第3話 彼女の名前は藤宮秋波
「やっぱり。藤宮さん、君はセンシティブだよね?」
「だ、だから……、違いますって……っ!」
再び、チリンと鈴の音がなる。やはり彼女は嘘をついている。
藤宮さんは警戒心を丸出しにした、揺れた瞳で僕を見ている。いや、睨んでいると言った方が正しいのだろうか。
それでも、目の前の少女は美しかった。
黒目がちで切れ長の目に、長い
ボブヘアーの黒髪がはらりと揺れる様子は、どこか切なげで。
着崩されていないブレザーは彼女の几帳面さを表わしているようにも思えた。
どこか懐かしさすら覚える、そんな少女。
そんなことを刹那に感じた。時間にしてほんの一秒にも満たない。けれど、時を止められてしまったと錯覚するほどで、彼女のついた嘘の音だけが聞こえていた。
「ストップストップ! 藤宮さん、怖がってるから」
後ろから走ってきた福原が僕の背中をバシーンと叩く。痛え……。けれど、お陰で目が覚めた。これじゃあ、ただの怪しい人だ。
「ごめん、警戒したよね。僕は
「えっと、あたしは
「はあ……」
藤宮は戸惑ったように
「あの、僕たちは別に弱みを握るとか、脅すつもりは全く無くて……。いや、急にセンシティブですか、って話しかけたのは悪かったけど……。もしかしたらそうなのかなと思って」
「……う、うん。……悪意が無いことは分かった。危険も見えないし……」
お、敬語からタメ口になった。少しは気を許してくれたってことで良いのだろうか。危険が見えないって言葉が少し気になったが。僕は犯罪者レベルでヤバい奴なんですかね……? やっぱり変人なの?
「えっと、それで藤宮さんはセンシティブってことで良いんだよね。だよね、ヒロ君?」
「おう、僕の質問に答えたとき嘘の音が聞こえたから間違いないと思う」
「……嘘の音が聞こえる……、ね。その、広瀬君……? が言う通り、私はセンシティブで合ってるよ。でも、どうして分かったの? 気まぐれに質問してきたわけじゃないよね……?」
どうやら藤宮さんは警戒心を解いてくれたようだ。福原が居てくれて助かったな。僕一人だと、警戒されたままだっただろう。女子の力って凄いわ。
「あー……、さっき藤宮さんの前の方にサッカーボール飛んできたでしょ? その数秒前に藤宮さんが急に立ち止まったから。もしかして……と思って」
「なるほど……。あ、じ、自己紹介してなかった……、ね。私は
「へー! だからボールに当たらなかったんだね! すごい! 便利な
藤宮さんはその言葉を聞いた瞬間、少し俯いた。目は物憂げに伏せられており、唇は少し震えている、気がした。
「あ、そ、それでね、あたし達が藤宮さんに声をかけたのはね、あたし達の部活に入って欲しいからなんだ」
藤宮さんの様子を察したのだろうか? 福原は慌てて話題を変えて、部活に勧誘しようとしている。確か、福原は不幸の匂いも分かるって言っていたよな。もしかすると、藤宮さんは能力について良い印象を抱いていないのかもしれない。
いや、それは誰もがそうかもしれない。能力を使って楽しんでいるのはクロ先輩ぐらいなもんだろう。いつか捕まりそう。てか、捕まってしまえ。
「部活……?」
「そう、センシティ部っていう部活名なんだけど。あ、表向きは文芸部ね」
「セ、センシティブ……? なんて……?」
「とりあえず、部室に来てくれないかな? このあと忙しい?」
「う、ううん……。大丈夫……」
そんなこんなで、藤宮さんを誘うことに成功する。途中から福原が喋ってくれていたから、すごい楽だった。やっぱり女子の力は偉大(※二回目)。
三人揃って校舎にユータンするという、不思議な事をすることになったが、部員が一人増える可能性もあるので良いだろう。それに、夕陽に照らされた校舎を見るというのもなかなか乙なモノだ。
普段はこの時間に校舎に戻る事なんて、あまり無いしな。
「ねえ藤宮さん、名前で呼んで良い?
「え、えと……、いいけど……」
「やった! 良かったら私のことも名前で呼んでね。
「わ、分かった。えっと、よろしくね。福原さん……」
「それ苗字だよ?」
「あう……、でも、名前はちょっと早いかなって……」
「分かった。ゆっくりでいいからね」
部室に着くまでの間、福原と藤宮さんが仲良く話していた。
藤宮は若干たどたどしいが、おそらく人見知りなんだろう。僕も人見知りしがちだから気持ちが分かる。
何はともあれ、美少女たちが会話をしているのはそれだけで素晴らしい。乾いた日々の清涼剤のように、心が満たされていくのが感じる。女子の力って偉大だわ(※しつこい)。
そう、僕が会話に参加しないのはこの二人だけの空間を外から眺めていたいからだ。決して、美少女二人と会話するのが緊張するとかいう理由じゃあない。
本当だよ? 僕は嘘をつくのそんなに好きじゃ無いから。まあ、口に出さなければ音が聞こえてくることもないんだけれど。
下らないことを考えているうちに、部室の目の前まで来ていた。そういえば、鍵が無いけど扉は開いているのだろうか? 開いていなければ鍵を取りに行くだけだけども。
扉に手をかけると、鍵がかかった感触は無かった。鍵を取りに行くという面倒なことをせずに済んだと、少し安堵しつつ扉を一気に開ける。
中には人が一人、椅子に座っていた。夕陽が部室に差し込んでいてよく見えないが、体格は男性のそれだろう。ということは、クロ先輩だろうか。
ゆっくりと中に足を踏み入れても、何も反応しない。いつもなら、クロ先輩はお疲れとか、なんかしらの声をかけてくれるのだが。もしかして寝ているのか? それを確かめるべく、クロ先輩へと近付く。
寝ているにしてはやけに姿勢が良く、背中は椅子の背もたれにピッタリとくっついている。クロ先輩は身じろぎ一つしておらず、寝息すら立てていない。気になって正面から顔を見てみる。
目元にかけられた黒いアイマスク。
口には茶色いガムテープ。
縄跳びの紐で椅子にくくりつけられた体。
あっ……。
「どうしたのヒロ君? クロ先輩は寝てるの?」
「いや……、寝ているとも言えるし、寝ていないとも言える」
「何そのシュレディンガーの犬みたいな」
「あの、福原さん……。シュレディンガーの猫だと思う……」
そこ重要なんですね。猫でも犬でもどっちでも良いと思うんですが。
「あ、そうなんだ。で、ヒロ君どうなってんの、クロ先輩は? こっちからじゃ逆光で全く見えないんだけど」
「そうか、それは好都合だわ。とりあえず、一旦部室の外に出てくれ」
二人にこの映像を見せるわけにはいかない。クロ先輩がドMだというのは知っていたが、まさかここまで変態だとは……。
てか、部長はどこに行った⁉ なんでこんな状態で放置して別の所に行けるの⁉
どう考えても、クロ先輩を椅子に縛り付けたのは部長の仕業だよな。
「え、いきなりどうしたの?」
「僕もよく分からない。そうだ、部長を探しに行ってきてくれ。藤宮さんと一緒に」
「よく分からないけど、なんとなく分かったよ。じゃあ、行こ秋波ちゃん」
「え、う、うん……」
二人はドアを閉めて出て行く。去り際に、藤宮さんが『どうしてかあの人から危険が見えたんだけど……』なんて言っていたような気がするのは聞き間違いではないだろう。
その直感は正しい。けど、安心してくれ。クロ先輩は危険を及ぼすよりもむしろ、及ぼされたいと思っているから。まだ二週間しか一緒にいないが、なんとなく分かる。
さて……、シュレディンガーのクロ(変態)を解放しないとな。てかなんだ、この縄飛び用の紐は。パッと見ただけでも、四本以上はある。この人は学校に何しに来てるの?
椅子ごと窓から放り出したい気持ちをグッと堪えて、まずアイマスクとガムテープを外す。
アイマスクを外すと整った眉と、キリッとした目が現われる。
ガムテープを力任せにビリッと引き剥がすと、クロ先輩は「あふん」と声を出しながら、悦に入った表情をさせていた。
え? 何この人? やだ、こわい。
「いいね……、奏多君……。最高の気分だよ……」
「僕は今最低の気分です。てか、このヒモかたっ。どんだけ強く結んでんだよ……」
「ここみちゃんが俺を思って結んでくれたからね」
「部長は何やってんですか……」
ヒモを解くのに四苦八苦していると、椅子がギシギシと鳴る。このギシギシ音あまり好きじゃ無いんだよな。
「いいね奏多君。その俺を一切考えていないような乱暴な手つき」
「だって、これ固すぎですよ……っ。カチカチじゃないですか……っ(ヒモが)」
「もっと強くしてくれてもいいんだよ? なんか俺も気持ち良くなってきちゃったな……(ヒモの話)」
「ちょっ……、クロ先輩は動かないで下さいよ」
さらに激しく椅子がギシギシと鳴る。大丈夫? この椅子壊れない?
「いいや、限界だね。奏多君……、もっと強く、乱暴に
「早くしないと部長たちが戻って来ちゃいますって……」
ガラッ
狙い澄ましたかのようなタイミングで部長たちが戻って来た。そして部長がクロ先輩と僕を見て一言。
「あんたら男同士で何で、
組んず解れつ。間違ってはいないが、その言い方は別のニュアンスを含んでいるのだろう。てか確実にそっちのことを言ってるだろ。
部長の後ろには、顔を真っ赤にさせた藤宮さんと冷ややかな目で僕を見る福原が立っていた。
誤解を解くには時間がかかりそうだな……。そう思った。
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