星の貴方に
そーじ
第1話
「流れ星はいいよな、進路が決まってて……」
そうぼやきながら私はヘッドフォンを耳に当て一人で山道を登っていた。
―――重荷が肩にのしかかる。
今日は今年初のオリオン座流星群が見られる日という事もあり、心なしか山道でも人通りが多いように感じられた。
本来、僕には天体観測を興じるような粋な趣味は持ち合わせて居なかった。
天文部に入部したのも僕本人の意志ではなく、親の意向が僕をそうさせたのだ。
就活時には帰宅部ではなくちゃんとした部活に所属していた方が印象がいいという訳だ。
特にめぼしい部活もなかったため活動日が少なそうな天文部にした。
それ自体に反対するつもりもなかったし、むしろ賛同するほどであった為、何の躊躇いもなく入部することに決めた。
初めは乗り気ではなかった天体観測がここまで自分の中で大きな物になったのは紛れもなく部長である貞金七星のおかげだろう。
部長と幽霊部員だけで構成されていた天文部に現れた新入生というだけあって、僕は部長から手厚く歓迎された。
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七星は入部初日から僕をこの裏山まで連れていき、満天の星の下で星について大いに語っていた。
それからあくる日もまたあくる日も彼女は僕に飽きることなく星について語り続けた。
今思い返すと僕はあの頃から彼女に惹かれていたのかもしれない。
次第に僕はここに通い、部長と話すことが唯一の楽しみになっていた。
その年の秋、僕らは付き合うこととなった。
これからの学校生活を楽しみになると思っていた。
だが、僕の抱いていた甘い理想は悲しい現実に切り捨てられた。
年末の頃、夕食時に父から投げかけられた一言だった。
「祥広、お前進路は考えているのか?」
僕は首を横に振った。
「ならお前は私の後を継いで弁護士になれ。そのために私と同じ大学を受験して私と同じ道を辿りなさい」
「……分かりました」
僕は息の詰まる思いで、返事をする。
本当は弁護士には興味もない。
父の言う通りに生きるのも窮屈になっている。
だが、父は弁護士だ。
つまり彼の言うことは正論なのである。だから、父の言いなりになっていれば僕は人生で失敗することはない。だが、何故か僕が彼に抱く気持ちは尊敬といったものではなく、畏怖に近いような感情だった。
食事を済ませ部屋に戻る。
沈んだ気持ちをなだめる様にベッドになだれ込み、スマホを眺めた。
気が付くと僕は眠りについていた。
僕を眠りから覚ましたのは彼女からの電話であった。
聞くと会って話がしたいと言うことだ。
愚かな僕は世間の俗物に流され、彼女の悲壮、事の重大さに気が付いていなかった。
この寒空の中、彼女は待ち合わせ場所をいつもの裏山に誘い出した。
家から十分ほど自転車を漕ぎ、通りに自転車を止め、二十分ほど山を登っていった。
その間、確かに僕の心は踊っていた。
数時間前の父へ対する負の感情は一握りも残っていなかった。
───しかし彼女から告げられたのは僕の浮いた心を地に落とすのにはあまりにも効果的過ぎた。
───彼女は末期のガンで余命は残り半年もないと診断された
彼女の流した涙がそれが悪い冗談ではないことを物語っていた。
そして彼女は僕に「死にたくない」と泣きついた。
僕は自分の無力さにただ立ち尽くす事しか出来なかった。
それからというと、僕らは現実から逃れるように部活に明け暮れ、週末は毎週のように遊んだ。
だが僕らの逃避行は春の息吹を感じる頃には終末を迎えた。
───ある日を境に彼女は学校に来なくなった。
彼女はがんが全身に移転し病院に入院することになっていた。
彼女が来なくなった一週間後、面会可能になった日に僕はお見舞いに行った。
久しく会っていなかった彼女は心なしかやつれて見えた。
それでも、彼女はいつでも明るく振舞っていた。
だが、彼女のお見舞いを繰り返していたある日の事だった。僕はこの人生で一番であろう失敗を犯してしまった。
励ますつもりで掛けていた言葉が彼女を追い詰める形になっていた。
彼女と僕は言い争いになり、僕は一時の感情でその場を後にしてしまった。
───それが一生後悔するきっかけになるとも知らず
悲劇はその日の夜であった。一時の怒りをあしらうように一本の電話が入った。
───彼女がたった今亡くなった。
取り返しのつかない事をした。彼女との最後の思い出が喧嘩別れになってしまった。
それ以来僕の視界は色あせて見えた
その日以来、僕は天文部に顔を出すことはなくなった。
生きる楽しみを失ったと同義の僕は父と同じ大学を目指し、受験勉強に取り掛かっていた。
彼女が亡くなって数か月後、一通の手紙が僕宛てに届いた。
差出人を見て息の詰まる思いをした
“祥広へ七星より”
彼女からの遺書が送られてきた。
封筒には“あの場所で開けてください”と一言添えられていた。
“あの場所”への心当たりは一つしかなかった。
おあつらえ向きにも週末には彼女が好きだったオリオン座流星群が見られるということだった。
あれ以来使うことのなかった山道をヘッドフォンをしながら進む。
あの時は感じることもなかった重荷が肩にのしかかる。
中腹に着きランプに灯を点ける。
かじかんだ手を擦りながらコーヒーをカップに注いだ。
コーヒーを一口啜り封を開ける。
彼女の遺書は当たり障りのない日常の事、生きていればしたかった事、志望校である国立大学で天体の勉強がしたいなど様々なことが書き込まれていた。
手紙の最後にはこう書かれていた。
「好きなように私の分も生きて下さい。最後の贈り物にこれを受け取ってください。あなたのことを空から見守っています」
封筒の中には小さな小包が入っていた。
開けるとそこには七海が付けていたオリオン座が装飾として刻まれた腕時計が入っていた。
僕は視界がぼやけるのを感じ咄嗟に空を仰いだ。
空には流星群が盛大に流れていた。
それを見た僕の頬にも一筋の涙が伝っているのを感じた。
「最後の最後にあなたらしくない……」
その日見た流星群は何故か一際澄んで見えた。
あれから一年経ち大学入試当日に迫っていた
「行ってくるよ七星」
墓石の前に仏花を供え僕は受験会場に向かった。
───国立大学天文学科入試会場
人生で最初で最後の父への反抗。
これを機に自立することも決めた。
一つ息を吐き、胸に手を当てる。
その腕には例の腕時計を身に着けていた。
「よし、行くか」
星の貴方に そーじ @SOJI_OMJ
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