第32話

 壁をぼんやりと眺めていると、水晶に新しい表示が浮かび上がっていることに気づく。



『壁の一部が破壊されました。修復しますか?(D級木材115/100)

→はい

 いいえ



 あっ、水晶の力で修復できるのか。

 それならここは迷わずに修復だな。


 俺はそのまま『はい』のボタンを押すと、いつものことながらその場にたくさんの木材や釘が飛び出してくる。


 もちろん家の外に積まれる……なんてことはなくエーファの部屋の中に――。



 しまった、と思ったタイミングにはすでに手遅れだった。



「あははっ……」



 部屋の惨状を見て、ただただ乾いた笑いしか出てこなかった。



「……全くもう。ほらっ、さっさと直してしまいましょう。クルシュはおっさんを呼んできて」

「えっ、あっ、はい。わかりました。すぐに呼んできますね」



 クルシュは慌てて外へ出て行った。



「それじゃあ私たちは先に進めておきましょう。えっと、何をすれば良いの?」

「多分だけど、この木の板を壁に打ち付けたら良いんだと思う」

「わかったわ。それじゃあ、早速やっていきましょう」



 それから俺たちは壁に木の板を打ち付けていった。

 不格好ながらも隙間風が吹かないように密に……。


 するとしばらくしたらアルバンがやってくる。



 助かった。これでなんとか――。



 アルバンの顔を見て、俺はホッとしたものの、彼は現状の大穴が空いた壁を見て、そのまま卒倒してしまった。



「あ、アルバン!?」



 俺は慌ててアルバンに駆け寄る。

 すると、彼はうわごとのように「新品の家が……新品の家が……」とうなされていた。


 建築をメインに活動してくれているアルバンからしたら、今の惨状は考えられられないものなのだろう。



「ど、どうしましょう……。このままだとアルバンさんが――」



 クルシュがその場で慌てふためいていた。



「クルシュ、倉庫の方から回復薬を取ってきてくれ」

「あっ、はい。わかりました!」



 クルシュは再び部屋を飛び出していく。

 その間に俺はアルバンの様子を見ておく。



「あ、主様。私はいかがしましょうか?」

「エーファは壁を頼む。ラーレも協力して。アルバンは俺の部屋に運んでおく」

「わ、わかったわ。でも、この量を私たち二人じゃ無理だから、早く戻ってきなさいよ!」

「あぁ、もちろんだ」



 俺は何とかアルバンを担ぐと、そのままゆっくりと俺の部屋へ運んでいった。






「うぅん……。はっ、な、何が起きて――?」



 しばらくするとアルバンが飛び起きるように目覚めていた。



「意識が戻ったか、アルバン?」

「そ、ソーマ様!? わ、私はどうしてこのような場所に? なんだか、とんでもない悪夢を見ていた気がします……」

「お前は倒れたんだ……。壁に空いた大穴を見てな」

「大穴……」



 アルバンが先ほどの様子を思い出そうとする。



「お、思い出せません……。なにやら悪夢のような光景は見た覚えがあるのですけど……。心血注いで作った建物がものの数秒で壊されてしまうような――」



 いや、それで合ってるんだけどな……。



 俺ははにかむ以上のことはできなかった。



「そ、それより、もう体は大丈夫なのか?」

「えぇ、ソーマ様のおかげでもう大丈夫にございます。今すぐにでも新しい建物を建築できる所存でございます」

「あぁ、まだダメみたいだな。主に頭が――」



 確かに建築を頼んでいる物のアルバンの本職は聖騎士だ。

 それがまるで大工のようなことを言ってる、ということはまだ混乱が見られると言うことに他ならなかった。



「はぁ……、はぁ……、ソーマ様! お薬を持ってきました!」



 慌てた様子のクルシュが戻ってくる。



「よし、早速それをアルバンに――」



 回復薬は飲み薬なので、飲ませてくれって言うつもりだった。

 ただ、クルシュはなにを思ったのかそれをアルバンに向けて放り投げていた。

 いや、足を滑らせて、投げてしまっただけか……。


 結果はどうであれ、回復薬はそのままアルバンの方へと飛んでいき、そして、瓶が破裂し、アルバンにその回復薬がかかっていた。


 ポタポタと水が滴る良いおっさん……。


 なんてことを一瞬考えてしまったが、相手はまだ意識もはっきりとしていない、けが人だ。

 さすがにこれはまずい……。



「あ、アルバン。大丈夫か……?」

「はい、ソーマ様。このくらいで朦朧とするアルバンではありませぬ。この程度、蚊ほども効きません故ご心配なく――」



 アルバンは大きい笑い声を上げたので、少しだけホッとしていた。



「まぁ、無理だけはするなよ。今お前に倒れられたら――」

「そ、ソーマ様……」



 目を潤ませて感動を露わにしているアルバン。



「今お前に倒れられたら質の良い建物が建築できなくなるからな」

「も、もちろんにございます。このアルバン、ソーマ様の期待通り、すぐに傷を治して戻って参ります」

「あ、あぁ……、頼んだ……」



 まさか普通に反応されてしまうとこちらとしても困ってしまう。


 しかし、アルバンはホクホク顔ですごく嬉しそうにしていたので、これはこれでよかったのだろうと思うことにした。

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