第7話 さあ遊ぼう

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 息切れが止まらない。シシノは、町内で最も広い公園にいた。辺りを見渡しても、シエラの姿は見えない。


「くそっ……、どこに行ったんだ」


 見つけなくては。見つけなくては、次に進めない。もうどれだけ走り回った事だろう。こんな事はもう、終わりにしなければならないのだ。

 すうっと息を吸って、叫び声をあげる。


「もーう、いいかあああああああああああい!!!」


 すると、草陰の方から、声がした。


「もーういいよー!」


「ははははは、引っかかりやがったな! 声でどこにいるか丸わかりだぜ!」


 そう、シシノとシエラは隠れんぼをしているのである。

 なぜ、こんな状況になっているかといえば、シエラがそうしたいと言ったからだ。


 ~~~


 学校から帰ったシシノは、シエラに出迎えられた。

「さあさあ遊ぼう!」というシエラの格好は、朝の寝巻きから打って変わって、スポーティなパーカーに、レギンスの上からハーフパンツを履いている。スポーツをするには、もってこいな服装だった。


「……似合ってるな」


「えへへ。ありがとう。ネネさんにもらったんだぁ」


 シエラは褒められて嬉しそうにしている。言葉通り、似合っている。似合っているのだが、シシノは疑問を感じた。


「なんでそんな格好してるんだ?」


「それはもちろん、遊ぶためでしょ!」


「そんな気合い入れたスポーツウェア着て、何をするってんだ?」


「まあ、それはいろいろだよ。いろいろ。いいからシシノも早く着替えて!」


 言って、シエラは、シシノが運動する際にいつも着ているジャージを突き出した。

 しぶしぶ着替える。体育の授業もあって、もう運動はそんなにしたくないのだった。


「よっし着替えたね! それじゃネネさん、行ってきまーす!」


「はい、行ってらっしゃいませ」


 二人の様子を無表情で、じぃっと眺めていたネネさんが応えた。

 シエラは家を飛び出す。手を引っ張られて、シシノもそれに続くほかない。


「お、おいどこ行くんだ?」


「公園! 遊ぶといえば公園、でしょ!?」


 小学生か! という言葉を飲み込み、シシノは引っ張られるまま、公園まで来たのだった。


 ~~~


「ずるいずるい! ルール違反だよ!」


「それは違うぜ、頭脳プレイだ! というかお前こそ、おれが見つけたと思った度に、姿が見えなければセーフとか言って、動き回ってたじゃねえか!」


「くっそ〜、じゃあわたしの負けだ。隠れんぼ、なかなか奥が深いね、楽しかったよ。さてさて、じゃあ次の遊びをしよう」


 隠れんぼはそんなに勝ち負けにこだわるものでもないと思うのだが……一ターンで終わるものでもないだろうし、というか二人でやるものでもない。しかしそんな考えをシシノは飲み込んだ。シエラがやりたいというのなら、それに従おうと、朝のうちに誓ったのだ。

 ともかく、隠れんぼが終わったことに、シシノは安堵あんどしていた。と、いうのも、かれこれ一時間、一般的な学校の校庭よりも広い公園の中、シシノはシエラを探し回っていたのだった。さっきの言葉の通り、シエラは見つかりそうになる度に、信じられないスピードで障害物の間に隠れ、場所を変え、シシノを翻弄したのだ。

 そのくせシエラは息切れ一つ起こしていない。シシノは満身創痍だというのに。


「じゃあ次は鬼ごっこ! シシノが鬼ね!」


「ヒュウ! 十数える間に逃げろよぉ! いくぜ! 一、二、三、四、五!」


 満身創痍のシシノに鞭打つ、悪魔のような提案に、半ばヤケクソ気味に数を数え始めると、シエラは「きゃー」とか言いながら駆けて行った。こうなったらヤケだ、このヤロー絶対に捕まえてやる、とシシノは闘志を燃え上がらせた。


「……十! オラオラァ! すぐ追いつくぞォ!」


 始めからスピードをマックスにあげて駆け出す。足の速さには自信がある。女の子相手に大人気ないとは思うが、運動では敵わないと思わせるためにも、力の差を見せつけてやろうという魂胆だ。

 思った通り、すぐにシエラの背中に手が届きそうになる。あとはタッチするだけだ。


「オラァ! 鬼交代だ!」


 勢いよく背中をタッチしようとしたその瞬間、シエラの姿が消えた。勢いを殺せず、シシノは転倒する。

 一瞬、何が起きたかわからなかったが、すぐに理解する。


 跳躍。大ジャンプである。シエラはジャンプして、そのまま、数メートルは離れていた、高さ三メートルのジャングルジムの上に飛び乗ったのだ。


 信じられない光景に、口をあんぐりと開ける。


「お前、何者なんだ」


「わたしはシエラ。知ってるでしょ」


 イタズラな笑顔を浮かべて、シエラは答える。


 シエラについて、また謎が増えた。シシノはそんな彼女のことを、もっと知りたいと思うのだった。

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