トワイライト 迷子の子犬

仲仁へび(旧:離久)

第1話



 グリンウッド城塞都市 裏町


 グリンウッド城塞都市にてザーフィスの目撃情報を集めているあたし達は、迷子の子犬を見つけてしまった。


「わんっ!」


 あたしの足元にじゃれつくのは小さな犬。

 首輪がついていないので、野良犬なのだろう。


「こらっ、くっついてくるな。あっちいけってば」


 いくら追い払おうとしても、離れない。

 あたし達にはこれからやらなければならない事があるというのに。


「わうんっ!」


 邪険にされてるのが理解できないのか、子犬は嬉しそうに尻尾をふりながらついてくる。 


 そんな様子を眺めながら、にこにこしてるのは協力相手であるクランだ。


 一国の王子である青年。クランベルン・ディ・マナトリアスだ。


 ザーフィスを追いかけるため一時的に手を組んでいるにすぎないのに、この王子サマは妙になれなれしく接してくる。


「どうやら好かれてしまったみたいだね。アメリア、連れていってあげなよ」

「はぁ? 冗談だろ? あたしに子守りしながら情報収集しろってのか!?」


 楽観的すぎる王子サマの言い分に、あたしは言い返す。

 だが、クランの態度は変わらないままだった。


「動けるのは君だけじゃない。僕だってそれなりにこういう場面での動き方は分かってるよ。だから良いじゃないか、ちょっとくらい」

「いや、お前王子だろ。分かってるって……ツッコミどころありまくりだぞ」


 行動的すぎる王子サマの言動につっこみながら、途方にくれる。


 足元にじゃれつく子犬は、何の悩みも無さそうな顔で、こちらにつぶらな瞳を向けていた。







 クリン(頭の上にアホ毛っぽい毛が生えててクリンとしてるから)と名付けた子犬をかかえて、裏町を歩き回る。


 人殺してそうな目つきをした兄ちゃんとか、薬中とかアル中になってそうなおっさんとかがのさぼる裏町を、だ。


 めっちゃ目立った。

 視線ガンガンあつめてる。

 注目の的だ。


 そりゃそうだ。

 あたり前だよな。


 盗賊をしてるといってもあたしは見た目が女だ。

 だから、ときどきそういう連中になめられる。


 そして、クラン。

 王子サマなもんだから、身なりが良い。やっぱり目立つ。

 所作にも、高貴な身分っぽさが出てるからなおさら。


 で、極めつけに、クリン。

 子犬であるクリンが、煮て焼かれて食われもせずに女と金持ちに可愛がられてる(あくまで見た目的に、あたしは別にかわいがってなんてねーけど)。


 どこからどうみても、いいカモだよな。

 この絵面。


 案の定。


 歩いている時に向かいからやってきたニヤニヤ笑いの連中が、こちらに肩をぶつけてこようとした。

 絡んでくるつもりなんだろうと思って避けたが、そんなのお構いなしに向こうは話しかけて来た。


「おいねーちゃん、人にぶつかっておいて詫びもしないなんて言い度胸だな」


 ぶつかってねーだろ。


 いちゃもんつけたいだけなのが、丸見えだ。

 ここまで下心が見え見えなのは、逆にめずらしい。


 見るからに三下臭がでてる相手なので、あたしの敵じゃないんだろうけど……。


「新参者が騒ぎをおこしたら目立つだろうね」


 クランの言う通りだ。

 何もしてなくたって、この町に来たばかりのあたしたちは目立つ。


 だから、「ザーフィスの行方調べてねぇのに、それじゃ困る」のだ。


 肝心のターゲットの行方が知れてないのに、貴重な情報減である裏町で騒ぎを起こされてはたまらない。(もとはと言えば、やっかいごとを進んで抱え込んだあたし達にも責任はあるんだろけど)


「なあ、やりあうにしてもここじゃ目立つだろうからさ。ちょっと人目のつかねーところにいかねーか?」


 だからせめて、誰にも見られてないところで、こいつらノしとこうと思って提案。


「ヤルだなんて、積極的だねぇねーちゃん。彼氏の前でそんな事いうなんてなぁ」

「それとも俺達にびびって観念したって事か? いいねぇ。そのまま大人しくしてくれれば、良い思いをさせてやるよ」


 相手は何か勝手に勘違いしたようだ。もの凄い不快だ。


 奴等の一人が下品な笑い声をあげて、こちらの腕を掴んでこようとする。


 当然あたしは、その手を弾こうとしたさ。


 でも、あたしが行動する前に動いた奴がいた。

 誰だ?

 あいつだよ。

 

「汚い手で彼女に触るな」


 クランは、あたしに手を伸ばしたきた男の手を掴んだ。


 そして、(短い付き合いしかしてねーけど)聞いた事のないほどドスを聞かせた声で相手を威嚇していた。


 それに表情も、なんだかおっかない。

 普段の飄々とした態度からは想像できない顔つきだった。


 そんなクランの顔を真正面から見た野郎どもは一瞬言葉に詰まったけど、退いてはくれないようだった。


「あ? お坊ちゃんのくせに何いきがってんだ」

「ここで実力分からせてやろうか、えぇ?」


 頭に血が上った様子で、こちらをにらみ付けてくる。

 一触即発といった空気ができあがってしまう。


 非情にまずい状況だ。

 どうにかしないと。

 周囲を見て利用できそうなものを探す。


 すると、しばらく空に放っていた相棒の鷹(チャイ)が旋回しているのが分かった。

 騒ぎに気付いてくれたらしい。


 これなら何とかなりそうだ。


 あたしはチャイに指示をする(笛で指示ができなくなった時用に訓練しておいた方法で)。


 太陽光と鏡を使った、光での指示だ。


 こちらからの言葉を受け取ったチャイは、急降下。

 あたし達にからんできていた男たちを猛攻撃しはじめた。


「いてててて、何だこの鳥!」

「やめろ、くるな!」


 くちばしでつつかれてる男たちは、たまらずにその場から退散していく。


 何とかなったようだ。


 あたしは余計な事をしてくれたクランに注意の意味をこめて、言葉をかけるのだが……。


「まったく、肝が冷えたぜ。これに懲りたら、ああいう手合いに真正面からケンカ売るなよ」 


 クランの様子は何か変だった。

 

「どうしたんだ、クラン?」


 眉根をしかめて険しい表情をみせるクラン。

 しかし、あたしが声をかけると、普段の様子に戻って微笑んだ。


「何でもないよ。ああいう連中は好きじゃないなって思ってね」

「ふーん。まあ、気持ちは分からなくもないけどな。あたしもよく仕事にああいう馬鹿な連中に迷惑かけられたし」

「隕石でもふってきて、潰されてしまえばいいのにね」

「そうだな。……って、え?」

「冗談だよ」


 王子サマらしからぬ不穏なセリフが聞こえてきたと思って、まじまじと奴の顔を見つめてしまった。

 けど、その表情は普段と変わらないままだ。


 本人が言うように今のは冗談、だったのだろう。




 



 そんなちょっと嫌な事があったわけだけど、目立つのは悪い事ばかりじゃなかったようだ。


 数分後、「犬をかかえた女と貴族っぽい男が、やくざに絡まれた」という話を聞きつけて、一人の女性が話しかけてきたからだ。


「あ、あのちょっと良いですか? その犬、私の飼い犬なんです」


 女性の名前はエメ。


 ごく普通の一般市民らしい。


 身なりを観察してみるが、特に目立つ所はない。

 高価な服装に身を包んでいるわけでもぼろ布をようなものを身にまとっているわけでもなかった。


 低所得者としてやばい裏町にすむような人間には見えないな。

 裏町に女一人で踏み込むのは相当危ない事だ。


 みぐるみはがされるか、もっとひどい目にあわされるかしてもおかしくない。


 それを分かって、足を踏み入れたんだろうか。


「こんな危ない所によくきたな」

「この子は大事な家族ですから。どうしても見つけたかったんです」


 つまり、怖かったけど勇気を振り絞って。

 という所か。


 あたしは思わずため息。


「はぁ……。で? 帰りはどうするんだ」

「えっ?」

「行きと同じように無事に戻れる保証はねーぞ。表通りに出ても、変な連中がつけてるかもしれないしな」

「それは……」


 不安そうな表情を見せる女性に、あたしは親指と人差し指をくっつけて、わっかを作った。


 銭のマークだ。


「ま、金だしてくれるんなら、家につくまで護衛してやってもいーけどな」

「あ、ありがとうございます!」


 ぱっと、顔色をよくした女性に頭を下げられる。

 別に褒められるような事してねーよ。


 これは善意の手助けじゃなくて、ただの仕事にすぎないんだからさ。


 気まずくなって視線をそらすと、クランのニヤニヤ笑いがあった。


「そうだね。お金の為だからね」

「うるせぇ」


 分かってんならなんで笑ってんだよ。


 何が面白いのか腕に抱えてるクリンまで、「キャン!」と嬉しそうに鳴いた。






 家まで女性を送り届けた後、クランが話しかけて来た。


「君の事、少し分かったような気がするよ」

「ああ、そうだ。これであたしが金にがめついい盗賊だって事が分かっただろ」


 そういうと、クランは生暖かいまなざしを向けてきながら同意。


「そうだね」


 何だか、すげー居心地悪いな。この辺り。大気汚染でもすすんでんじゃねーのか。空気が汚れる事をそう言うんだっけ。

 前に工場区で仕事した時、依頼人から聞いた事がある。


「最初はどうなる事かと思ったけど、今は協力を求めたのが君で良かったと思ってるよ」

「あたしは仕事には真剣だからな。頼まれた以上はやり遂げる」


 何て言ったら、またにニヤつかれるんだろうなと思ったけど、予想外に真面目な反応が返ってきた。


「一度決めた事は曲げない、だね」

「お、おう。そうだよ。そんなの恰好悪いし。信用だって得られない」


 変な奴だな。本当に。


 横取りされた宝物を取り返すまで一時的に手を組む事になったけど、敵だと思うには優しすぎて、味方だと思うには胡散臭すぎる。


 一体コイツの本心には何があるんだろう。


 何にしても……。


「大事な宝物探しに最中に子犬のお守りしようってんだから、あんたはお人よしだな」

「君こそね」



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