第5話 真夜中のおしゃべり

「お話、しようよ〜。わたし、シシノと、この地球のこと、もっとよく知りたい〜」


 ベッドに倒れこむシシノを、シエラはぐいぐいと引っ張りあげる。


「わかったわかった。お話するする。……って、え? なに? チキュー? ……そういや、初めて事情を訊いたときにも、お前言ってたよな。チキューって、なんだ?」


 聞きなれない単語を言うものだと、シシノは疑問をあらわにする。すると、シエラは眉をひそめた。


「なにって、この星の名前じゃない。太陽系第三番惑星、地球でしょ?」


「んん? チキュー、てのはよくわかんねえけど……この星の名前は野強羅ヤゴウラだぞ。あ、おいおいまさか、元々はお前、そのチキューって言う星に行く予定だったとか? マジか、他にも宇宙人いる星があるのか」


「いや、待って、そんなはずないよ。わたしが来たかったのは確かにここだった。座標も合ってるし…………そっか、そういうことか、微妙に、変わっちゃってるんだ」


 シシノの言葉を聞いて、シエラはブツブツと、よくわからないことを言い出した。


「ねえ、シシノ。この星にも学校はあるんだよね?」


「え? そりゃあるけどよ……」


「歴史の授業、いや、理科の授業かな。この星の始まりは、生き物の歴史は、どういう風に教えられた? 人間が生まれるまで、教えてくれる?」


「いいけど、……えーっと……なんか、最初は空気がなくて、隕石が降って、雨が降って、海ができて、微生物が生まれて、よくわかんないのとか、虫とか魚が生まれて、動物やら、恐竜やら鳥やらが生まれて……恐竜絶滅して、哺乳類頑張って、猿生まれて、原始人が生まれた。うん、こんな感じだろ」


 なぜそんなことを尋ねられるのかはわからなかったが、シシノはこの野強羅ヤゴウラで、現代となっては、一般常識ともなっていることを言った。


「その先は? 人類が、どうなったか」


「? どうなったかって、まあ、いろいろあって、科学も発達して、今に至るんだろ」


 この言葉を聞いて、シエラは何かに気づいた様子で、口を手で覆った。


「やっぱり、この星では、伝えられていなかったんだ……」


「なあ、なんだよ。そんなとんでもない事実を知ってしまった、みたいな顔して。こんなの、大した話じゃないだろ?」


「ううん。とんでもないことだよ。シシノの話が事実なら、この星では、歴史が正しく伝えられていないんだもん」


「……どういうことだ?」


 ゾクリとした。シエラは、なにを知っているというのだろう。


「いや、まって。シシノが知らないなら、きっとこの星ではもう、シシノの知っていることが常識になってるんだもんね。ごめん、気にしないで」


「えぇ、そんな意味深なこと言って、教えてくれないのかよ」


「だって、シシノがこんなこと知っても、どうにもならないもん、シシノがもやもや〜っとした気持ちになるだけだもん」


「ん、そうか……」


 少しホッとした。実のところ、シエラの放つ異様な雰囲気に、シシノは恐怖を感じていた。なんだか、知ってはいけないことを、聞いているような気がしたのだ。


「ただ、少しだけ教えて。この……野強羅ヤゴウラに、歴史学者や、天文学者はいる?……そうだ、宇宙開発とか、どうなってるのか分かる?」


「そういうのは全部、……ホムラノミヤ機関ってとこに決められた、特別な人間じゃないと、やっちゃいけないことになってる。それを仕事にするなら、機関の中に行かなきゃならないし、宇宙開発については、おれたちはほとんど知らねえ。そういう情報は、ホイホイ流しちゃいけないって法律があるんだ」


 ホムラノミヤ機関。この野強羅では、最も力を持つ組織である。この世を平和に過ごせているのは、機関のお陰であると言えるが、黒い噂もあったりする。

 この世で起こる不可解な失踪事件は、機関の隠蔽工作で、口封じのために消されているのだとか、様々な噂が語られているのだ。


「ホムラノミヤ機関。機関、か。なんだかキナ臭いな〜。ん? なんかその名前、シシノの苗字に似てるね」


「……いや、偶然だろ。なあ、シエラ。なんだかやばそうな話よりさ、もっと楽しい話をしようぜ」


 少しギクリとしたが、平静を装って話題を変えた。あまり、核心には触れたくなかったし、触れられたくなかった。


「賛成賛成! じゃあ、シシノ、まずは質問。このアパートはなんで丸々シシノのものなの?」


「……親父が用意したものだから」


「わお。ボンボンなんだね」


「う、うるさいな……だからこれはあんま言いたくねえんだ」


「えーと、じゃあそうだ。ふっふっふ」


 シエラは、なんだか見覚えのある笑顔を浮かべる。

 シシノはもう気づいていた。シエラがこの顔をするときは、何か自分を困らせるようなことを言うのだと。

 だが、事前にそれが分かっていれば、ある程度、落ち着いた対応ができるだろう。バッチコイと、シシノは身構えた。


「ネネさんとシシノは、同棲カップルなんでしょ!」


「ち、ちちちちちちちげーよ!!」


 予想外の言葉に、全く落ち着くことなどできず、ただただ、テンパるだけだった。

 やはり、こいつの、この笑顔は恐ろしいーー。シシノは慌てふためきながら、反論する。


「いったいなにがどうなったら、そんなぶっ飛んだ話になるんだ!?」


「えぇ〜。違うんだ。つまんないの」


 シエラは唇を尖らせた。


「だってさ、ネネさんは今日だって、晩御飯作ってシシノの帰りを待ってたし、お風呂の中で喋ったときも、シシノの話をすっごく楽しそうにするんだもん。それに、歳も近いでしょ? シシノとネネさん」


「ネネさんは、昔からおれの世話をしてくれてる。何だろ……姉みたいなものかな。歳もそんなに近くもねえよ。ネネさんは二十……いくつだったかな。二十五は超えてないと思うけど」


「ふぅん。シシノもそのくらいでしょ?」


「おれは十六歳だ!!!」


「えええっ!? 嘘、でしょ!?」


「ガーーン!」という擬音が聞こえてきそうだった。シエラは先ほどのシリアスな場面のときよりも、驚愕しているように見えた。

 確かに、シシノは体格と、その目つき顔つきから、年齢以上に見られることが多い。


「それにしたって十歳近くも上に見られたことはねえ!」


「驚いたよ……。十六歳といえば、私と同い年だもの」


「同い年なのか。へえ……」


 もしも、シエラがこの星で学校に通うことにでもなれば、制服姿が見られるわけだ。シシノは想像してしまう。


「ってそうだよ。初めてお前と会ったとき、学ラン着てただろ、おれ」


「あれは、コスプレ趣味かなと思ってた」


「……お前の星にも、コスプレ文化あるんだな」


 宇宙人がコスプレって……、シシノは自分の想像で面白くなってきてしまったのと同時に、今更ながら、ある違和感に気づいた。


「おれたち、普通に言葉、通じてるよな。コスプレなんて単語まであるなんて、あんまり宇宙人って感じがしねえな」


「それはそうだろうね。だってわたし達は元々……ううん、今はそんなことは気にしなくていいんじゃない」


「うっわ。またまた意味深な発言を聞いちまった気がする。うん、でもそうだな、あんまり怖そうな話は聞きたくねえ」


「そうだよ。もっとほら、コスプレの話みたいに、わたし達の星にあって、シシノの星にないものとか、逆にシシノの星にはあって、わたし達の星にはないものの話とか。わたし達の星と、この星の、違うところだとか、一緒のところだとか……もっともっと、お互いを知りたい。わたしの知らないことを、楽しいことを、知りたい。教えて、シシノ」


 儚げに語るシエラの姿を見て、シシノの心は、思わずときめいてしまう。こんな気持ちは初めてだった。

 シシノも、もっとシエラを知りたいと思った。


「そうだなぁ。例えばさ……」


 二人は、そのまま真夜中になるまで、いろいろな話をした。食べ物の話だとか、文化の話だとか、昔読んでた童話の話だとか、そんな他愛のない話をした。


 そんな他愛のない話をするのも、シシノにとっては初めてで、どんな話をするにも、聞くにも、子供が新しい遊びを見つけたような、新鮮な気持ちが、シシノの中でおどっていた。


 ──シエラも同じ気持ちだろうか。


 と、そんなことを考えながら、シシノはいつの間にか眠りに落ちていった。

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