奇譚夜話五短冊

木船田ヒロマル

交差点

 私が高校生の頃の話です。


 私はその頃、父の実家があるY県T市に住んでいました。

 父方の祖父は父の他に既に身寄りがなく、母は徒歩20分ほどの距離を毎朝通って、祖父の食事や洗濯などの世話をしていました。


 もちろんその後私たちの朝の支度もあるので、母は朝も暗い内に家を出て祖父の家に向かうのですが、ある日、母が「変なものを見た」と私に語ったことがありました。


 祖父の食事の食材などを持って、人も車も通らない朝の道をせかせかと歩いていると、前方の交差点になにか動く影があったと言うのです。


 うちから祖父の家までは、東西に街を貫く四車線の大きな国道に沿う道筋で、母はその脇の歩道をいつものように祖父の家に向けて歩いていました。

 国道に交わる南北に伸びる県道があるのですが、その大きな交差点に、それはいたらしいのです。


 初めは交差点の真ん中に誰かいて、その影が朝日に伸びて長く見えてる、と思ったそうです。それが、車の通りもない交差点の真ん中でチラチラと動いている。

 歩を進めて行くと、様子がおかしいのが分かって来た。

 それは、誰かの伸びた影ではなく、ヒト型ではあるけれども針金のようにガリガリで、手足が異様に長い、黒いニンゲンそのものだった。

 それが交差点の中であっちに行ったりこっちに行ったり、しゃがみ込んだり四つん這いになったり、伸び上がったり縮こまったりして、踊っているような何かの儀式をしているような、とにかく一瞬も止まらずに動き回っている。


 そのあまりに奇怪な光景に一瞬立ち止まり掛けた母でしたが、目立つような行いで「それ」の注意を引いたり、母が注目したことを向こうに気付かれたりしたら嫌だなと感じて、横目にその針金人間の不審な挙動を見ながら、素知らぬ顔をして脇道に曲がり、一本離れた信号から渡って祖父の家に至ったそうです。


 その後、いつも通り祖父の家事をこなし、朝日に照らされる街を帰路に着いた母は再び件の交差点に差し掛かるわけですが、その頃には奇妙な動きの針金人間は影も形もなく、出勤や配達の車の行き交う、いつもの普通の交差点になっていて、母はホッと胸を撫で下ろしながら帰って来たとのことでした。


「次またそいつがいたらどうするん?」

「どうもこうも。また信号一本ずらして避けて通るわ」


 僕はどちらかというとオカルトに対しては冷淡な立場で、正直疲れていた母が半覚醒状態の寝ぼけた状態で歩いていて夢と現実がごっちゃになってるんじゃないかな、と疑っていました。


***


「それ、地縛霊やね」


 クラスメイトのOは、私の話を聞くと妙に確信を含んだもの言いでそう言い切りました。


 Oの家は寺社で、お父上は僧侶だと聞いたことがあったのを、その時久々に思い出しました。私は休み時間の雑談の中で、母が言い出した妙な話としてクラスメイトにその話をしたに過ぎなかったのです。


「影の動きな、踊りでも儀式でもないで」

「じゃ、なんなん?」

「なんとか自分で成仏しようとしてんねん。けど、そのやり方が分からず、かと言って死んだ交差点から出られず、交差点の中でウロウロしては、天に向かって背伸びしたり、地に跪いて祈ったりしてんねん」


 話をしていたのは夏でしたが、私の肌は泡立ちました。


 トラックと、乗用車二台が絡み、三名が亡くなる事故がその交差点で起きたのは、その三日後でした。

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