七話
星空の下、森を切り開いた場所に建つ大学。戦場はここらしい。〈桜〉が作ったもので、あらゆる研究が行われている。この大学が〈桜〉の持ちものであることは、つい半年前まで誰も気づかなかった。
「最終確認ね。僕はイツキくんと組む。今回の指揮はウルフさんに任せて、黒狐さんと涼子さんがペア。いつも通り、僕らが先行して他の隊が調査とかをしやすいようにするのが一番の目的だからね。死んじゃダメだよ」
隊長はどのグループがどこを攻略するのか、地図を見ながら指示を出していく。こうしてみるとちょっと「隊長」っぽい。
「僕らはこの辺りね。たぶん日時はすでに〈桜〉に教えてるだろうから、一般人はいないはず。いてもこんな現場に居合わせてしまったら、どうせ殺されるけど」
本部からの指示を待とう、と隊長は地図を畳む。戦闘時はまず本部からそれぞれの隊に、おおまかな指示が出る。それを聞いて各隊員に細かい指示を出すのが隊長である。常に副隊長が指揮を行う隊もあるし、隊長と副隊長が二人で行う隊もある。十五番隊は基本隊長がやるが、今回は特別だ。
「ウルフはどこから指揮してるんだ?」
「車に残してきたの気づかなかったの?」
「途中まで乗ってきたやつに?」
「そうだよ。大ケガでもした時はあそこまで戻らないとね」
「と、遠い」
「そのためにペアを組んでるんだよ。どっちかがケガしたら運んであげられるようにね」
そんなことを話していると、無線機からウルフの声が聞こえた。
「始まったぞ」
隊長がそれに返事をして、俺たちは解散した。
最初に向かったのは、体育館である。なんでそんなところに、とも思ったが案外隠れ場所になるらしく、そこに〈桜〉の会員が待機していることもあるとか。
「この扉を開けた瞬間に襲われるかもしれないから、気をつけて」
隊長が鉄製の重い扉に片手をかける。が、それは鍵が閉まっているのか開かなかった。俺も試してみるがやはり開かない。
「ちょっと退いて」
隊長は両手を扉にかけて、力ずくで鍵を壊し、ものすごい音を立てて扉を開けた。俺は大学内に響き渡るほどの音と、鉄の鍵を壊す隊長の怪力にひたすら目を丸くしていた。
「ぼーっとしてらんないよ」
隊長が背負っていた斧を外す。俺も慌てて刀を抜いて、早速向かってくる敵に構えた。
「今の音でお前がいると連絡しなくてもよくなったな、〈龍〉!」
安っぽい刀を持ったやつがそう叫びながら、隊長に切りつける。隊長は斧でそれをあしらう。俺にもナイフを持った男が切りかかってきた。刀とナイフがぶつかりあって火花が散る。一瞬だけ切っ先が相手に届いたけれど、すぐに離れてしまった。いつのまにか手の甲を少し切っている。ナイフに苦戦している間に、敵に囲まれてしまった。隊長の姿は敵に埋もれて見えない。
俺は二本目の刀を抜いた。初っ端から両方使うことになるとは。舐めていた。
二本目の刀で不意討ち。ナイフ男は崩れたが、周りから三人もの敵が襲いかかってくる。右と左で二人の攻撃を受けて、三人目は足払いで乗り切った。三歩引いて一人の武器を叩き落とし、後の一人は二本の刀で対応。
一人ずつ削っていったほうがいいな、と心のなかで呟く。なんだか視界がさっきより明るくはっきりしている気がする。そのおかげで相手の攻撃の線がよく見える。隙をついて素早く後ろにまわり、振り返りざまに脇腹を切りつけた。ぐわっと短く叫んで相手は膝を折る。これで俺は敵を二人倒した。まだまだだ。
と、背後から頬がチリチリするような殺気を感じて、俺は飛び退きながら振り返る。まだ倒していない二人が、さっきまで俺がいた辺りに刃物を振り落とした。
「よくも殺ってくれたな」
「そいつは俺たちの幼馴染なんだぞ」
二人は怒りのこもった目で睨み付けてくる。そして俺にまた切りかかってきた。
「知るかよ……!」
首や目を狙われて戦いにくくなった。さらに二人は見事なコンビネーションで俺を翻弄する。暴風雨の中を歩くみたいに動きにくい。今まで何してたのかツッコミたくなるほど、突然強くなった二人に、目の下と鎖骨の辺りを切られた。どちらもあまり深くはないが、特に鎖骨のほうが痛い。一旦遠くに離れて立て直したいが、それも難しい。とにかく隙を見て二人を攻撃し、こっちが消耗する前に向こうの戦力を少しずつ削っていくしか……
「余所見してる場合じゃねぇよ」
体が後に持っていかれる。息が苦しい。
「かはっ」
腕で首を抑えられているようだ。耳元に熱っぽい息がかかる。右肘で後ろの男を殴ったがあばらに入ったようで、むしろこっちがダメージを受けた。もう一人が俺を殺そうとナイフを握って歩いてくる。歪んだ余裕の笑みを浮かべている。俺は目を閉じかけた。しかし男は足を止め、ゆっくりと倒れていく。俺は目を見開いた。どさりと鈍い音を立てて倒れた男の首から、血が流れて止まらない。隊長が斧を振り抜いた格好で立っている。男の後に。
俺はほっとしたのもつかの間、周りの光景を見てゾッとする。体育館が真っ赤に染まってたくさんの死体が転がっている。何人いるのだろうか。
首を押さえる力が緩んでいるのに気付いて、俺はすぐに腕を振りほどいた。まだ驚きで固まっている男を刀で突く。男は呻いて無理矢理刀を引き抜いて逃げた。だがその先に隊長が滑り込み、斧で切りつける。男の体から力が抜けて、無理矢理立たせていた人形のように倒れた。
辺りがしんと静かだった。隊長がこちらに歩いてくるときの足音と俺の荒い息しか聴こえない。
「イツキくん、もう疲れちゃったの?」
平然と訊いてくるお前が疲れてないほうがおかしいだろう、と頭の中で突っ込んだ。俺は戦闘用ポーチから布を取り出し、刀を綺麗に拭いた。
「あそこに扉あるでしょ。あの中身を見に行こうと思うんだけど」
隊長が示したのは入り口と似たような鉄製の扉だった。倉庫だろう。
「あん中に何かあるのか」
「そそ。たまにああいうところに大事なもの隠したりするから、開けてみるの」
隊長はすたすたと扉に近寄る。しかしまた鍵が閉まっているようだった。
「念入りだねぇ。これで何も無かったらがっかりだなー」
俺はそっと耳をふさいだ。再び破砕音が響き渡る。鍵を探す気も無いらしい。
「イツキくんー手伝ってー」
俺は死体の転がる中を慎重に歩いた。ぼんやりしているとぬるぬるした血で滑りそうだ。ふと死体と目があって鳥肌が立った。
「どんなものを探せばいいんだ?」
隊長はボールが並べられている棚を覗いていた。何かありそうには見えない。
「なんか怪しい小さい箱とか、そういうの」
ずいぶんと大雑把な答えだ。俺は仕方なく適当にその辺りのものをひっくり返した。だがそれらしき物は見つからない。探しているとさっき切った手の甲が痛む。
倉庫のすみからすみまで荒らしてから、隊長は言った。
「こりゃ無いかもね。ただの体育館倉庫」
「まじかよ。こんだけ探させておいて」
「仕方ないから次の場所に行こう。こんなことしなくても良かったのに、時間食っちゃった」
「……おい待て、今のやらなくて良かったのか!?」
「あ、うん。なんとなく探した」
なんじゃそりゃ……と俺はうなだれる。無駄な苦労をさせられたようだ。隊長はそんな俺を置いて倉庫を出る。
「次は理化学研究棟だね……っとウルフさんに連絡しなきゃ」
歩きながら隊長は報告を済ませる。呑気な口調はここが戦場であることなどこれっぽっちも思わせない。俺は早くこの体育館から出たくていらいらした。
外に出ると少し雨の匂いがした。ひんやりと冷たい空気に湿気が混じっている。遠くで何かざわめいているのが聴こえる気がした。隊長は地図を見ながら静かに歩く。建物の裏を通り、フェンスで囲まれた土のある場所を通った。と、突然、まがり角の前で隊長が立ち止まった。
「い、イツキくん……! あれ見て!」
興奮を抑えきれないのか、若干声が大きい。指差しているのは角のすみ……。
「ちがうよ! もっと前!」
「うるせぇな。何にも無いじゃないか」
隊長の指は地面を指している。
「わかんないの? ミレンソウだよ! すっごく珍しい草だよ!? なんでこんなところに生えてるんだろう! 種があまり遠くまで飛ばないから殖えにくいし、昔に薬として使われてたせいで余計に数が減っちゃったんだよ!」
「知らねーよ。聞いたことも無い。てかお前、何? 植物マニアなの? 部屋に植物図鑑とかそういう本とかばっかあったじゃん。一緒に森を歩いたときもやたらそういう話ばっかしてたし」
隊長は「今さら気づいたの?」と俺を一瞥する。そういえば虫もだいぶ詳しかったような……いや、それはいい。
「庭に植えたいなー。種採っていいかな?」
「ここ植物園だろ? 看板立ってたぞ。『園内のものを持ち出さないでください』って」
「んー。まぁバレないでしょ。てか敵組織だしどうなってもいいや」
隊長は勝手に実を採ってポケットに突っ込む。それならなぜ俺に採取可能か訊いたのか。隊長は子どもみたいにルンルン跳ねる。ちょうどそのとき銃声が近くから聴こえて、俺たちは慌てて身を隠した。
隠れながら歩いて、植物園を抜けるとすぐに棟に辿り着いた。ここは正面からだとかなり目立つので、窓から入ることになった。また隊長が大胆に割ったりするのかなと思いきや、今度はそっと窓を外して派手な音を立てないようにしていた。
入ったところは講義室のようで、三人用の長机がいくつも並べられていた。目が回りそうなくらい長い化学式のポスターが貼られている。俺たちは黒板の隣の扉から廊下に出た。
非常灯の灯りだけを便りにして進んでいくが、人の気配のようなものは全くしない。隊長も首を振った。
「奥の化学講義室に行こう。何かあるかもしれない」
「またかよ。俺らは探し物なんかしなくていいんだろ。何もなかったら怒るからな」
「あるって。会長に言われたもん。化学講義室に必ず行けって」
「なんだよそれ。行かなくてもばれねーじゃん」
「無線機に位置がわかるやつが仕込まれてるからバレるよー。前に僕がこっそり違うところでサボってたら、バレて怒られたもん」
隊長は無線機のアイコンを見せてくれた。黄色の丸が位置を送信している合図らしい。
「隊長のクセにサボるなよ」
隊長はヘラヘラ笑って講義室の扉を開ける。中は真っ暗だ。一歩足を踏み入れると、足元と目の前が暗闇に包まれてしまう。
「こんな暗い中で探し……」
後で扉が独りでにバタンと閉まった。とっさに振り返って扉に手を掛けるが、簡単には動かなかった。
「開かない……!」
力一杯引こうとしたとき、隊長が鋭い声で
「動かないで」
とささやいた。扉の下から漏れ出す光で隊長の目がちらりと光る。
「誰かいるよ」
隊長が見ている方に目を向けたがもちろん何も見えない。隊長は見えているのかじっと一点を見つめている。どろどろした闇がまとわりつくようだ。
「やあ」
隊長は虚空に呼びかけた。少し笑っている。俺と初めて出会ったときみたいに。
「久しぶりに会ったね」
久しぶり……? 知ってるやつなのか? それに闇の中が見えているのが不思議だ。
「あぁ、ほぼ一年ぶりじゃないか?」
闇が答えた。俺ははっと目を見開いた。
「今日は連れがいるようだな」
男が俺のほうに向いた。見えないけど声でなんとなくわかる。
「そうだよ。やっぱり君からははっきり見えているんだね」
「はっきりとまではいかない。顔はわからないがシルエットが見えるだけだ」
敵なのか味方なのか、さっぱりわからない。俺はただ黙っていた。
「お前こそ俺が見えているのか? いや、感じているのか?」
言い直した。感じている、とはどういうことなんだろう。
「僕もはっきりわかってるわけじゃないよ。そんなことより目的は何? 今日は何しに来たの」
「いつも通りだ」
男がフッと笑う気配がした。
「お前がここに来るだろうと思ったから、俺の役目を果たしに来たんだ」
「僕はやる気ないけど仕方ないや。代わりにイツ……〈狐〉には手を出さないでね?」
「ああ、興味ない」
自分の本名が出そうになって一瞬焦った。そんなことより男にないがしろにされているようで少し腹が立つ。しかしどうやら敵であることがわかり、さらに二人が戦うつもりのようで気が引き締まった。
「一年間何してたの」
隊長が背中から斧を外した。とたんにさっきの戦闘で斧が被った血の臭いが広がる。
「お前対策に肉体改造させられてたんだよ。あと遠方の任務だな」
向こうからも金属音がした。
「これじゃあ見えねぇからな」
パチン、と周りが突然明るくなった。俺は目を細めた。男の姿を初めて認める。
「それなら〈死神〉くん、始めから電気点けてたら良かったのに」
大鎌を持っているのは、〈死神〉という名の――少年だった。
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