欺瞞の作法④

「――困っているようだな」


 一体いつからそこに居たのか、金髪碧眼の少年がそう言葉を発した。


「ぬ、貴様、何者だ!?」


 ぱっと見は人間だが、かもし出される異質な雰囲気に、ミエハル将軍の警戒レベルはマックスまで高まった。


「僕はディート、光の勇者だ」


 ディートは髪をき上げながらいった。


「光の勇者だと? ここは我ら人類軍の作戦行動範囲内だぞ、即刻立ち去れ」


「お前たちのくだらない面子なんてどうでもいい。興味がない。この戦場に魔王が現れたというなら、僕はそれを討つだけだ。横取りといわれるのはしゃくだから、貴重な時間を割いて、こうして伝えに来たというわけさ」


 用件は以上といわんばかりに、ディートは身をひるがえした。


「待っ――」


 ミエハル将軍は慌てて制止しようとしたが、ディートの姿は既になかった。




 俺はセイントアルター要塞の見張り台から戦場を見下ろしていた。


 ミエハル将軍が西にある小高い丘に陣取ることも、西の外壁を壊すために破城槌を用いることも、怖いくらいに想定通りだった。


 敵がどこに群がってくるのかわかっていれば、その地面の下を掘って、空洞を作ってやるだけで落とすことができる。


 城壁にも細工を施して、崩落と同時に倒壊するようにしておいた。


 もちろん、上に人類軍が乗っただけで都合良く地面が割れて落ちていくことを期待したわけではなく、土属性の魔法を得意としているダークエルフが百人、地面を補強していたのである。


 補強をやめれば、地面が割れて人類軍が落ちていくという単純な仕組みである。


 王政の掲げる偽りの正義を信じたまま、無能な指揮官に命じられるまま、わけもわからないまま多くの人間が死んだ。


 俺の作戦で、俺の合図で、俺が殺した。


 しかし、罪悪感はほとんどなかった。


 俺は嘘偽りのない言葉で忠告をし、それを受けてもなお突き進んだのは彼らだからだ。


 ただ、この戦いによって多くの命が失われたことは、しっかりと胸に刻んでおこう。


「まだ戦いは始まったばかり、感傷に浸っている場合ではないな」


 俺はそう集中し直した。


 すると、戦場がカメラのフラッシュをいたように何度か光った。


 見張り台からでは何が起こったのか把握できなかったが、ゴブリン歩兵の戦列の一部が壊滅していた。


(王政の新型兵器か? いや、まともな電子機器すら作れない技術力で、レーザー兵器など作れるはずがないか。となると、パラの力、勇者が現れたと考えるべきだな)


「チル、今の光が何かわかるか?」


 チルリレーゼは仲間の力を借り、ダークエルフの森からセイントアルター要塞全域を俯瞰し、異常があれば逐一俺に報告していた。


 パラだとせいぜい魔素を送り込んで補助するくらいだが、魔法は同じ系統であれば協力して力を増幅させることができるのである。


「わからない。ただ、光線上に居たゴブリンたちは跡形もなく消し飛んだみたいだ」


 残されたゴブリンの残骸は、鎧ごと肉体を削り落とされていた。


「何か異変や気付いたことがあればすぐに報告してくれ」


「ああ、もちろんだ」


 俺は一旦チルリレーゼとの交信を切ると、ゴブリン歩兵の各隊長に繋いだ。


「三番隊、五番隊、八番隊、十一番隊は左右に展開、戦線を維持しつつポイントCまで後退しろ」

「九番隊、聞こえなかったのか、戦線を維持しつつポイントCまで撤退しろ」

「十三番隊が食い込まれている、十四番隊が援護に回れ」

「一番隊、後退の足並みを揃えろ。囲まれるぞ」


 ゴブリンなんて同じに見えているかも知れないが、全てを一と考えて動かすと、所々にほつれが生じた。


 ゴブリンにも運動能力の優劣があり、短気だったり臆病だったりと性格や気質もばらばらで、それをコントロールしていくのが指揮官である俺の役目だと改めて実感した。


 勇者による攻撃も最初の数発だけで、その後は特に何かを仕掛けてくるわけでもなかった。連発できない理由でもあるのだろうか。


 いずれにせよ、当面の間、主戦場は要塞の外になりそうだった。


「――よお」


「なっ……!?」


 いきなり側面から声をかけられ、俺は素っ頓狂な声を上げた。


 振り向くと、そこにはいけ好かないディートの姿があった。


 影を警戒しているのか、窓枠のところに足をかけて、尻を外側に突きだしていた。


「僕は光の勇者だ。一応確認しておくけれど、君が指揮官で魔王だよな」


「違うといったら見逃してもらえるのかな」


「一番見晴らしが良くて、最も安全な場所から命令を出している君が魔王でないなら、誰が魔王だっていうつもりだい?」


 殺気。ディートの肉体から、まるで新型黒死病のような黒い粒子が吹き出るのを感じた。


 その黒い粒子は一点に収束していき、槍のように切っ先をすぼめた。


「『刀剣光フォトン・ブレード』!」


 何が起こるかわからないけれど、俺はその切っ先の延長線上から逸れるよう咄嗟に身を躱した。


 直後、俺の居た空間を閃光が貫いていた。


 あとほんの刹那判断が遅れていれば、俺の腹に風穴が開いていたに違いなかった。


「おや、勘はいいようだな」


 ディートは不敵な笑みを浮かべながら、徐に部屋の中へと立ち入ってきた。


「君が影の魔法を使うことは知っている。じゃあ、どうして僕は敢えて君の土俵に足を踏み入れたのか」


「光と影は表裏一体のもの。どちらにとっても天敵となり得る力だ。つまり、この俺と力比べをしたいんだろ?」


「ご名答、君を力でねじ伏せてみよう。さあ、遠慮なくかかってこい」


 ディートは傲慢ごうまんに言い放った。


 パラの力に飲み込まれてこうなっているように思われるかも知れないが、こいつは最初からこういうやつだった。


「生憎、お前のような雑魚を相手に魔法を使うのは非効率だ」


 声に魔素を絡めて衝撃波を与えることも可能だが、そのような付け焼き刃が通じる相手でもないだろう。


 それに、『強化の声』で二千匹以上のゴブリンに魔素を分け与えており、俺の魔素は底を尽きかけていた。

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