しがないトラック運選手の俺は若者を異世界に送れるようだ
タニオカ
3度目の正直?2度あることは3度ある?①
桜が舞い散るコンビニの駐車場に停車している一台の大型化トラック。全開にされた運転席側の窓には遮光カーテンがつけられていて、シートを倒して仮眠を取っている青年を麗らかな春の日差しから守っていた。
ハンドルの上に足を投げ出して眠っている彼は田中圭介。しがないトラック運転手だ。
高校を卒業して、英語で自分の名前とりんごを書くことができれば合格するような、私立大学に進学した。実家から通学可能だったのだが、家にはほとんど帰らず、仲間と酒浸りの日々を送る大学生活だった。もちろん、単位のことなど、その仕組みすら理解していなかったので、進学など夢のまた夢。当たり前のようにキャンパスライフからおさらばすることになった。
しばらく定職にもつかず、ぷらぷらと過ごし、未だキャンパスライフを謳歌している友人宅を渡り歩いては、轟音と落ち着きのない光の中で銀色の玉の動く様を観察する日々だった。
そんな姿をみかねた母親が
「この中から面接なり、試験なり受けて真っ当な職に就きなさい!」
と数枚の紙切れを叩きつけてきた。
流石に高い学費を無駄にさせた罪悪感や、漠然とした将来の不安からとりあえず、ぱらぱらとめくるだけはめくった。そして、最後の最後に現れた高収入の文字。ちょうど負けが込んでいて、金に飢えていたこともあり、他に書かれていることなど、ろくに確認もせずに、電話をかけて面接の約束を取り付けた。
1週間後に人生で初めて書いた履歴書を携え、面接を受けに行くと豪快で恰幅の良いおじさんが出迎えてくれた。おやっさんと言う雰囲気だ。
入室を促された小さな事務所の入り口の上には、澤田運輸と浮き彫りになったプレートが貼り付けられていた。圭介は、その時になって初めて運送屋に面接に来たのかと理解した。
「なんだ、おめぇ?大型持ってねーじゃねーか」
ガラスのローテーブルを挟んで向かい合わせに置かれたソファーにどしりと座り、履歴書を見るなり、おやっさんがそう言った。
その馴れ馴れしく、高圧的な態度に、圭介は少しムッとしながら
「2輪のならありますよ」
と吐き捨てるように言った。
とても面接を受けにきた態度ではなかった。
しかし、それを聞いたおやっさんはガハハと豪快に笑い、
「おう、威勢がいいな!気に入った。おめぇうちで働きな!」
そういった。
そして、圭介が働き始めてから早5年が経った。
もちろんはじめのうちは、おやっさん以外はこんな粗忽者を免許を取らせるところから世話をするなんてもったいない、どうせすぐやめると言っていたが、その予想は外れ、存外にまじめに働いていた。それもこれも、全ておやっさんのおかげだ。
圭介はおやっさんにひどく懐いていた。理由は色々あるが、否定をしてこないことが一番だ。圭介はその不遜な態度から幼い頃より、周囲に虐げられたり、腫れ物を扱うようにされていた。おやっさんは家族以外で初めて圭介を対等に扱ってくれた大人だった。
その期待に応えようと、必死に勉強したり、運転技術を磨いたりして、圭介は今では立派な長距離ドライバーとなった。
ピピピッと胸の上に置かれたスマホのアラームが鳴りだし、その音に不快感を表しながら圭介がむくりと起きる。ぐーと手足を伸ばし、腰も伸ばしてスマホの画面をまぶしそうに見る。そこには14:30と表示されていた。
「は?2時半?」
急いでカーテンを開けた圭介は助手席に投げ出されたバインダーを手に取り、今日の運送予定を慌てて確認する。
到着予定時刻-15:30
何度確認してもその印字に変化はなかった。
「いやいや、まてまて、ありえねぇ…アラームミスるとか…」
天を仰ぐように、車の天井を見ると以前炭酸飲料を吹き上げたシミが残っていた。
ここから目的地まではあと50km。平均して50km/hで走らなくては間に合わない。数字だけ見れば可能そうだが、何と言っても山道だ。途中で圭介のような大型トラックがノロノロと走っていたら一発アウト。
チッと舌打ちをして、エンジンをかける。
一か八か、スピード勝負に出ることにした圭介は、乱暴にギアを切り替え、コンビニの駐車場を後にした。
=====
山道をギュンギュンと飛ばしていく大型トラック。荷物を降ろしてから、別の工場の製品を取りに行く途中ということもあり、荷台が軽いからこそできる技だ。普段なら考えられないほどのスピードでカーブを曲がる。運良く、前後に車がいない事もスピードの維持に一役買っていた。
長めの下りの直進に入り、ちらりと車内の時計を見ると15:00との表示。目的地までは、あと25km、ちょうど30分で半分まできた。あとはほとんど下りだ。このままのペースで行ければ、なんとか間に合う。
「…いける!」
そう独りごちた圭介は、視線を道路に戻す。すると、なにかがトラックの進行方向にあった。
なんだろうと目を凝らし、それが何かわかった時にはもう遅かった。
「嘘だろ⁉︎くそっ、止まれ!」
ブレーキを力一杯踏む。ABSが反応して、車体がガクガクと上下する。しかし、スピードはなかなか落ちない。
それはもう目の前に迫っていた。
ぐちゃっ
びちゃっ
ぶつかった瞬間に、湿った音と共に赤が飛散する。赤やピンクの細胞たちが、トラックの広いフロントガラスにへばりつき、目の前が赤く染まる。圭介は思わず目を閉じた。
そう、圭介が跳ねたのは人間だ。
しかもまだ若い、高校生くらいの男の子。
こんなキャンプ場もなさそうな山道だったから、すっかり油断していた。
全身が震える。あっているのかわからないが、業務上過失致死というか言葉が頭のなかを駆け巡った。おやっさんに幻滅されるイメージ。そして、警察に捕まり手錠がかけられるイメージ。どんどんと悪い物が浮かんでは消えて行く。
「くそっ!」
圭介はハンドルに突っ伏し、目をぎゅっと閉じる。
どうしたら?どうしたらいい?
救急車を呼ぶ?
いや、もう助からない。手遅れだ…。
警察を呼ぶ?
いや、おやっさんや親に迷惑がかかる…。
埋めるか?
いや、バラバラで拾い切れない…。
逃げるか?
…どうせ捕まる…。
色々と頭の中で考えてはいるが全く解決策が浮かばない。思考の合間にはチラチラと少年の死の間際の驚いた表情が顔を出す。
どうしようもない憤りから、ハンドルを力任せに叩く。それに呼応して、大きなクラクションが鳴り、圭介はハッとして顔を上げる。
そして信じられないものを見た。
というよりも、そこにはなにもなかった。
「は?嘘だろ…?」
目の前には血飛沫があるはずだった。
しかし、フロントガラスにはなにも付いていなかった。
雨でも降ったのかと考え、道路を見るがそんな形跡はなかった。むしろ、道路に散乱していだはずの肉片たちまで綺麗さっぱり消えていた。
「一体なんなんだ?」
圭介は信じられない思いで、後方に継続車がいないかを確認してから、道路に降り立つ。
恐る恐るトラックの下を覗き込むが、そこには予想していたものはなにもなかった。
「消えたのか…?」
ありえない話だが、そうとしか考えられなかった。
トラックの前に回り込む。するとたしかにフロントグリルが派手目に凹み、何かにぶつかった証拠が残っていた。
「…またかよ…」
そう呟き、フロントグリルのメッキに歪んだ映る自分の姿をぼんやりと眺めていると、後続車が視界の端に現れたので、急いで運転席に戻り、ハザードをたく。
休暇を楽しんでいると思われるオープンカーに乗った運転手が怪訝そうに、トラックを睨みながら追い越して行く。
圭介は時間を確認する。15:02だったの2分の出来事で一生分の疲労を味わった心地がした。圭介は目的地の工業の連絡先を確認してから、スマホを操作し、少し遅れる旨を連絡した。相手はあまり気にしていない様子だった。初めからこうしていればよかった。そう思いながら、車を発進させる。
今度は安全運転で。
=====
圭介は同じようなことを3年前にも経験していた。
あの時はまだまだ幅の狭い道路で進路転換をするたびに手汗が吹き出すようなひよっこで、やっとこさ1人仕事を任されるようになった頃だった。
それが起こったのは夜中だった。あと少しで休憩する予定の道の駅に着きそう、という時に、歩道橋から何かが降ってきた。あっ、と思った瞬間にはもうそれとぶつかっていて、車内には何か液体の入った硬いものと衝突した音が響いた。驚いてブレーキを踏み、トラックを路肩に寄せ、ハザードをつけた。一体なにが?と思っていると、フロントガラスになんらかの液体が垂れてきた。それは赤く、圭介は誰かがいたずらでペンキ入りの缶でもぶつけてきたのだと思った。
「ちっ!ふざけやがって!」
怒りに任せ、乱暴に扉を開け、トラックへの被害を確認しようと外に出て、スマホのライトでフロントの上を照らすと、そこには人のような物が乗っかっていた。
「ひっ!」
声にならない声が喉から出た。
長い髪、変に曲がった腕や脚、滴り落ちる血液。頭の中で反芻される映像。
圭介は胃から込み上げてくるものを、そのまま道路へぶちまけた。夕食に食べた細縮れ麺や餃子が辺りに散らばった。涙を流しながらげほげほと咳をし、喉の不快感を落ち着ける。
吐いたことで少し冷静になれたようで、この後のことを考える余裕が僅かに生まれた。
—会社に連絡を…あれ?スマホは?
圭介はあまりの衝撃に、先ほどまで懐中電灯がわりにしていたはずのスマホをどこかに放り投げてしまったらしい。
「くそっ!どこだ?」
できる限りトラックの方は見ないようにして辺りを見回すと、数メートル前方の車道外側線の近くで雑草がぼんやりと白い光を受けていた。震える足でよたよたとその光に向かうと、確かにそれは圭介のスマホだった。少しケースに傷が入ってしまった。
震える手で連絡帳のアプリをタッチして、おやっさんの番号を呼び出す。あとは電話のマークをタップするだけという段になって、様々な不安が心をよぎる。
クビになるのか?
むしろ、捕まるのか?そうすれば犯罪者…。
その3文字に心が押しつぶされそうになった。息が苦しくなる。
何かの間違いであっては欲しいと思い、再びトラックの方ににライトを向ける。
タイヤと道路の接地面が見えた時に違和感があった。
—あれ?血がない…?
確かにさっきまで屋根から滴るようにして、血溜まりができていたように思う。しかし、平時ではないのだ。もしかしたら自分の思い過ごしかもしれない。圭介そう自分に言い聞かせ、恐る恐る先ほどまで人間だった物がある場所を照らした。
そして、そこには何もなかった。
「は?なんで…?」
トラックの周りをいくら確認しても血の一滴すら確認できなかった。圭介は、もしかしたら悪い夢なのかもしれない、と、そう思い込むようにしてとりあえず仮眠予定の道の駅まで向かった。
バクバクとする心臓を抑えながらなんとか無事に道の駅に到着して、街灯の下で車体を確認すると、人体の一部だと確認できるようなものは何一つ付着していなかった。しかし、確かに何が硬いものがぶつかり凹んだ傷だけははっきりと刻まれていた。
圭介はその晩、一睡もできなかった。
あの女がフロントガラスを覗くような気がして…。
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