第71話 番外 指輪を探して……

 

(うわ………)

 何気なく覗いた宝飾店で、店員の提示する想定予算をはるかに超える値札を見て内心で悲鳴を上げた。


「だから言ったじゃろうが、安物で良いと」

 葛様が苦笑を浮かべてフォローして来る。

「大体、あの店頭に有った物の値段が何で出来て居るかを考えい」

「石の値段では無く?」

「あの店に置いて有った石は二束三文じゃ、一緒に付いてくる証明書の紙切れが高いだけじゃ」

「でも、高いのの方が男としての甲斐性が見えるって店員が……」

「ど阿呆」

 膝裏をゲシっと蹴られた。

 そこを蹴られると勝手に膝が折れるので、バランスを崩す。

 咄嗟に蹴られて居ない方の膝も曲げて真っ直ぐしゃがむ様にしてバランスを調整して受け身を取る。

 倒れはしないが動きが大きいのが困り物だ。

「物の相場も知らんで身の丈の合わん物を、儂に聞かずに店員の口車に乗って買う様な馬鹿物じゃあ、財布が幾つ有っても足りんわい」

 しゃがんだ体制のままなので、葛様に見下される状態のままお説教を聞く。

「第一、ワシに対して金でどうこうした人間側の価値が通用するとでも?」

「前回の報酬交渉」

 クトルー戦一回での3億要求にはびっくりした。

 因みに、クトルー騒ぎの諸々を終えた所、此方も査定が上がって甲種の3級に等級が上がって居る、一現場10万ちょいの支給なのでかなり美味しいのだが、何時も仕事がある訳では無いので、体感的に未だ器と言うか、財布が大きく成って居ない、結局小市民感が抜けていないので、こう言った高額商品を買うには色々と躊躇する。

「それとは別じゃ」

 頑張って打ち返して見たが、どうやら駄目らしい。

「じゃあ、何処のを見れば?」

 素直に聞くことにした。

「ん? 何処かじゃと?」

 葛様の視線が横に滑って行くので、視線を追いかけて見る。

「アレじゃな?」

 路地裏にある、暗く寂れた感じの質屋だった。


『骨董質屋 漆黒堂』

 真っ黒い看板、いや、漆黒の看板が店の顔として鎮座している。

 葛様が先陣を切ってドアを開けると真っ黒な店内が視界に広がった。

「よう、宗易(そうえき)? ボッタクっとるか?」

「いらっしゃい、葛の葉様、人聞きの悪い事を言わんで下さい、ウチは相場通りの健全経営ですよ」

 葛様が店に入って開口一番酷いことを言うのを、特に気分を害した様子も無くにこやかに心外だと店主が返す、何と言うか、なれている雰囲気の二人だった。

 と言うか、二人共最初から本名を知っている様子だ。序に凄い名前が出てきた気がする。

「えっと、二人共お知り合いですか?」

 流れに乗れなかったので、説明を求める事にした。


「まあ、先ずはどうぞ、富山の杢目羊羹(もくめようかん)です」

 流れる様な所作でカウンター横のイスとテーブルに案内され、無駄の無い動きでお茶菓子が出て来た。

 この店主、身長が目測で180以上有る巨漢で、頭は奇麗に剃り上げて有る見事なスキンヘッドだ。

 千宗易(せんのそうえき)は、茶人以外の描写では戦国時代当時にしても化け物の様な偉丈夫として描かれるが、確かに大物である。

 葛様が頂きますと小さくお辞儀をして、上機嫌で羊羹を食べ始める。

 其の所作を見て習い、頂きますと小さくお辞儀をして羊羹を食べ始めた、お留め菓子らしく、美味しい羊羹だった。

「この一杯を以て、自己紹介とさせて頂きます」

 流れる様にお茶が出て来る。

「相変わらずスカシとるのぉ」

 葛様が感心した様子で呟きながらお茶をすする。

「頂きます」

 此方も一拍遅れて茶をすする。

 何と言うか、凄いお茶だった。

 酔っ払いそうな程だ。

「美味しい‥‥」

 思わず誉め言葉が口をついて出た。

「気に入って戴けて何よりです」

 店主がにっこりと笑みを浮かべる。

 茶の湯はもてなしと言うが、確かに見事な物だった。


「さて、今日はどのような御用向きで?」

 一通り飲み終わり、一息ついたタイミングで話を促される。

「こやつと揃いの指輪が欲しいんじゃが、表通りの店では折り紙の方が高い様な物しか無いから、質流れで構わんから面白い物は無いか?」

 葛様が割と身も蓋もない注文をする、しゃべり終えたと葛様がお茶を飲む。店主がふむふむと言った様子で少し検討するポーズをした後に、奥の金庫から無造作に布に包まれた物を取り出した。

「南極で2億年ほど前の地層から発見された不思議な宝石の指輪です」

 緑系のオパールだろうか? 大きさにして5ミリ程度の、独特の光沢がある石が付いて居た。

「こふっ……」

 葛様が思わずと言った調子で吹き出しそうになったお茶を必死に飲み下してケホケホしつつ、口を開いた。

「其れってアレじゃろう? 宝石と言うか乾燥休眠状態のアレじゃろ?」

「はい、アレです、宝石扱いするには、一般市民相手に流すにはとても危ない物です」

「何でそんなもんがこんな所に?」

「表の普通の店で買い取り拒否されてゴミ扱いされて、途方に暮れた売主が此方に流れて来ました、まともな買取価格が出て来た時点で驚愕されましたよ」

「ダイヤ以外は中古市場ゴミじゃからな、さもありなんと言った所か?」

「普通の店ではコレが何かすら判らなかった様子です」

「分かったらそれはそれで問題じゃな?」

「熱湯に入れるとモドルかもしれませんね?」

「石の大きさから見て、分量的、質量的にアレじゃが、環境整えればあ奴等細胞単体でも殖えるからありえなくも無いな?」

 二人が訳知り顔でコソコソ話しているが、石に目を奪われて其れ所では無いと言うか、不思議と牽かれる物が有った。


 ぱち

 ぱちぱち

 きょろ

 きょろきょろ

 ぱち


 目が合ったと言うか、目が有った……

「起きとるじゃ無いか……」

 葛様が何とも言えない表情を浮かべた。

「気に入られましたな? 揃いですけど、如何します?」

 似たような装飾のオレンジ色のオパールが出て来た。

「まあ、貰おうか、幾らじゃ?」

 元から決まって居たと言う調子で葛様の方で即決した。

「今回はコレで如何でしょう?」

 店主が指を一本立てる。

「コレで良いか?」

 スルっと札束が出て来た。

「毎度ありがとうございます」

 御釣りは出て来なかった辺り、二人の仲では合って居るのだろうが、明らかに変な脱線をしていた。

 

 結局指輪を買いに行ったと思ったら「テケリ・リ」と鳴くタイプの謎ペットが増えた。




 追伸

 千宗易(せんのそうえき)もしくは千利休(せんのりきゅう)、言わずと知れた茶の湯の総本家。茶の湯の神様。葛の葉の子供である安倍晴明を祀る晴明神社に間借りする形で祀られているのと、神としては若輩者の為、葛様には頭が上がらない。言う程葛様は気にしないが、礼儀作法的なモノである。

 この神は漆黒フェチの為、買う時に勧められるまま油断してると服飾品その他、壁紙から家具、茶器一式をコーディネートで真っ黒にされる。

 質に入れる買い取り額も黒系はボーナス付き。

 商談の前に先ずは落ち着けとお茶を出してくれる類の良心的なお店、ちゃんと点てた抹茶では無いけど、タダで出すには高く無いか? と言う感じのお茶が出るので、隠れファンが多い。


 ここの店名と店主候補は、第六天魔王堂の新しい物大好きな織田信長と。へうげ堂(ひょうげ)もしくは物欲堂、物欲の権化、古田織部(ふるたおりべ)が候補に有りました。

 古田織部は微妙に祀る社等が無い為、神としてはギリギリのラインで半分妖怪枠。好みの面白い物を見ると、「げひゃひゃひゃ」とか「うひょひょひょ」って笑うタイプの妖怪。

 妖怪の瀬戸大将でも良かったんだけど、この妖怪に関しては、瀬戸物以外反応しなさそうなので見送り。

 そんな訳でテケリ・リって鳴く宝石、最早結婚指輪とかそういう話じゃない脱線をする辺り、この人達らしいと思います。コレを導入にすれば狂気山脈ネタも出来ましたね。

 因みに、一般的なお茶酔いは玉露系に含まれる高濃度のカフェインを摂取する事によって、一時的に急性カフェイン中毒でクラクラする奴です、エナドリ一気飲みした時に息が上がってゼイゼイしたり気持ち悪くなったりします。血管の拡張効果も有るので多少顔も赤くなります。

 メカニズム知ってるとあんまりロマンチックな物じゃないので、今回の作中のアレは雰囲気酔いに近いと断っておきます。

 

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