雨は嫌いだ。

 この町に移ってから何度か雨の日があった。今日も夜から雨が降るという天気予報が当たり、ジムから帰るころには雨が降り出した。路面は完全に濡れてところどころ水たまりができていた。雨音だけが鳴り響く街灯が5メートル置きにしかない暗く閑静な国道を傘をさして歩いていると、後ろから水をはじきながら小走りで誰かが走る音が聞こえた。

「あの」

女の子の声だった。足を止めて振り返るとそこには赤い傘をさした俺が通う高校の制服を着た女の子が息を切らして立っていた。

「あの、一緒…です」

「え?」

「え? ああ、一緒というのは高校が一緒で、ボクシングジム通っているんです」

「ああ」

 主語がなく単語を並べられたような日本語にどう反応していいかわからなかった。

「私、黒島って言います。あのその、、、えっと、、、」

 黒島と名乗る女子高生は髪はショートカットの目が切れ目で目鼻立ちのはっきりした濃い美形の女の子だった。身長も俺とそこまで背丈が変わらず女性としては身長が高い方だったが、しゃべり方がおどおどしていて容姿と全く不釣り合いだなと感じた。

「ボクシング。今日からですか?」

「あ、ええと。そうですね」

 「そうなんですね! 私は半年くらい前から続けていて、ほら、聞いたと思いますけどウチの高校悪い人がいるって言われていたので、自分の身は自分で守りたくて」

 少し声のボリュームが大きくなって少し早口で話してくる。俺はというと濃い顔の割には凄い自然な笑顔ができるんだなと妙なことを考えていた。

「ボクシングって最初嫌だったんですよ。いや、今も痛いのは嫌ですけど、何だろう、やっていくうちに痛いのも好きになるっていうか、変になるっていうか、面白いなって感じになって」

 どうやら緊張したり、興奮したりすると自分で何を言っているのかわからなくなるタイプらしい。

「何が言いたいかというと、ボクシングって楽しいんですよ。そうそう」

 そして勝手に自分で話を完結して納得している。そろそろこの場から去りたかった。雨が降る道の真ん中でいつまでもいるのも嫌だったし、話の展開的に仲良くなってくださいと言われそうで面倒だと思った。

「ボクシング、どうして始めたんですか?」

 その思いとは裏腹に、彼女は質問を投げかけてくる。

「俺も護身かな」

「ああ!! そうなんですね!! 一緒です。 私、隣のクラスなんです。今日、ジムで練習していたらあなたのこと見かけて、学校でもそういえば見かけたなと思って」

「うん」

 そうだ。こんな展開前にもあった。あいつと出会ったのも雨の日で、今日よりも雨がよく降っていて、それにもかかわらず傘も持たずに走って近づいてきて今日傘忘れたから傘入れてくれない?とびしょ濡れの服のまま俺に引っ付いてきて一緒に帰った。そこからいあいつと仲良くなった。あいつもよく1人で暴走してしゃべったり、行動する癖があった。

「家どこですか?」

「えっと、ここから10分くらい歩いた公園の近く」

「え? 嘘? ホントですか? もしかして、それって鬼公園?」

「鬼公園?」

「そう。公園の真ん中に鬼の顔をした4人くらいが中でかくれんぼできるくらい大きな滑り台があるの!!」

「ああ、そこですね。鬼の口が滑り台になっている。そこは鬼公園って言うんだ」

「いえ、私たちが勝手にそう名付けているだけです」

 そう言って、ちらりと彼女が後ろを振り向く。後ろには同じ制服の女子3人がそれぞれ傘を持って立っていて軽く会釈していた。

「私たちもその近くの家に住んでいるんです。ホント奇遇ですね。奇跡」

 良かったら、途中まで一緒に帰りませんか? と黒島に誘われ、誘われるがまま雨の中4人と一緒に家まで帰った。黒島の話だと4人は家が近所で幼い頃からの幼馴染だそうだ。高校もヤンキーがいると噂の学校だったが、親の方針と4人とも離れ離れになりたくなという理由から進学を決めたと説明していた。そして進学するにあたって怖いから4人でボクシングジムに通いはじめたとのことだった。人と一緒に帰るのは久しぶりだった。だがこれきりだなと思った。今度からはこの4人と帰り一緒にならないように練習の終了時間を考えて帰ろう。また明日学校で。と手を振っている4人を見ながら心の中で呟いた。

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