第2話 やはり部員探しは上手く行かない
「何か成果はあった人は……?」
昼休み。部室に集まった僕たちは、部長のその言葉に全員黙り込んだ。月曜日から部員探しを始めてから今日は木曜日。既に三日が経ってしまっていた。それでも得られる成果は無い。
「すみません、ここみ先輩……」
「花ちゃんは悪くないわよ」
「その言い方だと僕とクロ先輩が悪いように聞こえるのですが……」
「それ以外に何かある?」
おっと、この部長なかなか理不尽だぞ。勿論真面目に探しているけど見つけるのはやっぱり難しいって。そもそもいるのかどうかすら分からんのに。本当にツチノコを探すようなもんだ。
「特にクロ! あんたのその変態的な能力を生かす数少ないチャンスでしょう? ちゃんとやってくれないかしら」
「ここみちゃんが俺を縛ってくれるなら頑張るよ」
「嫌よ。アンタに触ると変態が
触ると感情が分かるっていうのも困りものだな……。加えて、クロ先輩は心からこんな事を言っている。嘘を好まない僕が、嘘であってくれと願うことになるとは。
「広瀬はその
「それをやると俺は変人になっちゃうじゃないですか……。てか嘘の音を連続で聞くのはキツすぎますって」
「知らなかったの広瀬? あなたは変人よ」
「えっ……? 違いますよね、部長? なあ、福原からも……」
「そんなことよりどうやって部員を探しましょうか……? あたしはあまり役に立てないかもしれないですけど……」
サラッと流されたんだが。というかこの子、そんなことって言った? 普通に傷つくからやめて欲しい。自覚無しに人を傷付けるのはいけないことなんだぞ。
「そうねー……、聞き込み調査をしましょうか。センシティブの特集を作るために取材をしたいとか言えばなんとかなるわ」
「まあ、確かに……」
それなら、僕らがセンシティブであることを悟られずに聞き回れるだろう。福原は例外だけども。といっても今日が木曜日だから、チャンスは今日の放課後と明日だけだが。
「あと二組で行動しましょうか。私とクロ、広瀬と花ちゃんで。」
「分かりました。んじゃあ福原が人に話しかけていって、僕がそれを嘘かどうか判断するって感じで良いか?」
「いいよー、あたしそれぐらいしか出来ないし」
それぐらいでもかなり助かるんだけどな。僕から話しかけに行くのはなかなかハードルが高いし。
結局、昼休みはこの話し合いで潰れてしまったので動き出すのは放課後からになりそうだった。
* * * * *
そして放課後。僕は福原と合流して、もう十人ほどの生徒に訊き回っていた。
「やっほー、田中ちゃん。あのね、突然だけど質問して良い? センシティブの特集を作るために色々な人に訊いてるんだけど」
「いいよ、何でも聞いて」
「ありがとう。一つ目ね。あなたはセンシティブですか?」
「違うよ」
その言葉に嘘は無い。まあ、そうだよな。
「二つ目ね。知り合いにセンシティブはいますか?」
「うーん。福原さんしか知らないなあ」
僕たちの世代だと、センシティブの出生率は全体の出生率の一パーセントほど。百人に一人いるかいないかだ。この答えも当然だろう。
「じゃあ、最後ね。センシティブをどう思いますか?」
「よく分からないけど……、なんか、不気味……? あ、もちろん福原さんの事じゃ無くてね」
「うん、分かっている。ありがとうね。じゃあね」
やっぱり、成果無しか。福原は友だちと別れると、こちらに向かって歩いてくる。
「どうだった?」
「いや、何も。全部正直に答えてたよ」
「そっかー……」
それにしても不気味ね……。もちろんそんなことはとっくの昔に分かっていたことだ。それでもこうして聞くと少し悲しくなる。
「おう……」
「なんか……、今日はもう帰ろっか。明日またやろ」
「分かった。じゃあ、また明日な」
「ちょっと待ってて。下駄箱のところで」
「ん? 一緒に帰るのか?」
「へ? それ以外無くない?」
「お、おう……」
福原のクラスは僕のところよりも下駄箱から遠い。荷物を取ると気持ちゆっくり目に下駄箱へと歩き出す。
女子と一緒に帰るのは中二の時以来だっただろうか。どうにも中二のあの時から女子との距離の取り方が掴めない。
嘘をつかれたら、なんて考えが先行してしまう。こんな考えは相手にも失礼だろうに。
それを考えると福原は正直者だから、話しやすいのかもしれない。福原だけでなく部活の人たちも嘘をつかないから気楽だ。それは僕の異能を知っているせいかもしれないけれど。
「お待たせ」
後ろから背中を軽く触れられる。振り向くと、後ろには福原が立っていた。
僕はそれを確認すると、無言で下駄箱から靴と上履きを取り替える。
待ってないよ、なんて気の利いたことでも言えれば良かったのだろうか。
「そういえば、福原はなんで一緒に帰ろうと思ったんだ?」
「んー、明日までに部員を見つけないと廃部になっちゃうでしょ。だから、なんとなく、ね」
「普通に名前だけ貸してくれる人なら見つけたから、廃部にはならないけどな」
「それでもね。普通じゃ無い私たちの居場所は無くなっちゃうわけじゃん」
「んな『
その
分かってる、分かってるさ。表向きは文芸部とは言え、他のセンシティブと集まって何かやること事なんて今まで無かった。
僕はこのたった二週間が妙に居心地が良かったのだ。
「今の言葉嘘でしょ?」
「よく分かるな」
「ヒロ君、今一瞬だけ顔しかめたからね」
流石にバレるか。福原は自分がセンシティブであることを明かして、なおカースト上位にいるような女の子だ。人の機微には敏感なのだろう。
「そういえば、幸せの匂いってどんなもんなんだ?」
「急に何? 哲学?」
「福原の能力のことだよ」
「ああー……、そっちね。うーん、良い香りとしか、石けんとか、花とか……」
「不幸の匂いとかも分かるんだよな」
「うん。まあ人の幸福度が匂いになって分かるっていうか。不幸な匂いはなんかツンってくる匂いとかかな。まあ他にも色んな匂いがあるんだけど」
嫌な匂いも分かるんだな。人の本心が少し分かるという点では僕の能力とも少し似ているかもしれない。
「ヒロ君は大抵嫌な音が聞こえてくるんだっけ?」
「うん、まあな。たまに信じられないくらい綺麗な音が聞こえてくることもあるんだけどな。まあ遠い昔だ――」
そこまで言いかけていたところで、次の言葉が出なくなってしまう。
別に言いよどんでいるわけでも、くしゃみが出そうなわけでもない。
ただ、前を歩いていた女子生徒が急に止まったから。
それもスマホを見ているわけでも、靴紐を結んでいるわけでも、ましてや空を見上げているわけでも無く、突然止まった。
背筋をまっすぐに伸ばしたまま、思わず見惚れてしまうほどの
肩につかないほどの短い黒髪が、夕陽に照らされて艶やかに光沢し、柔らかな春の風にふわりと
ただそれだけのことが、やけに僕の心を動かした。何か、ある気がする。
「あ、あの人、藤宮さんじゃないかな。一年の間で、可愛いって話題になってたよ。どうしたの? 見惚れちゃった?」
「そうだけど、そうじゃなくて。何か、引っかかっるような……」
「ヒロ君、どうした――」
『『『すみませーん!』』』
福原の言葉を遮ったのは、サッカー部の部員によるものだろう。グラウンドからそんな声が響いていた次の瞬間には、ボールはもう飛んできていた。昨日は雨が降っていたからか、ボールは泥をまき散らしながら、やがて藤宮さんの前方五メートル程を勢いを殺さずに通過する。
妙だ。確かな違和感がしこりのように胸中に残る。藤宮さんにはボールどころか泥がはねた様子も無い。
何かヒントを得ようと、藤宮さんのことを不躾にも眺め回してしまう。どうして彼女は急に立ち止まったのか?
確かに僕は頭がおかしくなったのかもしれない。こんな些細なことをいちいち気にかけるなんて不自然で、不可解で、不可思議だ。
けれども思考は勝手に進み出し、次々に仮説を立てていく。
「うわ、危ないなー。もう少し先を歩いていたらボールにぶつかってたね」
「たしかに……」
確かにそうだ。仮に藤宮さんが立ち止まっていなければ? 藤宮さんにはボールが当たってしまっていただろう。
藤宮さんが立ち止まったのは単なる偶然だろうか? いや。彼女は立ち止まってもずっと正面を見ていた。それは普通の人間が立ち止まった時にする行動ではない。
立ち止まるときは大抵何か目的があるときだ。忘れ物に気付いただとか、靴紐を結ぶだとか、電話がかかってきただとか。けれども、彼女は何もしていない。ただ正面をじっと見ていただけ。
いや、藤宮さんにも目的があったのかもしれない。ボールにぶつからないという目的が。
ならば、いつからボールが飛んでくることに気付いていた? 彼女がグラウンドを見ていた様子は無かった。本当にまっすぐ前を見据えていただけ。
違うか……、すでにボールが飛んでくることに気が付いていたんだ。立ち止まったあの瞬間にはもう気付いていたのだろう。
そして仮説は確信へと近付く。ならばやることは一つだ。この仮説を確信へと変えるために。
何事もなかったように歩き出した藤宮さんに追い付くべく、僕は走り出す。福原は驚いたように声を上げていたが、この際仕方無い。
そして、藤宮さんに追い付きその言葉を発する。今日何回も聞いた、あの言葉。
「突然ごめん。君はセンシティブ?」
突然の俺の質問に、藤宮さんは一瞬顔をこわばらせたが、すぐに表情を戻して答えた。
「『いいえ』」
頭のどこかでチリンと鈴の音がなる。聞きようによってはいい音とも、あるいは雑音とも言えるかもしれない。けれど、このときは確かにいい音だと、綺麗な音だと、そう思った。
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