第16話 指きりの約束(葛の記憶)

「「ゆーびきーりげーんまーん うそついたら はーりせーんぼんのーます ゆびきったー」」

「ちょーっきん」

 陽希が掛け声をかけて勢い良く手を下げて絡んだ小指を外す。

「儂との約束は違えることは出来んからな? 覚悟して置けよ?」

 遊びでは済まないぞと釘を指す。

「大丈夫、僕お姉ちゃんの事大好きだから!」

 自信満々に答えが返って来た、子供ならではの全能感だ。きっといつか空も飛べると思って居る事であろう。

「そうかそうか、其れなら儂は楽しみに待っておるとしよう」

 其れなら、何時まででも待ってやろう、儂にとって10年程度あっという間だ。

 忘れてやるつもりは無い。

「うん、待ってて! 他の人と結婚しちゃ嫌だよ!」

 いっちょ前に啖呵を切って居る。

「せんから安心せい、お主も忘れるなよ?」

「絶対忘れないもん!」

「おう、頑張れ」

「やったー!!」

 先程迄の不機嫌は何処へやら、喜びを表現して居るのか、ものすごい勢いで走り出した。

 神社の境内は広いので走り回る分には丁度良かったなと見当違いな事で感心していた。


「すいません、御手を煩わせて・・・」

 陽希の両親が申し訳無さそうに此方に来た、2人で七五三の御札を買いに行っていたので、その間陽希の相手をしていたのだ。

 機嫌が直り、陽希が父親の背中で寝こけている、はしゃぎすぎて力尽きて、おもちゃの電池が切れた様にぷつりと動かなくなったと思ったら、寝息を立て始めた。

 因みに、何時もより気合の入った女児服だ。ここぞとばかりに父親が準備していた男児用の一揃えは、着た瞬間陽希が体調を崩したので、一生お蔵入りと成った。

「なあに、この程度軽い物じゃ」

「あいつ、男物着れなくて不機嫌でしたけど、やっと元気に成りましたね?」

「何かありました?」

「なあに、あ奴もアレで男子(おのこ)で有ると言う事じゃな、求婚されたわい」

 思わずくすくすと笑みが浮かぶ。

「「え”?!」」

 二人が名状しがたい奇声を上げた、中々良い表情だ。

 その音に濁点が乗るのか・・・・

「其れはすいません、ご迷惑だったでしょう?」

 ぺこぺこと頭を下げ始める。

「儂は構わんぞ、儂相手に指切りまでキメおったからな、神霊の儂相手の約束じゃから無効には成らん、適齢期に成ったら約束を果たしてやろう」

 クククと笑う。

「「え?」」

 キョトンと、狐につままれたような表情で二人が此方を見る。

 儂は狐なのである意味合っておるな? と、変な感心をする。

「覚えておったらと言う条件付きじゃがな、儂は忘れる心算も無い、神霊相手に嘘は通じんからな、覚悟はしておけよ」

 今は意識の無い、寝ている陽希にも聞こえる様にと釘を指す。

「「は、はい・・・」」

 両親も戸惑って居る様だが、こうして話も済んだ、遠縁では有るが、曲がりなりにも儂の血族だ、諸々の意味は解るだろう。


 そんな在りし日の記憶。


 これが陽希と儂の決定的な縁だった。




 そして現在。

「で、アレだけ儂に男らしい告白をキメてくれたと言うのに、何で今更言い訳がましくやらかすかのう?」

 一先ず陽希をからかって遊んでいた、書類上は既に結婚済みだ、先程天気雨、狐の嫁入りが有った事から、お焚き上げ分も無事神界で受理された様だ。

 直ぐに上がる筈だが、どうせだからと傘一つで陽希に持たせ、相合傘にして意気揚々と歩いて居る。

「すいません、あの時より諸々邪念が多くて気の迷いが・・・」

「お主のソレは考え過ぎじゃ、お主は兎も角、儂の逆鱗に触れる様な事をしたらどんな事に成るか位、本家の連中も弁えとるぞ」

「どうなるんです?」

「一族郎党金運が下がるぞ」

「うわぁ・・・」

 其れは嫌だと陽希が何とも言えない表情を浮かべる、金が無いのは首が無いのと同じ、半分死ぬような物だ、こやつも一人暮らしで其れなりに金の大事さは身に付いて居る様子で、命が有れば何てことは言えない筈だ。

「基本的に稲荷は金運と商売の神じゃし、儂の加護が消えると座敷童が居なくなった家の如く没落するな」

 クククと悪そうに笑って見せると、此方の表情を窺っていた陽希が何とも言えない表情を浮かべる。

 因みに、儂の居場所は特に決めていないのだが、本家に居ると下に置いて置かない様な歓待を受ける、恐らく儂の加護を逃がさないようにの、柔らかい檻だ。

 本心では結界でも張って座敷牢にでもして閉じ込めておきたいのだろうが、儂の場合は閉じ込められた場合先ず結界事叩き割る所存で有るし、其れは伝えて有るので、本家の連中も弁えて居る。

「怖いのですが・・・・」

「今朝一番でやらかしたお主が言う事じゃないのう?」

 見上げて、ぎろりと睨みつけて見る、因みに、結果的に結婚の役得を果たしたので嘘を付いた分の呪いを冗談程度に収めて居るが、無しには成って居ないので其れなりに残って居る、具体的にどうなるとは言えないが、あまり良い物では無い。

「御尤もです・・・」

 陽希が縮み上がった。

「で、結局感想は如何じゃ? 子供の頃の約束は果たしたぞ?」

 少し意地悪そうに笑みを浮かべて凄んで見る。

「・・・嬉しいです」

 陽希はしばらく言葉を探して居た様だが、其れだけは嘘では無いと言うように呟いた。

「其れは何よりじゃな?」

 にひひと笑って見せる。陽希が真っ赤に成った。

 背後では丁度良い感じに虹がかかっていた。門出での虹の意味は幸運か、まあ、良い事が有れば良いのう?

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