預金通帳はかく語りき ―帰ってきたおじタン、ほぼムス。―
流々(るる)
第一話 告白!?
放課後の理科室。九つ並んだ実験台に一人ずつ座って、みんな思い思いにスケッチブックなりケント紙なりに向かって手を動かしていた。
わたしたち美術部の活動場所がここ。
なぜ理科室を使うのかは謎。
というのは嘘で、顧問の横山先生が理科担当だから。
コロナウイルスの影響で今年の文化祭が中止になり、落ち込むみんなを「作品だけは作ろうよ!」と最初に励ましたのは部長の三園さんだ。
二年生のわたしと違って、高校生活最後のイベントがなくなってしまった先輩たちこそ辛くて悲しい思いをしているはずなのに。
六月になって学校も通常授業に戻ってから部活も再開、わたしたちは十二月に向けて作品を書き始めた。横山先生が開設してくれるフェイスブックを発表の場として、写真で公開することになっている。
「それがさぁ、マジにすっごい大きな顔だったんだってば。
実験台越しに、
「うっそー。楓、話を盛ってるでしょ?」
「ホントだよぉー! マスクがこーんなに小さく見えたもん」
そう言って鉛筆を置いた彼女が、両手の親指と人差し指で小さな四角形を作ってわたしに見せた。
おいおい、それじゃ子供用マスクより小さいよ。
「ほらーやっぱり盛ってるじゃん。マスクの大きさはどれもそんなに変わらないでしょ」
「いや、これくらいに小さく感じたってこと。朋華、信じてよぉ」
おねだりするような口調なのに、マスク越しにはくぐもった笑い声も聞こえてきた。
二人のくだらないやり取りにみんな耳を傾けながらも割り込んでくることはない。
「でもさー、その人、怒ってなかった? 楓、ずっと笑ってたんでしょ?」
「多分へーき。なんかね、体も大きくてト〇ロみたいな人だったから」
「可哀そうにな、その人も。こんなところでディスられてるとも知らずに」
あ、ついに竜野先輩が参戦してきた。
うちの部に三人しかいない男子の中じゃ、一番おしゃべりだもんね。
楓には言ってないけれど、先輩は彼女のことを好きなんじゃないかと思ってる。ちょくちょく絡んでくるし。
百七十センチ近いわたしと違って、楓は小柄で守ってあげたくなるタイプだからなぁ。
「えー⁉ ディスってなんかないですよぉ、可愛らしいっていうホメ言葉です」
「でも笑ってるじゃんか」
先輩をチラ見すると手を止めて楓の方を向いていた。
口元はマスクで隠れているけれどニヤリと笑っているのが目を見れば分かる。
やっぱり二人はいい感じな気がするんだけどなぁ。
それは置いといて――楓! たしかにあのポッコリとしたお腹は可愛らしいけれど、ホメてるつもりならそんなに笑っちゃダメでしょ。
「はーい、そろそろ時間だからキリのいいところで片づけに入ってね」
三園さんがみんなに声をかけた。
「朋華も楓もおしゃべりだけじゃなくて、ちゃんと書いているのね」
「あったりまえです!」「やるときはやります!」
後ろからスケッチブックを覗き込んだ三園さんへ、握りこぶしを見せつけた。
楓は思いっきり胸を反らしている。
「そんなに反らしたって、小さい胸は大きく見えないぞ」
「あーっ! 今の聞きましたぁ? セクハラですよね、セクハラ! 先輩、ひどーい。部長も聞きましたよね? あー、横山先生はいないのかぁ。これは職員室へ呼び出しものなのになぁ、残念っ!」
また絡んできた竜野先輩へ、オーバーに怒ったふりをして楓が早口でまくし立てる。
反撃されて、ちょっとオロオロしている竜野先輩も可愛い。
三園さんも二人を見て苦笑いしている。
「竜野くんも今のはイエローカードだよ。ちゃんと楓に謝って」
「ごめん……。調子に乗り過ぎた」
「分かればいいんですよ、先輩。実は私、脱ぐとすごいんですから」
「え⁉ すげー小さいってこと?」
「ちがーうっ! 部長ぉ、ひどすぎませんかぁ?」
三園さんに泣きつくふりをしてる楓と、それを見てまたオロオロする竜野先輩。もぉコントみたい。
みんなも笑いながら後片付けをしている。
楓だってその気があるんじゃ……と思いながらスケッチブックと筆箱をバッグにしまっていると誰かが近づいてきた。
顔を上げると小林くんが立っている。
同じクラスで部活も一緒なのに、あまり話したことはない。
どちらかというと物静かなタイプで、彼の描く絵はわたしみたいに漫画チックじゃなくて
「加納さん、ちょっといい?」
マスクをしているせいか、眼鏡越しの目ヂカラが強い。
とても真剣な思いが伝わってくる。
「なに?」
「話があるんだ。このあと教室に残ってくれないか」
え、なんなの? この雰囲気は。
突然、放課後に教室へ呼び出されてすることと言えば――告白⁉
まさか……。いやいや、そんなわけないっしょ。だって、あれは普段から仲が良かったり、ケンカばかりしている二人がすることでしょ。
そう、楓と竜野先輩みたいに。
小林くんとは二人だけで話したことなんて一度もないよ。
「え、でも、部活が終わったらすぐ帰るように言われて――」
「二、三分でもいいんだ。僕は先に教室で待ってるから」
ちょ、ちょっとぉ。
わたしの返事も待たずに小林くんは理科室を出ていった。
どうしよう。
マジにひょっとして……。
視線を感じて振り向くと、楓の目がニヤリと笑っていた。
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