〇〇が飛んできた!

ためひまし

第1話 スーパーボールが飛んできた!

 ぼくは道に迷っていた。初めての土地で緊張しているのはぼくだけではなかったようだ。携帯も充電が切れ、ただの鉄屑になっていた。一直線を歩いているだけだっただけのぼくのもとに分かれ道が現れ、さらには神の手助けともいえる簡易的な小地図が道と道の合流地点、坂道のたもと、T字路の真ん中にある掲示板の中に埋まっていた。釘付けになっていた数分間でその小さな地図を頭の中に埋め込もうとしていた。


 「痛って!」


 ぼくはその痛みの反動でしなるように掲示板に頭をぶつけた。謎が痛みで隠される。額をやさしくさすり、この痛みはおそらく額にぷくりとふくらんだおおきなにきびのせいだろうと確信する。

 ふと後頭部の痛みを思い出した。辺りを見渡して当たったものが何か見てみるものの、わかることは整った道ではないが、それでも綺麗な道であることだ。都会の道はたしかにコンクリートで塗り固められ、小綺麗に見えるだろうが、中にはガムや人の唾が塗り固められている。そんな道がとても綺麗だとは思わない。もしかしたら道は地域性を表すのに最適なのかもしれない。そうこう考えてもいたが灯台下暗しだった。足元に犯人はぽつりと転がっていた。


 「スーパーボール?」


 スーパーボールがぶつかってきたようだ、それ以外に考えうる可能性がない。それにしても日本中を探しまわってもスーパーボールに当たったなんて例はないと思う。そのくらいにぼく自身が一番驚いていた。桃色で直径三センチメートル程度の大きめのものだ。半透明で底が見えそうで見えないのがなんとも芸術を感じられて綺麗だ。坂道の上、そこから転がってきたのに間違いない。今すぐにでもその未知を探求したい気持ちでいっぱいだったが、待ち合わせに遅れるのは流石にまずい。今日は彼女のシルエットのある待ち合わせ場所に行こうと決めた。今日はお預け、翌日また来ようと誰もいないT字路とスーパーボールに誓った。


 翌日、約束通りこのT字路に来た。今日は開け放れたような晴天で、暑くもなく寒くもない心地の良い世界がぼくとスーパーボールのなかにはあった。半透明の桃色を手のなかで転がしながら坂の上を見つめていると、またどこからかスーパーボールが転がるように落ちてきた。最初はゆっくりと弾み、だんだんとスピードが積み重なっていく。速さも高さも人並みになったころに掲示板に音を立てて当たり跳ね返る。こんなものが後頭部に直撃していたかと思うと背筋が自然と伸びていた。スーパーボールは一度だけ坂を上ろうと跳ねていったが、坂のちからには勝てずにぼくのもとへと迷いこんできた。ゆっくりとしゃがみこみ拾い上げると黄色い笑顔が覗きこんできた。そのプリントされた笑顔がぼくにはどうしようもなく眩しかった。きっと晴天のためだと思う。

 

 手元にある二つのスーパーボール。ぼくが小さかった頃と同じように原始的なおもちゃだ。そんなおもちゃの出所がとても気になった。坂道の上、角度で言えば三十度くらいの青空と道の切れ目。そこにきっとぼくの答えがある。そう思い、一度こぶしをぎゅっと握り歩き出した。

 一歩目を力一杯に出したそのとき、音もない住宅街に色々な音が弾んだ。見る限り二十から三十もの数のスーパーボールが思いおもいの道を弾みながら落ちてくる。驚いたぼくはアニメのキャラのように目をこすって確認するも嘘ではなさそうだ。急いでT字路の端、人間でいうところの脇に逃げてその一部始終を眺める体勢をとった。五秒ほどの時間のあとにニ、三十の石飛礫が銃撃戦のような音を立てて掲示板にぶつかる。こんな光景は二度と見られないだろうとその様子をカメラの目で焼きつけた。手元にある二つのスーパーボールに惹かれたのか散らばった仲間のもとへと身体は勝手に動いていた。現場に着いたぼくは一つひとつの個性を認識した。赤色だったり青色だったり笑顔だったりと色も柄も大きさも個性の塊だった。

 腕のなかいっぱいに詰めこんだスーパーボール。どうしても一個か二個がこぼれてしまう。やっとの思いで腕のなかの山の上に乗っけると、そのままの勢いで確度三十度の坂を上った。ぼくの体勢が斜めに傾き、こぼれそうになるがけれどスピードで誤魔化した。走っていった先に今度は十字路が現れた。前方には強いて言えば自動販売機。左には銭湯がひとつ。右には。


 「駄菓子屋だ」


 懐かしさに思わず声が出ていた。この腕のなかの山を対処してくれそうな、この腕のなかの山の根源でありそうな駄菓子屋にそのまま駆け込む。玄関口に立つとおばちゃんがかがんで何かをしている。駄菓子屋のなかは思ったよりも暗く、自然光だけの生活をしているようだった。眩しさと暗さの境に立ったぼくはまだ目が慣れておらず、ぼんやりとしか見えなかった。

 数秒でぼくの目は慣れ始め、ちょうどそのタイミングでぼく自身も声が出た。


 「すいません……」


 細々しい言葉におばちゃんが反応した。


 「あら、いらっしゃい。ごめんねばたばたしてて」


 何の焦りもなくそう言い放つ姿に、安心感を覚え素直に言葉が放たれる。


 「いえ、あの……これ落ちてきたんですけど……」


 少しだけの疑問交じりの言葉でそう答える。


 「あらあら、ごめんね。そこのかごに入れてくれませんか」


 ぼくは言われるがまま指の方向でさし示されたかごにニ、三十のスーパーボールをそのまま垂れ流すように落とした。

 床に広がっているスーパーボールに気がつく。おそらくではあるが、六十くらいのスーパーボールが転がっているように見える。言葉を一言かけてぼくもかがみこむ。


「大丈夫ですか。ぼくも手伝いますよ」


 おばちゃんと共にスーパーボールすくいを始めた。縁日のような活気はないけれど、それでもどこかたまらない楽しさを感じた。この規模がぼくは好みなのだろう。広いところに多い人数ではなくて狭いところに少ない人数のその空間が好みなのだろう。そのなかに生まれた会話をぼくはしっかりと覚えていた。


 「おにいちゃん、見ない顔だけどどこから来たの?」

 「えっと、隣町の保木町からです」

 「あらそうなの。遠いところからわざわざありがとうね」

 「いえ、とんでもない」


 大したことのない会話だったけれど、それでもぼくには印象的に映ったのだ。スーパーボールを全て拾い終わったところで会話は途切れてぼくは立ち上がった。ぼくのおばあちゃんであるかのような優しさに包まれ、言葉も少なかったけれどそれでもまた来たいとそう強く思った。今度は彼女と一緒にと。


 「そうだ、少しゆっくりしていってくれないかしら」

 

 そうおばちゃんがぼくを手で家と統合された縁側のような場所へと誘導してくれた。ぼくはそのままその手の方へ歩いていき、腰をかけた。高くも低くもない丁度いい高さの縁側で風は無いけれど、昔の自分を思い出させてくれる場所だった。

 

 「お手伝いの代わりにこれあげるわ」


 そう言っておばちゃんの手に握られていたのは『ペペロンチーノ』と書かれた赤・白・緑のイタリアをコンセプトにした駄菓子だった。どうやらこれがこの駄菓子屋の売れ筋らしくこのペペロンチーノが最後の一個だった。この駄菓子にはぼくも懐かしさがあり、小学校の中学年。手に握りしめられて手汗に濡れた百円をペペロンチーノと交換していた記憶があったのだ。毎日のように通いながらその駄菓子だけを求め走っていた。そんな懐かしい思い出が詰まっていた駄菓子だ。

 待ち遠しい三分間も昔の記憶を辿れば一瞬だった。おばちゃんの言葉で現在に戻ってくる。


 「はいどうぞ。召し上がれ」


 おばちゃんの声が途切れる前に蓋を開けた。すると、もっと鮮明な思い出が湯気になって現れる。昔も今も変わらない自分の立ち位置に安心する。こことは違ったけれど昔もパイプ椅子に腰をかけプラスチックのフォークですすっていた。その隣には優しい目でぼくら、子供たちを見守るおばちゃんの姿があり、外には喧嘩のない閑静な住宅街が広がっている。ここには笑顔が出入りしたのだろうな。そしてこれからも。そう思った途端に笑顔がやってきた。


 「おばちゃん! 当たったよ!」


 わんぱくな小学生だ。ぼくはその子たちが来たのを合図に立ち上がった。ぼくとおばちゃんは目と目で挨拶を交わし、ぼくは少しだけお辞儀をして帰った。かしこまったお辞儀じゃなくて『また来るよ』を込めた首先だけのお辞儀。

 ぼくは小学生三人の活気を背に満点の青空の下、彼女のいる待ち合わせ場所に向かった。

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