第二章「仙台死闘」編
第13話「全力さんとの別れ」
あれからしばらくたったが、ガサのニュースが新聞で報道されることはなかった。金融庁は面子を大事にするところだから、僕を取り逃した彼らが、マスコミに情報を流さなかったことは十分にあり得る。だが、あの日の出来事は夢ではなく、確かに存在したはずだ。
何故なら、箱は今も僕の手元にあるし、爆弾の話も本当だったからだ。箱の中には一通の手紙と、爆発物の仕掛けられたノートパソコンが入れられていて、パソコンを起動すると、起爆シークエンスが自動的に発動する仕掛けになっていた。一度起動すると解除は不可能で、起動から二分後に爆発すると、その手紙には書いてあった。
爆発物の入ったノートパソコンは、赤瀬川さんに頼んで内々に処理して貰ったが、彼の身内すらドン引きするほどの、強力な殺傷能力を持つ爆弾だったそうだ。
全力さんがしゃべることは、あれから二度となかった。居眠りしてる時に、僕は何度も話しかけてみたけど、全力さんが不機嫌な顔をして目を覚ますだけだった。今となっては、あの日の車内の会話は、逃亡に成功して興奮状態だった僕が見た、白日夢だったのかなと思ったりもする。
車は無事に金融流れのものを手に入れたが、相場を張る気にもならなかった。口座はどうせロックされてるに決まってるからだ。僕は全力さんと共にあちこちをプラプラしながら、無為な日々を二週間ほど過ごした。
今のところ、僕の人生は特に何も変わってない。スマホとパソコンを失い、相場が張れなくなっただけだ。彼女の審査に合格した時、それは実際には仮合格だった訳だけど、僕はとても嬉しかった。彼女の最後の質問は、「僕がこの箱の所有者になって、一体何をしたいのか?」というものだったはずだ。僕は何と答えたんだっけ?
「もし、僕が箱の所有者となって、何か力を持つことが出来るのだとしたら、僕は僕の大切な人たちの存在を世に知らしめることに、その力を使いたいと思う。良い部分も悪い部分も含めて、それを出来るのは僕だけだと思うからね」
その言葉を思い出した僕は、自分のやるべきことをちゃんとやろうと思った。それで僕は全力さんを連れて、仙台市某所にある、赤瀬川さんの事務所に顔を出した。
「久しぶりだな、アケミ。どこで何をしてたんだ?」
「この先どうするかを考えていました。連絡できずにすみません」
赤瀬川さんの息のかかっている店で車を調達し、パソコンの処理を端んだ後、僕は一切、彼に連絡を取ってなかった。別に余計なことを言わなくても、ガサを喰らった事実さえ伝われば、赤瀬川さんなら万事うまくやってくれると思ったからだ。
下手に連絡を取ると、赤瀬川さんが被疑者隠匿の罪に問われかねない。今日も全力さんを返したら、直ぐにお
「で、これからどうするつもりなんだ?」
「もう一度、剣乃さんのために自分の時間を使おうと思います。しばらく旅に出ますので、全力さんをお返しに来ました」
「
「相場師としての剣乃
「そうか、ちょっと待ってろ」
赤瀬川さんはそういって、それ以上は何も聞かずに事務所の奥へと消えた。そして、かなり厚めの封筒を持って戻ってきた。
「餞別だ。お前ならきっと、一年は潜れるだろう。車もやるよ」
「ありがとうございます。遠慮なく頂きます」
おそらく、二百万はあるだろう。別に金をせびりに来た訳じゃなかったんだけど、お上に居場所を気取られぬためにずっと出金できずにいたから、正直、助かった。手持ちの現金も合わせれば、二年は楽に暮らせるはずだ。
「具体的には、何をするつもりなんだ?」
「もう一度、小説を書いてみようと思います」
「そういや、お前は物書き志望だったな。食うために始めた相場にどっぷりと浸かって、気づけば兄貴の片棒を担いでたが……」
「そうですね」
僕は苦笑しながら、そう答えた。僕を仕手の世界に引きずり込んだのは、他ならぬ赤瀬川さんである。決断を後悔したことは一度もないが、もしあの時、彼と出会ってなかったら、僕はまったく別の人生を歩んでいたことだろう。
「俺には文学は分からないが、しばらく物書きをやるのもいいだろうさ」
「はい」
「お前の管理してた口座の事は、俺がいずれ何とかしてやるよ。あんな事件、どうせそのうち時効だ。お前のガラを抑えなきゃ、差押えまでは出来ないはずだしな」
「そうですね。その件については、全て弁護士の稲見先生と赤瀬川さんにお任せします。復帰する時には、必ずお役に立ちますので。じゃあね、全力さん」
最後に全力さんをひと撫でして、僕は赤瀬川さんの事務所を離れた。旅の支度は既にしてある。
「これから暑くなるし、とりあえずは、涼しい所に向かうか……」
僕はそう独り言ち、新潟方面に車を走らせた。お気に入りの図書館と温泉があるからだ。田中角栄の記念館にも、久しぶりに行ってみたい。
『本気で創作に打ち込む時には、一人にならなきゃいけない』
それが、若い頃からの僕の信条だった。
この日から、僕の人生は大きく変わった。いや、具体的に何か変わった訳ではなかったけれど、生きることに【張り合い】が出来たのだ。寂しくなかったといえば嘘になるが、再び創作に挑むという喜びの方が遥かに勝った。
(続く)
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