自称幼女のつれづれなる日々は失われました

砂塔ろうか

つれづれなる日々のおわり

岩魚神父――[06/22/01:32]

やあやあどうも。皆さんいかがお過ごしでしょうか。緊急事態宣言も解除されて、日常は戻りつつあるわけですがどうでしょうか? ちなみにわたくしは引きこもりなので緊急事態宣言前も後も日常に一切変化はございません。


さて。


引きこもりの私は本日、珍しく外出しました。友人のA氏が私を無理矢理部屋から引っ張り出してきたのです。


「せっかくだから、釣りでもしよう」


なんて言って。なにが「せっかく」なのか、なぜ釣りなのか。引きこもりの私には皆目検討もつきません。


とはいえ、太古の昔に少しばかり、釣りの経験のあった私にとって釣りなど容易きこと。最新式の釣竿には慣れを要しましたが、それも小一時間もあれば十分な塩梅になりまして。


さりとて、ただぼうっと釣りをしていたばかりではございません。私の知らないうちに変容する世界というものを、私は今日認識したのです。


水辺で釣りをしていれば、昔なんかは何度か河童を一度として見るのが常でした。「寝るな釣り人、尻子玉取られるぞ」なんて看板があちこちの釣り場にかかっていたものです。しかし、今日は一度として河童の姿を見ることはありませんでした。


「この辺の水辺はもうみんな、人間が家に引きこもってる間にやられてしまったよ」


A氏は言いました。彼女は水辺のものどもと友誼を結んでいたのでしょう。かすれた声で言いました。その言葉はどこへ向くこともなく、私はただ、A氏の言葉が空気の溶けるのを黙って待つしかありませんでした。引きこもりの私に、口出しできることなど何もなかったのです。


そうそう。変わったことと言えばもう一つ。私たちが喋りながら釣りしてますと、近くの教会に住まうという神父様がおいでになったんですよ。


「あなた方、釣りとはまた随分と風流なことをなさるものですね。しかしここでの釣りは少々、困るのですよ」


やれ神がどうとかイエスがなんだとか、神父様はよく分からない説教を私たちにしてくださいました。いかほどのありがたみがあるのか分かりませんが、まあそれなりに御利益のある説教だったのでしょう。


そんな神父様にA氏はこう言いました。


「なるほどなるほど。然らば、我々はここから去るべきなのでしょうね。ああしかし、そのようなありがたいお話を無償で聞いて帰るわけには参りません。そこで、この釣れたばかりの新鮮な魚を使った料理を、お礼と言ってはなんですが、あなた様に振る舞いたく存じます。いかかでしょう」


神父様は喉をごく、と鳴らし快諾しました。


するとA氏はどこからともなく、次々とキャンプ道具や食材を持ってきてすぐに料理を始めました。あたり一面においしそうな芳香たちこめても、河童もなにも、姿を見せることはありません。A氏の言う通り、このあたりは浄化の光にすっかり包まれてしまったと見えます。


間も無くして、A氏の料理が完成しました。パエリアにチャーハンに香草焼きに塩焼。いずれ劣らぬ絶品ばかり。


三人一緒になって料理に舌鼓を打つうち、神父様の心もほぐれてきたのでしょうね。彼は満足そうにお腹をさすりながら、帰って行きました。きっと教会へ行ったのだと、私は思ったのですが不思議や不思議。地図を確認してもこの周辺に教会など一つとしてありはしなかったのです。


「浄化の光から逃れるための方策の一つだろうね」


A氏は言いました。


「穢れを塩にしてしまうあの光は、すでに浄化されているものにまでは効果を発揮しない。彼はきっと、心身ともに神父となることで、塩になる前に自らを信仰によって浄化せしめたんだ」


けれど、食べ物で気をよくしてうっかり眠りこけて網に捕まってしまい、こうして我々に腹をかっさばかれてしまったのでは塩になってしまうのとさほど変わらないでしょうに。


ええ、あの神父様は岩魚いわなだったのです。大きな大きな、そしていかにも美味そうな岩魚なのでした。


神父様が去ってのち、ほどなくして我々は大きな岩魚を捕まえました。これは美味そうだ。どれ食ってみよう、と腹をさばいてみて驚いた。腹の中には我々が先ほど食ろうた料理とおんなじものがはいっていたのですから。


岩魚坊主、という妖怪の亜種とでも言えば良いのでしょうか。坊主ではなく神父なので岩魚神父ですね。まあそんなところで。


「ありがたく、いただくとしよう」


A氏は言いました。


「名のある怨霊が聖なる光による終わりなき浄化を止め、この平穏な日常を取り戻してくれた今、きっとこの世界はふたたび、混沌に還ってゆくだろうね。その果てにはきっと、失われたものたち――たとえば河童とか――にもいつの日か、まみえることもかなうよ」


だから、この聖なるものとなった岩魚を喰らいて、我々は聖と穢の混じりものとなるのだ――そう、A氏は言いました。今は一介の座敷童である私を外に連れ出したのもまた、こういった思惑によるものだったのかもしれません。


引きこもり続けるばかりでなく、外に出て、外の空気を吸い込み、存在の保有要素数を増やしてゆく。その果てに待ちうけるは、絵の具をぐちゃぐちゃを好き放題混ぜた時と同じ、混沌の色。永いこと、座敷童をやってきた私にも変化の時が訪れているのでしょうと、そんなことを思う昼日中のことでございました。


――まあ、私があんまり外にいると、千年以上も長くお世話してもらってる一族が没落してしまいかねませんので、当分は続けますけどね。座敷童。とりあえずは、一族の終焉を見届けるまで。私にはその責任がありますから。


ちなみに本日、この文章はA氏の家にて綴っております。


「せっかくだからうちに泊まってってよ。一晩くらいなら平気でしょ?」


なんて、お誘いいただいたので受諾した次第。A氏の家の回線は素晴らしいですね。インターネットが加速してインタネットになりました。快適! 快適! 快適!


一族のお屋敷に戻ったとき、私は果たしてインターネットライフを満喫できるのか、なんだかとても心配でなりません。


  ――『つれづれなる日々』[06/22/01:32]投稿

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