第33話 節分

 季節の行事として柊の枝とイワシの頭を玄関に飾る、炒った大豆を升に準備した。

「節分じゃな? 掛け声は如何する?」

 葛様が上機嫌で聞いて来た。

「鬼外福内では?」

「ふむ、其れでは甘い、こうするのじゃ」

 そう言うと、がらりと窓を開けて升に手を置き、目一杯豆を掴んだ。

「おにはーうちー!」

 大声を張り上げて掴んだ豆を空中に放り投げる。

「ふくもーうちー!!」

 続けて声を張り上げる。

 強欲バージョンだった。

「こんな感じじゃ」

「良いんですか? 鬼呼び込んで?」

 思わずツッコミを入れる。

「この時期に活動しておる鬼は基本土着の在来種じゃ、この誘いに乗るのも慣れておる者じゃから、基本悪さはしないな? それにこの家の福は儂じゃ、悪い事が有る筈無かろう?」

 其れはこの葛様だからの力量差、悪さをされる所では無いと思う。

 ピンポーン

 インターホンが鳴る。

「鬼も内と聞いて」

 鬼だった。


 結構な人数の鬼がやれ助かったと上がり込んで休憩をしている。

 赤鬼青鬼緑鬼、男も女も色々いて意外と人と変わりは無い。

 大量の来客用の食糧系の用意は無かったのだが、それぞれ思い思いに持ち寄って居るので、特に世話する必要も無いらしい。

 外では実際の鬼なんて見た事は無いのだが、葛様の領域なのか鬼達が気を抜いたおかげなのか、見鬼の能力を持って居ない自分でも素直に見る事が出来た。

「いやあ、真坂神の座にある葛の葉の君に匿ってもらえるとは、此方土産です」

 鬼のリーダー格らしい一人が、手土産だと古びた瓢箪を取り出した。

「ほう、これはこれは・・・・」

 見た目には古臭い瓢箪なのだが、何と言うか酒の良い匂いがするのが感じられた。

「酒蟲の瓢箪です、お納めください」

 瓢箪を受け取った葛様の目がキラリと光る。

「今時珍しいな、有難く頂くが、一晩の恩義としてはちと高く無いか?」

 受け取る事に迷いはない様子だ。

「最近新顔の魚共がうろついて居ます、強くは無いですが少々面倒でして、気が向いた時にでも退治をと迄は言えませんが、御耳に入れて置く程度に、それと・・・」

「其れと?」

「これからも招いていただけると、若い者達が助かります」

 この時代、避難所は大事らしい。

「ふむ、悪さをして居なければ来年以降も招いてやろう、そして此方からも、こやつは少々霊的に弱くてな? 質の悪いのに憑かれそうに成って居たら助けてやってくれ」

 此方を指差して言う。

 鬼は何事かと此方を見てぱちくりと瞬きをして、目を凝らしてやっと認識できたのが、少し驚いた様子で答えた。

「おお、なんと見事な隠形、コレなら大抵の悪霊には見つからないのでは?」

「そうであろうと、そなえて置くのに損は無いからのう?」

「其れはそうですな、我々は数が多いのが信条、機会が有りましたら力に成りましょう」

 胸を叩いて引き受けてくれた様子だ。

「あの、宜しくお願いします」

「はい、任されましたぞ、こんな可愛らしい少女に手を出すモノは、我々としても敵です、張り切ってやらせてもらいましょう」

 ガハハと笑う、少女扱いされている事には今更突っ込めないが、好々爺と言うか、妙にすがすがしい、鬼の姿勢としては大分不思議な物だが。

「あの、神様と鬼は敵同士では無いのですか?」

「ほう?」

 これは異な事をと言った様子で、きょとんと此方を見て来る。

 話して良いですかと葛様とアイコンタクトを取り、まあ良いじゃろうと納得した様子で双方頷いた。

「鬼の中で明確に敵と成るのは最下級の餓鬼の類です、こやつらは見境も仁義も有りません、目に付いた物は喰らい、奪い殺し、悪事を唆すのが習性、我々鬼は其方より上のランクと成ります、何方かと言うとヤクザっぽいだけの自警団の様な物です、見た目がこれですが悪い事は有りません、役職としては地獄の獄卒の少し下っ端に当たります、ある程度の範囲で道を違えた亡者を地獄に連れて行くのを仕事として居ます、退魔の陰陽師としても仕事もしている葛様とは一部被りますが、人の世で処理すべき物と、あの世で処理すべき物、神が手を出してでもどうにかすべき物、その間で処理すべきものと言う物はある程度区別されております、人が手を下すべき時等は我々は手を出しませんので、あまり気にする事は有りません。長く成りましたが、表立っての敵では無いと言う事だけ覚えて置いてもらえれば幸いです」

「なるほど・・・」

 最期にちゃんと纏めてもらったので大分分かり易く納得できた。

「そもそも、神や仏にとっては悪鬼とは餓鬼の類じゃし、仏像に彫られて居る様に、そ奴らは足拭きマットか鼠やゴキブリ程度の扱いじゃ、今更敵対も何もありはせんわい」

 確かに、神話や仏の話等において苦戦しているイメージはほぼ無い。

 仏像の四天王に踏まれている図ぐらいしか思いつかないのだ。

「そんな訳です、踏みつぶされる相手にわざわざ擦り寄っても得は有りませんからね」

 鬼がガハハと笑う、意外とこの世界は人と神以外でも回って居たらしい。


 その後、葛様も酒を飲みだし、上機嫌に酔っぱらっていた。

 葛様は上気した顔で抱き着いて来る、めちゃくちゃ距離が近いので煩悩を沈めるのに苦労した。

「では、邪魔者は退散します」

 鬼達がとても良い物を見たと言う様子で優しい目を向けながら、気を使ったのか程良い感じに退散していった。


 後日

「お主も少しだけ飲んでみるか? お神酒じゃ」

 神様である葛様にお神酒だと勧められては断れる道理は無い。

「では少しだけ・・・・」

 瓢箪の酒を勧められた、何と言うか雑味は無く妙に爽やかで、初めて飲んだのだが、妙に美味しく感じられたのだが、それ以降の記憶が無い。

 目を覚ますと、何故か全裸で、布団の中で裸の葛様に。

「お主も男の子じゃのう? このけだもの♪」

 と、上機嫌に言われた、一体何があったのか・・・・・



 追伸

 役行者(えんのぎょうじゃ)・鴨系の陰陽師の使いとして前鬼後鬼に届けさせる案と、神在月の集まりの時に清明から強奪してくる案が有ったりした酒瓢箪。今回は鬼に届けてもらいました。

 お酒は二十歳になってから。

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