尚、士気については旺盛であります!
固太 陽
第1話 転 勤 ~士気旺盛な男~
自衛隊という仕事には転勤が付きものだ。幹部であれば約2年、曹であれば中期実員管理。
その時期になると他の方面に行くことが当たり前になっている。
北は北海道、南は沖縄県まで。はたまた世界を股にかける外交官なんてのも仕事の範疇に含まれる。
世界を股にかける自衛官故に転勤先が思いもよらない場所になることもある。たとえば、
魔法やモンスターが当たり前に存在する異世界に異動することもあるだろう。
(さっきまで正常に作動していたコンパスが狂ってる、地図と地形が違いすぎる。)
自衛隊における訓練の中には地図判読を練成するものがある。部隊や場所によって様々であり中には『見ず知らずの山に連れていかれ目的地だけかかれた地図とコンパスだけ渡される。現在地を地図とコンパスだけで判読し目的地へ向かう(但し食料は現地調達)』という某ステルスゲームの主人公ならその辺の蛇をたべて歓喜するような状況も存在する。
(急に目の前が強い光に覆われて見えなくなってからここにいるんだよな、まいったな・・・)
山をさまよう彼は訓練中に何かが干渉して異世界に迷ってしまったようだ。当然そんなことも分からず地図と外の景色を見比べて自問自答を繰り返している。
(違う、こっちじゃない。
というかこんな植生の森見たこと無い。それに焦げたような草が多い。火事でもあったのか、人がいる形跡なのか・・・ん?)
離れた木の根元に茶色肌の爬虫類と思われる生物が見えた。
4歩行で姿勢は低くおよそ1メートルはあると思われる大きさ、顔はトカゲのような姿をしている。
(トカゲか?いや、その割にはとてつもなくデカい。ワニみたいだ。
・・・よし、食うか。)
自衛隊におけるレンジャー訓練で有名な話だが、サバイバル生活が出来るよう蛇の捌き方を学ぶ。
知る限りではニワトリを捌く事もあるとか。
いきなり生き物を見るやいなや『食うか』という発想に突っ込み所満載だと思われるが、極限状態に陥った自衛官曰く『あの時は山の生物がなんでも旨そうに見える』らしい。
(今持ってる武器が89式と拳銃。弾は5.56mmが120発、9mmが30発。銃剣、マチェット。エンピ(携帯シャベル)は・・・使わないか。)
思考しながら巨大トカゲの背後に回る。右手にマチェットを持ち、ゆっくり振り上げながら近づいていく。
首まであと7歩、6歩、5歩・・・。もう少しで手が届く、といった距離まで近づいた所で巨大トカゲの尻尾が左右に駄々をこねるように振られはじめた。
(ちっ。さすがに気付いたか。ならばっ・・・!)
カコン。
トカゲの正面にある木に石を投げつけた。トカゲは本能のままに反応し音がした方を確認するため首を伸ばす。その一瞬にブンッとマチェットを振り回す音とバァンと何か爆発した音が森の中を静寂を破った。トカゲの口から放たれた火炎が薄暗い森を照らす。
(・・・何が起きた?
このトカゲ、火の玉を吐いた?!)
トカゲは動かなくなった。そのトカゲの首からは鮮血が吹き出している。その血が森を鮮やかな色合いに染めていく。目の前にあった石を投げつけた木はトカゲの吐いた火の玉で大きな穴が空いている。
その周辺の草はボウボウを燃えて、瞬く間に炭に変わっていった。
(直撃したら間違いなく死んでいる。
確実に仕留めるならマチェットより銃で安全に行くべきだった。
しかし・・・。
弾の補給は無い、弾を無駄にはできない。
衛生陸曹はいない、怪我は出来ない。
手持ちの食料はない、今はこのトカゲで凌ぐ。
・・・もし、食料と水が尽きれば・・・。
とにかくこの森を出て、地図と整合する場所を見つけないと。考えるのはそれからだ。)
思考しながら巨大トカゲを捌き食べられそうな肉を焼いていく。
彼は日本とはかけ離れた場所に来たことを自覚した。
彼は異世界に転属となった。
一歩間違えれば命を失う危険な世界に。
仲間もいない、家族もいないこの土地でに。
名誉も誇りもない、名も知らない世界に。
それでも彼は、最後まで諦めないだろう。
彼の名は庄野哲也。
身長170cm、体重63kg、年齢28才。鋭いツリ目と古風な考えを持つ、どこにでもいる自衛官とは異色を放つ自衛官であり、習志野駐屯地にて陸上自衛隊として勤務をしていた。
彼は、たった一人で異世界に入り込んだ。
尚、士気については旺盛であります。
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