ペンギン少女は不愛想なゴリラと恋する夢を見ない

エリュシュオン

出会い編

第1話 期間限定の許嫁!?

「冴姫さん、恭太郎、今日から二人には期間限定で許嫁になってもらうぞ!」

「…………はい?」

 突然、告げられたとんでもない爆弾発言に私は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 期間限定の許嫁……?

 突飛すぎて理解できなかった。

 節約家で堅実な父がいきなり「二人で高級フレンチでも食べに行こう」と言い出したから、何かがおかしいとは思っていた。

 しかも着いてみたら、ゴリラみたいに屈強な中年男性と同い年くらいの不愛想な男の人がいたのだ。

 まさか、お見合いだったとは……。

 私は冷静に右手を挙げて、向こう側に座っている中年男性に尋ねた。

「すみません、順を追って説明していただけますか?」

「おっ、ずいぶんと冷静だな! 流石は圭治の娘さんだ!」

 ゴリラのような風貌に豪快な笑みを浮かべるこの人は、武蔵豪太郎さん。私の父、海原圭治の友人だ。詳しくは知らないが、二人の父親同士が親友らしく、子供の頃はよく遊んでいたそうだ。

 豪太郎さんは感心したように頷くと、説明といえるか微妙な説明をした。

「実は俺の親父が末期がんに侵されていてな、今入院しているんだ。寿命はもって四ヵ月と言ったところなんだ。親父に幸せな最期を迎えてほしいから、冴姫さんとうちの恭太郎には許嫁になってほしい、というわけだ!」

「……何故、そういう経緯になったのかをご説明ください」

 理由は分かったが、私は全く納得できなかった。

 そもそも許嫁なんて……どうしてそんな時代錯誤な発想になったのだろうか。

「いや~、本当にしっかりしているな! うちのバカ息子たちとは大違いだ!」

「お父さん、私でも納得できるように説明して」

 おそらく豪太郎さんからはまともな説明が受けられない。

 私は父に説明を乞うことにした。

「急な話ですまなかったね、冴姫。けどこの話はおじいちゃんが決めたことなんだよ」

「……どういうこと?」

「なんでも豪太郎のお父さん……修治郎さんの夢だったそうなんだ。『孫たちが幸せに過ごしている様を見たい』。ずっと仕事一筋の人だったからね。だから修治郎さんが亡くなるまで、恭太郎くんの許嫁になってくれないか?」

「……なるほどね、事情は分かったわ」

 親友が最期を迎える前に夢を叶えてあげたい。

 私の祖父が修治郎さんを思う気持ちは理解できるし、どうやら私たちを結婚させることが目的ではないようだ。

 だが正直言って、見返りがないなら私はやりたくない。

 やりたくないのは豪太郎の息子さんも同じようで、この状況を全く受け入れていないようだ。

「父さん……やはり自分は反対です」

「おいおい、今更なんだよ! 期間限定なんだからいいだろ!? それとも冴姫さんに不満があるのか?」

「期間とか相手とか、そういう問題ではありません。自分は嘘をついて騙してまで祖父さんを喜ばせたくないです」

「男なら腹を括れ! 別に犯罪じゃないだろ!?」

「嫌です」

 どうやら完全に説得出来ていなかったようだ。

 突然、始まってしまった口論に気の弱い父はあたふたしてしまったが、私は高みの見物を決め込んでいた。

 豪太郎さんの息子さんのことはなんとなく父から話を聞いていたが、実際に会うのは初めてだ。

そんな相手といきなり許嫁になれ、なんて普通なら拒絶するだろう。私だって嫌だ。

 だから豪太郎の息子さんの人となりを知っているわけではない。

だが……何故だろうか、私は彼のことが気に入ってしまった。

 意地っ張りで頑固ではあるようだが、誠実で心が真っ直ぐな人だと思った。

 今にも殴り合いに発展してしまいそうな険悪な雰囲気の中、私は豪太郎さんに告げた。

「分かりました。やりましょう、仮の許嫁」

「えっ!? いいのか、冴姫さん!?」

「ええ、修治郎さんには父もお世話になっているので」

 私は澄ました顔で答えると、豪太郎さんはこれでもかと感激した。

「ありがとう、冴姫さんっ! こんな愚息だが、よろしく頼むよっ! ほら、恭太郎も!」

「自分はまだ『やります』なんて言っていません」

「いい加減にしろ、恭太郎っ! 祖父さんの夢を叶えようとは思わないのか!?」

「もっと違うやり方があるでしょう? 自分は絶対にやりませんからね」

 彼は豪太郎さんの言葉を聞き入れない。

 あまりにも困っている様子だったので、私は彼を説得することにした。

「別にいいじゃないですか。本当に結婚するわけじゃないんですし」

「尊敬する人に嘘をつくなんて、まっぴらごめんですね」

「嘘だって貫き通せば真実になります。修治郎さんにとっての真実が幸せの方が、あなたにとってもいいんじゃないんですか?」

「…………」

 彼はそれ以上、何も言ってこなかった。

 こうして私と彼は約四ヶ月の間だけ、許嫁として同居することが決定した。

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