欺瞞の作法⑤
「ほう。その余裕がいつまで持つかな。『
ディートは俺の言葉を強者の余裕だと受け取ったらしい。
ディートの目付きが変わった。
すると、部屋がみるみるうちに明かりに包まれ、俺の視界はホワイトアウトしたように真っ白になった。
当然、ディートの姿を肉眼で捉えることはできなかった。
「『刀剣光』!」
しかし、ディートのパラによる攻撃は、より鮮明に感覚として捉えることができた。
二発目は、容易く躱すことができた。
「芸がないな、これで終わりか?」
「そんなわけないだろ。『
ディートは鼻を鳴らすと、俺を挟み込むように三本の光線を放った。
しかし、その程度の攻撃に当たるほど、俺は
「十六番隊、十七番隊、出撃。それに合わせて一番隊から十五番隊も反転しろ」
「急にどうした、何をいっているんだ?」
ディートがそう怪訝な表情を浮かべた直後、外からゴブリンたちの咆哮が上がった。
そこでディートは、ようやく俺の言葉の意味を理解した。
「まさか、この僕と対峙しながら指示を出しているのか!?」
「ドゥーベ隊、プランβを発動」
「あー、そう、そっちがその気なら、もうお遊びはお仕舞いだ」
ディートは吐き捨てるようにいった。
どういうつもりか、俺の視界も色が戻った。
とはいえ、部屋にディートの姿は目視できなかった。
一体どこへ。
その瞬間、俺はかつて味わったことのない悪寒を覚えた。
窓から身を乗り出し、慌ててその正体を確認した。
「『
つい今し方この部屋に居たはずのディートは、東の外壁の上に立ち、右手をセントあるター要塞の方へ突き出していた。
その右手には、
(瞬間移動? まさか光の速さで移動することができるのか? いや、そんなことよりもあれを止めないとまずい)
「ドゥーベ隊、東の城壁上の勇者を止めろ!」
俺の号令と共に、柱の陰に身を潜めていたダークエルフの兵が総出で炎弾を放った。
対勇者を想定した、魔素を練りに練り込んだ炎弾である。
「ぐっ」
爆炎により、ディートの姿は瞬く間に見えなくなってしまった。
しかし、爆炎の中から放たれた光線は放射線状に広がり、セイントアルター要塞の上層階を塵一つ残さずに吹き飛ばした。
直撃こそしなかったものの、突如として足場を失った見張り台は落下を始めた。
高度二十五メートルからの自由落下、普通の人間であれば無事では済まない高さである。
この肉体は物理耐性を持っているようだが、果たして命は助かるだろうか。
打ちどころが悪ければ、そのまま死んでしまうのだろうか。
(ダメだ、受け身になるな!
「飛べ!」
地面に激突する寸前、俺は腹の奥底から吠えた。
俺の声は質量を持った波の塊となり、見張り台と地面の間に空気の層を作り出した。
俺の叫んだ飛ぶとは少し違うが、その空気の層は衝撃を吸収し、見張り台は踏み締めるように着地した。
「おい、魔王様、大丈夫か!? 生きているなら返事をしてくれ!」
通信装置を通して、チルリレーゼの今にも泣き出しそうな声が脳裏に鳴り響いた。
「平気だ。それより、西の戦況はどうなっている」
「良かった。えっと、魔王様の用意したホブゴブリン部隊の奇襲が上手くいって、戦線を押し返し始めている」
「俺を襲撃した勇者は?」
「わからない。煙が消えたらもう居なかった。跡形もなく燃え尽きたのか?」
「そんなやわな相手ではないはずだ」
「ごめんなさい。そうだったらいいなって」
チルリレーゼの報告を聞いていると、空からぼつぼつと大粒の雨が降り始めた。
「潮時だな」
俺はそう独り言を零した。セイントアルター要塞は最早拠点としての役割を失っており、たとえ人類に占拠されたとしても問題はないからだ。
「ドゥーベ隊とミザール隊はルートAで脱出、ポイントEで合流する。十五分後、俺がそこに居なかったり、連絡が取れなかったりした場合には、置いていってくれて構わない」
「ドゥーベ隊、了解」
「ミザール隊、了解」
「おう、魔王、無事だったようだな」
頭上から野太い声がした。
「ギルグニルか」
「雨は厄介だ、俺様たちの鼻が利かなくなっちまう。ところで、要塞を吹き飛ばしてくれた勇者はやったのか?」
「わからないが、生きていたとしても無傷ではないだろうな」
「生きていてくれないと困るぜ。この落とし前をきっちりと着けてもらわないといけないからな。それより、ここで兵を引くのか?」
「ああ、これ以上の戦闘は無意味だからな」
「戦況はどう見ても勝勢だ。人類軍を皆殺しにできる好機を、みすみす見逃すというのか? 情が湧いたわけじゃないよな?」
「敵は人間ではない。勇者だ。履き違えるな」
「いいや、それじゃあ生温い。俺様たちに牙を剥いてきたやつらの牙は、一本残らず引っこ抜かないといけないぜ」
「貴殿の価値観にケチを付けるつもりはない。ただ、俺とは目指すところが違うようだ」
俺はそういって、腕輪を一つ、ギルグニルの方へ投げた。
「優秀な兵だった。もう俺には必要のないものだ、指揮権を返そう」
「そういう正確な判断ができるところは結構気に入っているぜ、ゲシャシャシャシャ」
ギルグニルは
「ここからはこの俺様、ゴブリンロード・ギルグニルが指揮を執る。野郎共、本陣へ突っ込み、敵の大将首を持ってこい!」
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