林檎

 夜を照らす月光が彼女の林檎の頬を晒しあげる。彼女の頬を両手ではさみ、音を立ててキスを落とした。ゆっくり深く舌を絡ませていき、頭の後ろに手を回して何度もキスを噛みしめた。全身を堪能すると息継ぎは浅く、声が滲む。あからさまに熱がこもる。柔らかく、力は入れずに唇を味わうように。

 彼女の全身を確認し合ったのちに僕の手はミルクにでも浸ししたかのような薄く伸びるなだらかな丘の上を撫でるかのように這わせた。頂上を往復すると息が漏れる。流れのまま、手は熱情を加速させた。口角は吊り上がり、温かい息が出る。

 彼女の愛液は夜の桃にまで達するほどだった。あらかた全身を攻め終わると今度は私の番と言わんばかりに僕の八分目を過ぎたころ、大きな口を開いて何の感情も見せずに頬張った。もしかしたら、嫌だと思っているのかもしれない。もしかしたら好きだと思っているのかもしれない。何もわからないその状況にすこしの興奮を覚えている間にも、動く度にほんのり残る口の熱が伝わって僕はさらに大きくなっていくようだった。時折見せる上目づかいもそのうちであったことは想像に難くない。この時すでに両者の準備は万全だった。彼女だって桃を赤く湿らせて、僕も危ない汁を零していた。少し乱雑に押し倒し正常位で奥まで侵入させた。ゆっくりと、だんだんと、テンポを上げていく。そのスピードはいつもよりだいぶ速くなっていたかもしれない。それほどに久しぶりのこの時間はたまらなかったのだ。体位を変える緩急を忘れずに腰を押しやって僕のBPMを最大まで加速させる。何かが軋む音はここで記憶が止まっていた。マラソンでも走ったかのように息切れを起こし僕らは重ね合う。吐息が混ざり合い今日一番の熱を込めて舌を絡ませる。『私』になった僕に常夜灯の切れ目から見える林檎の輪郭が反射する。僕の眼は焼け焦げて何かが駆けずり回り一点に集中する。さっきのなんかよりも比べものにならないくらい高揚し、息継ぎが浅くなる。言葉にならない彼女の愛おしさに『私』はさらに動きが激しく研ぎ澄まされ、神経は出張したように腰を振った。

 ――ランナーズハイ――

 果ての先に溜まった白い液体を何の感情も持たずにゴミ箱に捨てる。僕らは未だに暗い夜にベッドで横たわっていた。彼女は静かにこちらを向いて僕のことを見つめていた。僕はいつしか、『人』に、『私』から戻っていた。今までの『私』の死体を思い出して溜息と一緒にベッドに体重をかける。理性は今ここに戻ってきた。この『僕』を安心感にここに眠る。

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