でもないよ。じゃあ、帰ろうか」


「はい」


 俺と安藤さんは並んで歩き出す。


 彼女とは大学の同じ学年で同じ学部。


 とはいえ、大学一年の頃に会話をすることはなかった。


 前から、顔くらいは知っていたけど。


 そんな彼女が、一ヶ月くらい前から俺がバイトするコンビニにやって来たのだ。


「ていうか、前から気になっていたんだけど」


「あ、はい」


「安藤さんって……」


「な、何ですか?」


「すごく細いよね。ちゃんとメシ食ってる?」


 最初はほっそりして可愛らしい子だなぁ、と思っていたけど。


 何か日を追うごとに、やつれているような気がして……


「は、はい。ちゃんと食べていますよ」


「本当に? 何を食べているの?」


「え、えっと……もやしです」


「それはおかず?」


「いえ、その……主食です」


「もやしが主食?」


「はい……」


「確かに、もやしは素晴らしい食材だけど。それが主食だなんて、穏やかじゃないよね?」


 俺が言うと、安藤さんは顔をうつむけてしまう。


「あ、ごめん。何か責めるみたいな口調になっちゃって」


「いえ、そんな」


「ただ、安藤さんのことが心配だからさ……ごめん、俺ってお節介なんだ」


 俺は指先で頬をかく。


「お節介というより、面倒見がいいと思います」


「え?」


「だから、小柴さんも松尾さんに懐いているんだと思います」


「懐いているのかなぁ? 舐められているだけの気がするけど」


「そんなことないですよ。私には分かります」


「あ、そう?」


 俺は照れくさくなってしまう。


「ねえ、安藤さん。良かったらなんだけど……」




      ◇




 玄関の鍵を開ける。


「どうぞ、入って」


「お、お邪魔します」


 安藤さんは、ただでさえ小さい体をさらに縮こまらせて、玄関から上がる。


「ごめんね、男の一人暮らしの部屋に入れちゃって。臭くない?」


「そんな、大丈夫ですよ。爽やかな汗の匂いならします」


「あはは、ありがとう」


 俺は二カッと笑う。


「さてと、じゃあメシの支度でもしますか」


「あの、本当に良いんですか? 何なら、お金を……」


「良いって、良いって。俺が好きで呼んだんだから」


「あ、ありがとうございます」


 安藤さんはペコリと頭を下げる。


「どういたしまして……とは言え、ちょっと困ったかもな」


「どうしたんですか?」


「いや、安藤さんが心配だから勢いで連れて来ちゃったけど……俺、ザックリした男の料理しか作って来なかったからさ。こう、女子にちゃんと出せるような料理を作れるかなって……」


「あの、松尾さん。冷蔵庫の中、見ても良いですか?」


「ん? 良いよ」


「では、失礼して……」


 安藤さんは遠慮がちに、冷蔵庫を開いて覗く。


「ふむふむ、なるほど……」


 それから、少しして、


「松尾さん、良ければ私が夕ご飯を作ります」


「え?」


「あの、やっぱり迷惑でしょうか?」


「とんでもない。安藤さん、料理が出来るんだ?」


「少しだけですけど」


「じゃあ、お願いしちゃおうかな」


「はい。松尾さんは、ゆっくりしていて下さい」


「いや、俺も手伝おうよ?」


「大丈夫ですよ」


 安藤さんの笑顔を見て、


「分かったよ、じゃあお願いね」


「はい」


 俺はリビングのテーブル前に腰を下ろし、適当にテレビをつける。


 その間、キッチンの方から、トントントン、と小気味の良い音が鳴る。


 それだけで、『あ、この子ちゃんと料理ができる』と分かった。


 おかげで、俺はのんきにテレビ番組を見ていられた。


 だから……


「お待たせしました」


 本当に、あっという間に出来た感じがした。


 そして、安藤さんが料理を運んで来る。


 俺はテーブルに置かれた一品を見て、目を見張った。


「これは……チャーハン……じゃないよね?」


「はい、ピラフです」


 安藤さんはニコっと笑う。


「お醤油を使うとチャーハンになりますけど、コンソメを使うとピラフになるので」


「そっか、そっか」


「あと、男性の松尾さんが食べても満足感を得られるように、カレーパウダーも入れました」


「あ、確かに。ちょっとカレーっぽい色も混ざっているね」


「はい。だから、これはカレーピラフです。あと、付け合わせに簡単なサラダとスープも」


「す、すごい……俺だったら、このピラフがもっと雑なチャーハンで、その一杯だけで終わりだよ」


「そんな大したことありませんよ」


「いやぁ、これは美味そうだ。早速、食べても良い?」


「はい、どうぞ」


「じゃあ、いただきます」


 俺はスプーンを手に取ると、そのカレーピラフを一口すくって、食べる。


「……う、美味い」


 自然と、その言葉がこぼれた。


「ほ、本当ですか?」


「うん、コレすごく美味しいよ。味付けはもちろん、具材の炒め具合とか、お米のパラパラ感とか……文句がないよ」


「う、嬉しいです」


「あ、ほら、俺なんかよりも、安藤さんがしっかり食べないと」


「は、はい。いただきます」


 安藤さんは自分で作ったカレーピラフを食す。


「どう?」


 俺が見つめる間、安藤さんはゆっくりと咀嚼していた。


 が、しかし。


「……えっ?」


 ふいに、その目から涙がこぼれた。


「あっ……ごめんなさい」


 それがきっかけとなり、安藤さんは目を拭っても、涙が止まらない。


「良いよ、無理しなくて」


「えっ?」


「いくらでも泣いて良いよ。あ、俺は席を外そうか?」


「い、いえ、そんな……松尾さんが側にいて欲しいです」


 涙目の彼女に見つめられた瞬間、俺はドキッとした。


 それからしばらく、涙をこぼしながらカレーピラフを食べる彼女のことを、俺は見守っていた。




      ◇




「今日はごちそうさまでした」


 安藤さんは折り目正しくお辞儀をして言ってくれる。


「いや、そんな。むしろ、俺の方がごちそうさまだよ。本当にすごく、美味しかった」


「あ、ありがとうございます」


 まだ涙に濡れた目を引きずりながらも、彼女はニコッと笑う。


「じゃあ、また」


「安藤さん、もう遅いから、送るよ」


「そ、そんな、申し訳ないので」


「いや、でも心配だからさ」


「だ、大丈夫です」


 安藤さんが慌てて断るので、俺は仕方なく折れた。


「じゃあ、気を付けてね。何かあったら、遠慮なく俺に連絡して」


「はい、本当にありがとうございます」


「気を付けて帰るんだよ」


「大丈夫です。松尾さんと一緒に美味しいごはんを食べたから、元気モリモリです」


「あはは、そっか」


 そして、安藤さんはまたニコッと笑って帰って行った。


「……しかし、まあ」


 彼女が来る前よりも、何だかきれいになった印象だ。


 彼女が料理をしたキッチン周りだけだけど。


 水切りの食器の並べ方とか、すごく丁寧だし。


「女子力……主婦力……いや、嫁力が高いのかな?」


 将来、彼女を嫁にできる男は幸せ者だなと思いつつ。


「風呂、入るか」


 俺は鼻歌を歌いながら浴室に向かった。






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