九話
王の間を飛び出したものの、どこに行けばいいかわからなかった。なんとなく階段を上がっていく。突然死体が現れてどきりとする。今日で何回目だろう。
そっと触れると、まだ体温が残っていた。かなり最近に殺されたのだろう。犯人は隊長しかいない。
王宮内はかなり静かだった。静かすぎるほどだ。かと言って油断するわけにもいかないので、息を潜めて進んだ。廊下にまた死体が転がっている。
血痕が点々と続いていた。それを追っていくと、角に突き当たった。そこを曲がった先に、隊長がぼんやりと突っ立っているのが見えた。
俺はそっと近づいた。隊長はとある部屋の前で棒立ちになっていた。彼はこっちを振り返り、少しだけ口の端を歪めて笑った。どこか皮肉めいた、冷たい笑い方だった。
「君は、どこに行っても僕を見つけてくれるんだね」
俺は何も言わず隊長の目を見つめ返した。隊長はすぐに目を逸らした。そして部屋の開いた扉の向こうに視線を送った。
「懐かしい部屋だよ。扉に木の板が打ち付けられてた。悪いものでも封印してるみたいにね」
かつて隊長が暮らしていた部屋なんだろうか。隊長は「ここには良い思い出が無い」と呟いた。
「イツキくん」
隊長は再びこちらに顔を向けた。俺は首をかしげてみせた。
「あの時……助けに来てくれて、ありがとう。僕、君を怒らせてしまったから、来てくれなくても当然だったかもしれないって、後で気づいたんだ……」
「当然なわけ、ねえだろ。あのまま見捨てたら俺が一生後悔する」
本当だが、なんだか冷たい返しだなと思った。捕捉を入れようとしたが、隊長はもう視線を逸らしてしまっていて、タイミングを逃してしまった。
隊長はふらりと部屋に入っていき、入ってすぐのところにある棚のランタンを取って部屋を照らした。そしてもう少し奥に足を踏み入れた。
俺は戸惑いながら、続いて入っていった。ふわりと、どこかで嗅いだことのある、独特の匂いがした。
「……?」
隊長が、さっと振り返った。隊長も感じたのかな、と思うと、彼は俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「僕、誰にも言ってないことがあるの」
突然の告白に俺はどぎまぎした。ちゃんと姿勢を正して聞かないといけないような気がして、俺は身動ぎをした。
「なんだ?」
「ヒロくん……龍神にも、ウルフさんにも、かつて僕を王宮から連れ出そうとした仲間にも、今一緒に戦っている隊員たちにも、言ってないことなんだ」
隊長は謎めいた暗い瞳を閉じた。俺は未だに胸の中に燻っていた嫌な予感が、なぜか思い出したように増大していくのを感じた。
突如辺りに漂う匂いの正体がわかった。
車に使うような、可燃性オイルの匂いだ──それに気づいたのとほぼ同時に、隊長の手から、ランタンが滑り落ちた。あっと言う間もなかった。
「僕……」
隊長は、爽やかで哀しい笑みを浮かべた。
「ずっと前から、死にたかった」
ランタンの火は、炎の柱となった。
瞬く間に部屋は火の海と化す。
「隊長!?」
手を伸ばすと、炎がその手を舐めた。熱さにびくりと身を退いた。
ありえない。こんなこと、あっていいはずがない。
自分まで滅ぼそうとするなんて。
「隊長……」
灰色の病院で息を引き取った祖父の、たまにしか見せない笑顔を思い出した。
ある日家に帰ったら、首を吊って死んでいた母の顔を思い出した。
また明日も会えるみたいな「さよなら」を言って、目を閉じたウルフを思い出した。
無力感。それと同時に、無性に怒りが湧いてきた。無力な自分にも、隊長にも腹が立つ。
「どこまで自分勝手にやれば気が済むんだ、お前は……」
俺は震えながら呟いた。
目の前で誰かが死ぬのは、もう嫌だ。
「簡単に死ねると思うなよ!!」
俺は叫びながら炎に飛び込んだ。その直後、隊長らしきものにぶつかって、俺は勢いそのまま床を転がった。体当たりをまともに食らった隊長も、一緒に転がって、俺たちは組み合ったままドスンと壁にぶつかった。
まだ火が回っていない、部屋の奥まで転がってきたようだ。暑いが空気は残っている。
俺の下で隊長がもがいた。焦げ臭いが、びしょびしょに濡れていた俺の服で体に点いた火は消えたらしい。
俺はもがく隊長の首根っこをつかんで、怒鳴った。
「バカなことしてんじゃねぇよ!!」
隊長がもがくのをやめた。俺は荒い呼吸を繰り返した。
「……でよ」
隊長が何か言った。俺は「ああ?」と喧嘩腰に聞き返した。すると、隊長は無理やり体を起こして俺を突き飛ばした。
「邪魔しないでって言ってるの!!」
俺は立ち上がるついでに隊長に頭突きを食らわせた。どこに入ったのかよくわからないが、隊長は呻いてふらついた。
「お前な……お前はな、卑怯者だ。俺に全部話してくれたの、俺を仲間として信用してくれたからじゃなくて、もう死んじまおうって思ってたからなんだ」
俺は隊長を責めた。そうではないのはわかっていたけれど、あえてそう言いたかった。
「……そうじゃない。僕は……」
隊長は抗議したが、俺は無視して続けた。
「嘘なんかつかなくていいぜ。俺たち炎に巻かれてんだから。……俺の反応が見たくなかったんだろ。今後俺が十五番隊を抜けるかもしれないし、隊長を裏切ったり騙したりするかもしれないもんな、復讐のためにさ。自分はもう死ぬって決めてたんなら、全部話しても何も怖くないもんな」
「違うって言ってるでしょ……どうして決めつけるの」
「俺にはそうとしか見えないぞ」
隊長は唇を噛んだ。
「そんなんじゃない……言ったでしょ、僕はずっと前から死にたかったって。イツキくんと出会う前からずっとだよ。物心ついたときから、僕はこんな世界が嫌いだった……世界を呪い続けてきたんだ。自分も呪い続けてきた……やっと死ねるって言うのに、どうして邪魔するの?」
「ハァ? 『死ねる』? 何を言ってんだ」
俺は嘲笑った。
「今までお前のために命を失っていったやつらが、今のお前の言葉聞いたらどう思うか考えてみろよ。ウルフとか、昔仲良くしてくれたやつらとか。お前はそいつらのこと、無視するのか?」
「……ああ、僕のためにみんな死んでいった。正確には僕のせい、でね」
隊長は空虚な目で笑った。
「たとえウルフさんたちが、僕に生きて欲しいと思ってても、僕はもう生きたくない。死んでしまいたいんだ。ねえ、だってイツキくん、君が思う以上に、この世は絶望でいっぱいなんだよ?」
俺は一瞬言葉に詰まった。何か言おうと思ったが、隊長の人生のどこを取っても、それを否定できる要素は無かった。
「君こそよく考えてよ……。信頼していた人には裏切られて、好きだった人たちには死なれるんだ。僕のせいでみんな死んでいく。わからない? まさに忌み子、呪われてるんだよ、僕は。それに、もう僕の役目は終わった。復讐も終わった。生きてる理由もないよ」
隊長は悲しげなのにどこか満足げに言った。
何と言えばいいか全くわからなかった。黙ることしかできなかった。何も言わないのは、同意になる。だけど俺は、嘘をつけなかった。
「……何も言えないでしょ」
今度は隊長が嘲笑った。
「君にはわからないよ。僕の気持ちなんて」
その顔を見ていると、削がれた怒りが再びわいてきた。
「世界から嫌われた僕の、このクソみたいな人生を終わらせられるんだ」
隊長はまた哀しい笑みを浮かべた。
「わかって……たまるかよ……」
俺は声を震わせた。
わからなくて、当たり前だ。こんなやつの気持ちなんか、共感できるはずがない。俺とはまるで違う生き方をしている隊長の気持ちなんか……。
「わかってたまるかよ!!」
俺は絶叫しながら隊長に掴みかかった。隊長は生意気にも避けたが、俺は左の拳をおもいっきりぶん回した。
俺の左ストレートで、思った以上に隊長は吹っ飛んだ。床に倒れると、左の頬をさすりながら睨んできた。
「わかるわけねーだろ、秘密主義のお前の気持ちなんか。苦しいなら苦しいって、悲しいなら悲しいってさ、言わなきゃわかんねえよ。俺がバカなの、お前だって知ってるだろ。わからないでしょう、じゃねえんだよ。自分の過去も頑なに隠してたやつの考えてることなんか、なおさらわかんねえ!! 死にたいなんて俺、今初めて聞いたのに、ああそうなんだねって言えるわけねーんだよ!!」
俺は怒りを吐き散らした。言いながら自分が本当に思っていることは何なのか気づいた。俺は隊長の気持ちに共感したいわけでも、慰めたいのでもない。この変わり者が一体何を考えているのか、知りたいだけだ。隊長という人間を、ただ理解したいだけだ。
「……じゃあ、僕もわからない」
隊長は上目に俺を睨んだまま言った。
「正直に言えって言うなら、君も正直に言えばいいじゃない」
俺が「何言ってんだ」と返すと、隊長は威嚇するように歯を剥き出した。
「君は僕が憎くてたまらないはずだ」
俺はまた喧嘩腰の「ああ?」を言いそうになったが、思いとどまった。そういえば、いつかの雪の日に、そんなことを呟いた覚えがある。
「なんも言わないってことは図星なんだ」
「んなこと……」
「違うなら君は違うとかハァ? とか言うでしょ」
隊長の指摘は痛かった。違う、と言いたかったが、違わないような気もして言えなかった。
「いいよ、僕のこと憎んだままで。僕は憎まれるだけのことはしたからね」
隊長はどこを見ているのかわからない目で狂ったようにニタリと笑った。そして、手を伸ばせばギリギリ触れられるくらいの位置まで近づいてきた。
「殺しなよ」
今度こそ、俺は「ハァ?」と言えた。隊長は焦点の合っていない笑みを消して、代わりに空虚な無表情になった。
「僕は君の、大好きだったおじいさんを、殺した張本人だよ」
ゆっくり、染み渡らせるように隊長は言った。
俺は閉じた口の中で奥歯を噛み締めて、全身を震わせた。
「殺したくないの?」
隊長は苛立ちを隠せない様子で俺を見つめていた。俺は震えながら弱々しく返した。
「なんで、そんな風に言うんだよ」
「君が言ったことでしょ」
隊長は目を細めた。
「憎いって言ったじゃない。僕は隣でそれを聞いてた。それなのに僕は正直に僕が犯人ですって言わなかった。君は僕を許せないはずだ」
炎の中で何かが弾ける音が響いた。汗が背中を伝う。
自分でも隊長のことをどう思っているのかよくわからない。憎いのか? と訊かれるとそうでもないのに、「全て壊れた」と思ったあの日を思い出すと、刀に手をかけたくなる。
「君が殺さなくてもどうせ僕は死ぬんだから早くしなよ」
隊長はまた狂気的に笑っている。
「さっきみたいに首ひっ掴んでさ、その刀でズタズタに切り裂けよ。復讐できるよ。よくできたエンディングでしょ? こんな偶然、滅多にないよ!」
声を荒らげて笑う隊長に、俺は手を伸ばした。
「俺の復讐は」
伸ばした手が隊長に触れる。
「もう終わった」
隊長が笑うのをやめた。
「隊長、俺ってさあ、お前みたいに複雑じゃないからさ」
隊長の肩を掴んだまま俺は言葉を紡いだ。
「一発殴ったらもう気が済むんだ」
「……何それ」
隊長が俺の手を振り払った。
「バカみたい! わけわかんないよ!! ずっと心の奥底で憎んでたんだろ!! その程度なの!? 僕だってずっと、罪悪感に苛まれてたっていうのに!!」
「それは違う。俺だってずっとムカついてた。そうじゃなかったらお前と仲違いなんかしてないだろ? でもな、俺……覚悟が足りなかった。俺は甘かったんだよ」
隊長は面食らったような顔で後ずさっていた。俺はうつむいた。
「きっと向いてないんだよ、復讐とか難しいこと……。本当に殺したかったら、さっき王と一緒にお前に刃を向けてたよ。でも、俺はそんなことしようなんて微塵も思わなかった。だって俺、お前のこと……友達で、仲間だって思ってるから……」
いつの間にかびっくりするくらい力を込めて手を握りしめていた。悔しいのか怒っているのか自分でもわからない。でも、本心だ。
「……そう、なんだ。そっか……」
隊長がぼそりと言った。顔をあげると、なんだか遠いところで隊長はうつむいていた。
「ああ、僕、わかった。自分の本当の気持ち……」
相変わらず謎めいている瞳がこちらをまっすぐ見ていた。
「僕が一番憎んでたのは」
隊長は自分の首筋に、いつの間にか手にしていた包丁を当てた。急激に体温が下がったような気がした。
「僕自身だったんだ」
「てめえ……!」
俺は飛び出した。それと同時に、隊長は包丁を……しかし、視界がぼやけて見えなくなる。
「ふざけんじゃねえぞ!!!」
血の赤は、見えなかった。
俺は隊長の腕を掴んでひねりあげていた。包丁は軽い音を立てて落ちた。隊長はびっくりしたように俺を見つめていた。
「ここまで言って、なんでわかってくれねぇんだよ!! 俺はなあ、生きろって言ってんだよ! なんで死のうとするんだよ、俺の話聞いてねーのかよ!」
至近距離で怒鳴ると、隊長はびくっとして、腕の力を抜いた。
「俺の想像よりお前が苦しんでるのはわかってんだよ。でもな、俺はもう、誰かが目の前で死んでいくのは見たくないんだ……」
隊長の目が潤んでいた。
「苦しいよ、僕」
か細い声で隊長は言った。
「僕の救いはもう、死ぬことにしかないんだよ」
囁くようなその言葉は、悲痛な叫びのようだった。俺は絶望しかけた。自分の首をかき切ろうとする隊長を、止めないほうが良かったんじゃないかという気さえした。でも、やっぱりそれは耐えられない。
「お願いだから生きてくれよ……隊長」
なんだか、俺が命乞いをしているような、情けない声しか出ない。隊長は、ただ泣いていた。俺はやっと隊長の腕を離して、正面に立った。どうにか俺は隊長の目を見据えた。
「あのな……みんな生きるのは苦しいし怖いよ。隊長の比じゃないと思うけど、俺も全てを失って、絶望したこともあるよ。でも俺は意地でも生きた。死んだら、今まで俺がじいちゃんに教えてもらったこと、全部無駄になるって思ったんだ。……俺はな、お前に会って、十五番隊に入って、本当に良かったって思う。たった一人で、暗くて寒い夜を過ごすのはつらかった。隊長もわかるだろ」
隊長は黙って頷いた。
「あの日お前に会って、成り行きで十五番隊の仲間入りをしてから、俺は色々変わった。お前と雪合戦して、くだらない行事で騒いでたのも、楽しかった。俺、あんまりそういうの、したことなかったから……俺はこれからもそうしたい。隊長のこと嫌いじゃないから……憎んだり、嫌ったりは、もうやめた。だからさ、隊長……」
俺は息を吸った。喉が震えた。言いたいことは、結局ただひとつだ。
「生きろ」
隊長の目から、涙が溢れだした。炎に照らされ、頬が赤く染まり、まるで血を流しているみたいに見えた。
「なんで……みんな僕に生きろって言うの……?」
隊長は手のひらで顔を覆った。その隙間から、嗚咽が漏れた。俺はその背中に腕を伸ばし、少し擦ってやった。
「僕、何もできないのに……みんなに頼って、わがまま聞いてもらってばかりなのに……こんなどうしようもない僕に、どうして生きろって言ってくれるの? 僕はそれが怖いよ。わからない……」
隊長は首を横に振り、少し語気を強めながら言った。俺は何か言おうとしたが、今はただ聞いていよう、と思い直した。隊長は少し息を整えると、再び口を開いた。
「イツキくんみたいに、優しくしてくれる人をまた失わないか、誰かに騙されたり裏切られたりしないか……怖くてたまらない。いなくなっちゃうのは嫌だよ……。でも、僕の周りではそういうことばっかり起きる。僕はまだ薄暗い部屋の中に囚われてるんだ。僕の人生は、この龍王国を滅ぼすためにあった。だから周りの人が死んでいくんだ。きっとこれからもそうだ。だって僕はまだ〈龍神の使〉だから──役目は終わったけど、まだあいつの操り人形なのには変わりない。希望なんて、生きてても無いに等しいんだ。そばにいる誰かだって、結局みんな絶望の種でしかない」
暗い目で隊長は言った。俺はやっと、隊長が見せるこの暗い目の正体がわかった。
死にたいという、陰鬱な願望だ。
生きたい、に変わってくれたら──きっとウルフや、隊長のかつての仲間も、そう思っていたんだろう。今度は、俺だ。
「隊長」
俺はニカッと笑って見せた。隊長は不思議そうな顔で俺を見つめた。
「俺が、お前の『希望』になるから」
その先はもう、何も言わなかった。隊長は俺の顔をしばらく見つめたあと、突然俺に抱き付いてきた。
「うっ!? なんっ……」
「イ、イツキくん……僕……僕っ……」
隊長は何かが爆発したように、わっと泣き出した。迷子になっていた子どもが、母親に見つけられて抱き上げられたときみたいな、そんな勢いだった。
隊長はひとしきり号泣すると、俺から離れて、涙の残るぐしゃぐしゃな顔で笑った。久しぶりに見る、無邪気な笑顔だった。
「……泣きながら笑ってんじゃねーよ」
思わず俺まで笑ってしまう。すると隊長が、涙を拭いて首をかしげた。
「イツキくんも、泣きながら笑ってるよ?」
「……えっ?」
俺は手の甲で目元を拭った。確かに、皮膚が濡れていた。
「あれ、俺、いつの間に……」
俺は慌てて目を擦った。泣いてることに気づかないなんて。
「君が涙を見せるとは思わなかった」
隊長がぼそりと言った。俺は苦笑いして頷いた。あまり泣いたことを指摘されると、恥ずかしくて俺まで発火しそうだ。
「出られないね」
隊長が辺りを見回しながら、少し暗い声で言った。燃え盛る炎が、もうすぐそばまで迫ってきている。さっきまで必死すぎて気が付かなかったが、だいぶ煙も充満してきて、息も苦しい気がした。
「どうしよう……」
俺はポーチから水筒を取り出し、隊長の鼻先に差し出した。
「これ、頭から被れ」
「……え?」
「火の中突っ切るぞ」
隊長は信じられない、とでも言うような目をした。俺は早くしろと言って水筒の蓋を開けた。隊長は恐る恐るそれを自分の頭上でひっくり返した。
「よし……そんじゃ行くぞ」
「ま、待ってよ、ホントに突っ込むの?」
「それしかないだろ。大丈夫、中で立ち止まったりしなければ燃えないから」
俺は特に恐怖も感じないが、隊長は瞳に炎を映して、怯えたように首をすくめている。しょうがないので手を掴んで、しっかり握ってやった。
「お前な、さっきまで死のうとしてたくせに怖がんなよ」
隊長は苦笑いして「うん……」と言った。
「みっつ数えたら一気に抜けるからな。あと、息を止める。一瞬だけだから大丈夫」
「うん」
隊長は決心したように俺の手を握り返した。
「さん、に、いち!」
俺は床を力強く蹴った。隊長も遅れず飛び出す。
熱風が俺たちを包んだのはほんのわずかな時間だけ、すぐに部屋の外にたどり着くと、勢い余って二人とも廊下の壁に突っ込んだ。デジャヴだ。
「いて……」
隊長が隣で頭を抱えていた。ぶつけたらしい。かく言う俺も肩を打った。
「簡単だったろ」
隊長は頷いて、灰と化していく部屋を振り返った。やっぱり読めない表情をしている。俺も同じように、炎を見つめながら、ふと思った。
じいちゃんとの約束、破ってしまったな、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます