第41話「ソラさんの推理」

「どうして、それが分かったの?」


 僕は素直に、自分が未来から来たことを認めた。ソラさんにそれを知られることは、僕にとって不利益な事ではないからだ。むしろ、話を信じてもらうための手間が省けたとさえ言える。


 ただ、ソラさんは、僕が来た年代までほとんど完璧に当てている。その根拠だけは、どうしても知りたかった。僕が未来から来たことは、僕の手紙や過去の言動から推測できるかもしれないが、七十年以上前から来たことは、簡単には特定できないはずだ。


「理由を知りたいかい?」

「うん」

「簡単な事さ、車検証だよ」

「車検証?」

「グローブボックスの整備手帳の中に、車検証が一緒に入ってた。初年度登録の数字を見て唖然としたよ。昭和六十三年だもんな。この時点で、君が未来から来た事は確定だ」

「ああ!」


 僕はすべてを理解した。車検証の中には、あのCR-Xに関するあらゆるデータが記載されている。陸運局の出す書類に、間違いなんてあるはずがない。


「最初は緒元を調べるつもりで見たんだ。車重とか、前後の重量配分とかね。それで大体、車の性能は分かるしさ」

「そうだね」

「陸運局で、最後に検査をしたのが平成二十六年だった。ボクはこの元号を知らないが、昭和六十三年からそう遠くない時期に改元があったんだろう。陛下は今四十五歳だからね」

「そのとおりだ。昭和は六十四年まで続いた。もっとも六十四年はたった一週間で終わったけどね。昭和六十四年が平成元年だ」

「そうなんだ。昭和六十三年から二十一を引いて、四十二。平成の二十六を足して六十八。改元までの数年と、検査後の年月を足して七十年以上とボクは踏んだんだ。結構いい所ついてると思うんだけど、違うかい?」


 ソラさんは、自信ありげに僕にそう言った。念のため、確認だけはしておくという口調だ。


「違わない。殆ど正解だよ、ソラさん。寝ぼけてたとはいえ、僕はそのことにまったく気づかなかった。流石だね」

「へへー」


 ソラさんはとても嬉しそうな顔をした。大事なのは、自分の推論があってるか否かだけで、僕が未来人であることは、別にどうでもいいらしい。


「僕は二千二十年の日本から来たんだ。あの箱の力でね。まあ、望んできた訳ではないんだけど、もう元の世界には戻れない。まあ、その辺の事はおいおい話すよ」

「わかった。ところで質問なんだけど、七十四年後の未来では、猫は普通にしゃべるのかい?」


 ソラさんは、全力さんがしゃべるのを、テクノロジーか何かと勘違いしているらしい。


「いや、しゃべらないな。タイムトラベルも、まだ世間一般のものにはなっていない。語弊を恐れずに言うなら、僕は嵌められたんだ」

「嵌められた?」

「ああ、僕はあの箱を、僕の師匠の遺品という触れ込みで買った。売主はあの箱が、時空転移フォールドを起こす装置であることをちゃんと知っていたけど、それを僕には教えてくれなかったのさ」

「フォールド?」

「時空転移の事だ。箱の所有者の存在する世界と、その世界で進んでいく時の流れの事をまとめて、世界線(world line)と呼ぶ。箱は、この世界に無限に存在する世界線を行き来するための装置システムだ」


 ユキさんの言葉を、僕はそのままソラさんに伝えた。


「それで、それからどうなったの?」

「箱の秘密を知った僕は、若かりし頃の僕の師匠に会うために千九百六十五年の日本にフォールドをするはずだった。そしたら突然、あの箱が光りだしたんだ。車は宙に浮き、僕はそのまま意識を失った。次に目覚めた時には、もうこの世界に来ていた。それがつい昨日の話だよ」

「じゃあ、アートの話は全部デタラメか」

「ごめんね。でもあの車は、本田宗一郎の作った会社の車なんだ。そういう意味では、まったくのデタラメって訳でもない」

「そういえば、車検証にもホンダと書いてあったな」

「そうだ。彼は自転車の補助エンジンから仕事を始めて、オートバイの販売数では世界一の企業に、ホンダを育て上げたんだよ」

「世界一!」

「ああ、自動車でも七位だ。日本じゃなくて、世界の七位だよ。世界一の座は、トヨタがフォルクスワーゲンと争ってる。自動車はこれから日本の基幹産業になるんだ。君の父さんの見通しは間違っていない」

「到底、信じがたい話だなあ……」


 身内が、その実力を過小評価してることはよくあることだ。僕はソラさんの父親の名を知らないが、間違いなく先見の明はあった人物のような気がする。少なくとも彼は、軍に採用されるほどの計量器を発明し、娘を英明な技術者として育てあげた。愚鈍な人物である訳がない。


「ここが終戦直後の長岡であることはすぐに分かった。だけど僕には、この世界で使えるお金が一円もない。何か売れるものがないかと考えて、携行缶に入れたガソリンを持っていることに気づいた。あとは、ソラさんが知ってる通りさ」

「なるほどね。でも、そうなると少しシナリオを変えなきゃいけないな」

「どういうこと?」

「箱の話だよ。僕はさっきまで、君がきくゑさんにあの箱を渡すために、この世界に来たと思ってたんだ。手紙を先に見てたからね」


 ソラさんは、すごくまじめな顔をしてこう続けた。


「だけど、箱を送り付けた人間が別にいて、君が自発的にこの世界に来たんじゃないというなら、話は違ってくる。きくゑさんが嘘をついてないにせよ、箱は渡さない方が良いかもしれない」

「どうして?」

「情報が少なすぎるからさ。あの箱が時空転移装置であることを隠していた以上、売主が君の味方だとは限らない。きくゑさんだって同じだ。うがった見方をすれば、急に全力さんがしゃべりだしたことだって、何か裏があるかもしれない。七十四年後の未来で、猫が普通にしゃべってるなら別だけどね」


 もっともな話だと僕は思った。きくゑさんの言葉に悪意は感じなかったし、ユキさんも、現時点では僕の味方だと思うが、ソラさんがそういう風に考えるのは無理もない。


「君の言う事はもっともだ。ただ僕は、明日の夜、きくゑさんに会う約束を既にしている。それをすっぽかすのは、人としての信義にもとるんじゃないかと思うんだが、どうかな?」

「いや、ボクも行くことは反対しないよ。箱を持っていくことに反対してるだけだ。箱はこちらの切り札だ。それを最初に切るバカはいない」


 そうかもしれないなと、僕は思い直した。この世界の歴史を先に進めることに焦りすぎたかもしれない。歴史をなぞるというなら、この選挙では、きくゑさんは落ちた方が良い可能性すらある。


「アケミさんはもう、箱を持っていくことを約束してしまったのかい?」

「いや、そういう訳じゃない。『角栄から預かっている品がある』と伝えただけだ。そうでも言わないと、対面が叶わないと思ったからね」

「それは良かった」

「箱の事を聞かれた時も、『存在は知っているが、預かってはいない』と答えた。だから、手紙さえ書き直せば、トラブルにはならないと思う。ただ、『それなりに価値のある何か』を持っていかないと、話のつじつまは合わなくなるな」

「もしかしたら、角栄の形見の品になるかもしれない品だもんね」

「その通りだ」


 僕がそう答えると、ソラさんは少し考えるようなそぶりを見せた後、こう言った。


「手紙の内容について、確認しておきたいんだけど、きくゑさんが今、田中土建工業の社長さんで、理化学研究所とのつながりもあるのは、本当なんだよね?」

「つながりの方は分からない。だが、田中土建の方は確実だ。側近も、事務所の人たちも皆、候補者に接するというよりも、社長に接するような態度だった。きくゑさんが、会社を引き継いだって話は本当だろう」

「わかった。じゃあ、その『品』については、僕が責任を持って請け負おう。まさかこんなことになるとは思わなかったけど、考えようによっては、箱よりも素敵なプレゼントになるかもしれない」


(続く)

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