伯爵さまはギルドに出向!
もちやまほっぺ
第1話 出向命令
王国財務部での6カ月の研修を終え、正式に配属先を告げられる今日、城の大広間は緊張感が漂っていた。静まり返った空間に官吏の声が大きく響く。
「辞令を口達する。アルテミス・グレイ、ポトスの冒険者ギルドに出向とする」
「・・・!・・・はい、謹んでお受けいたします」
出向先が冒険者ギルド、しかもいきなりそんな僻地に飛ばされるなんて何かやらかしたのか。僻地なら5年は塩漬けか、可哀想に。同期たちは驚きと哀れみの視線を投げかけた。
努めて表情には出さないようにしていたものの、アルテミスも失望していた。まだ何もしていないのにいきなり左遷なのだろうか。
「経営状態を定期的に報告するように。意思決定はこちらで検討する」
「・・・わかりました。失礼いたします」
同期たちの列に戻ると、隣のディラックが正面を向いたまま小声で話しかけてきた。
「死にそうな顔をしてるな」
「・・・うん」
「俺は王国財務部でここに残る」
「・・・嫌み?」
「何かあったら言ってくれ。助けになる。あそこは潰す話すら出てる」
「頼むよ。そんなにひどいの?」
「借入が膨らむ一方らしい」
「まだ設立して数年でしょ?」
「軌道にのって安定してもいいころだが、その気配が見えない。だから、経営管理の分かる人間を送って探らせようってとこだろう」
「表向きはそうだろうけど、みんなは係累が重職だったり大商人で、僕は父も母もいない爵位があるだけだから飛ばしやすかったんだろうね・・・」
ディラックはため息をついて答えた。
「・・・ありうるな。ただ、気落ちするな」
「しばらく悩みそうだよ・・・」
頭がぼーっとしてしまう。なんで僕がポトスの冒険者ギルドに?縁もゆかりもない。志願したわけでもない。研修期間中に何か失敗でもしたのだろうか・・・。
気づけば辞令口達式が終わった。興奮して自分の行き先を教えあったり、聞きあったりする同期たちに引け目を感じて、逃げるように自分の城へ帰っていった。
「「お帰りなさいませ、アルテミス様」」
使用人たちがみんなで出迎えてくれる。彼らも今日が何の日か知っており、期待の目が向けられた。期待に応えられないのが分かっている、辛さを感じた。
「ただいま。ネロに話がある」
「は。お部屋に伺います」
執務部屋に長身痩躯で白髪の執事が入り、部屋を施錠した音を確認して切りだした。
「ポトスの冒険者ギルドと言われたよ」
「・・・!・・・鍛えられますな」
「正直、失望した。魂が抜けた・・・」
「世間に揉まれてこいということでしょう。まるで違う人間と交わると目から鱗が落ちますよ」
どうしても気になっていたことをぶつけてみる。
「左遷・・・ってこと?」
「派遣が必要な事情があって、他の候補者より条件が合ったのでしょう。期間や内容は何と?」
「期間は何も・・・。意思決定を向こうでするから定期的に報告しろ、と」
「ふーむ・・・」
執事は左手であごをさすりながら黙る。答えを待ってみたが時間が過ぎるだけだった。
「領地経営をよろしく頼む」
「承知しました。月に一度、報告の手紙を致します」
ネロならきっとやってくれる。父のときからの執事で完璧な男だ。その男から重い一言が放たれた。
「・・・父上さまがご存命でしたら、違う人事だったかもしれません」
やはりそうか。思わず天を仰ぐ。しかし、この人事を拒否したところで他で働けるあてもない。よほどの事情もないし、受け入れるしかなさそうだ。
「仕方ない、行ってくるよ。いつ帰ってこられるかな」
アルテミスは、精一杯の笑顔を浮かべてネロに答えた。
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