第8話 ウイルスバスター
「ういるすばすたー……?」
俺は、凛とした態度でこっちを見下ろす目の前の少女をまじまじと見つめた。
コンピュータウイルスが具現化した話を聞かされたばかりなのに、次はウイルス対策のセキュリティソフトが具現化されたと思われるものが現れた。
この少女がウイルスバスターとすると、俺のパソコンに入り込んだあのバケモンを、同じくこんな少女が俺のパソコンに入り込んで防いでくれていたのか……。
「ありがとうございます」
「なにが!?」
少女は驚いた顔でこちらを見ていた。
だけど、驚いているのはこっちも同じ。また、ややこしい要素が増えた。まぁでも、とりあえず一番初めに確認しておかないといけないことがある。
「確認しておくけど厨二病ではないんだな?」
「誰が厨二病よ!」
「いや、窓から入ってくるなんて、厨二病を拗らせてるやつだけなんじゃないかなと……」
「あなた、初対面のくせに失礼ね! 私、仮にも国家組織の一員なのよ!? ウイルスバスター所属なのよ!? わかってる!?」
いや……わかんねえし、そういうところが中二病臭ぇんだけどな‥‥‥と、思ったところで「オホン」と咳払いするおじさんと目が合った。
おじさんは少女に気付かれない程度に小さく首を横に振った。
そうだ‥‥‥。今この時代で非現実なのは俺の方だった‥‥‥。ここで少女に非現実的だと指摘することは、同時にこの世界の否定に繋がる。
それは俺に対する疑惑を生み、自分の首を絞めることになる。相手が警察的役割を担っている国家組織だというなら尚更だ。
職質でもされたら、こっちには見せるもんがない。保険証とか持ち歩かない派だし。握手会とかのイベントのときにしか持ってこない。‥‥‥いや、持ってても意味ねえけど。
一瞬、この少女にタイムスリップの事を話してはどうかとも考えたが、おじさんの様子を見る限り、やめた方がよさそうだな。
おじさんのような一般市民ならともかく、公的機関が相手となると話を信じてもらえるかどうか危ういということだろうか。
逆によく一発目で、話のわかるおじさんを引き当てたものだと自分の強運に感心する。
まぁどっちにせよ、このどう見ても女騎士コスプレイヤーにしか見えない少女は、近くでアニメイベントがあるからこんな格好しているわけではなく、この時代では、これが普通で、通常営業ということなのだ。
そして、その気になれば俺にお縄をかけてブタ箱にぶち込む権力も持ち合わせていると……。
まだほとんど事態を把握出来ていないこの状況で、そんなややこしいことになるわけにはいかない。
となると、次に取るべき行動は………。
「……えっと、あー、とても可愛いですね。よかったらお茶しませんか?」
「は? 公務中にナンパ? ふざけてんの?」
「すいません。間違えました」
選択肢を。
「ったくもう、初対面の相手に対して、失礼な上にナンパって‥‥‥。これだから最近の若者は‥‥‥」
見た目的に若者はお互い様だし、俺は『最近の』じゃねえけどな。ま、言うわけにもいかないから、別にいいけど‥‥‥。
「それにしても”厨二病”だなんて、あなた、おっさんみたいな言葉使うのね。見た感じ、私とあんまり年変わらなさそうなのに‥‥‥」
「え」
少女が覗きこむように顔を近づけて、赤みのある茶色い瞳で見つめる。
マジかよ‥‥‥。まさか、そこに引っ掛かるとは‥‥‥。思わぬところに地雷だ。
もしかして、この異世界染みた風景から察するに『教育』というシステムも大きく変わったのか‥‥‥?
マズいな‥‥‥。ここまで常識が変わってるとなると、もう、どこからボロが出るかわからねえな‥‥‥。
「あ、あぁ。よく言われる‥‥‥。お、親の影響かなぁ……へへへ……」
「ふーん」
秘技『とりあえずヘラヘラする』を発動して、乗り切ろうとする俺に対し、少女は怪しんでいるのか、興味がないだけなのか、どっちともわからない微妙なリアクション。
困り気味の俺を見かねたのか、おじさんが助け船を出す。
「そういえば、お嬢さんが出動したのはさっきのウイルスの件かい?」
「え? ええ、そうです。町中でウイルスが暴れているとの通報を受けて飛んできたんです。ま、無駄骨だったみたいですけどね」
急にそれっぽい話し方になったな。こうして丁寧に話すとちゃんとした公務の人って感じがするな。育ちのいいお嬢様に見えて、可愛げも出た気がする。
何故、俺に対してはその話し方じゃないのかと疑問に思うところだが……いや、最初はそうだったか。俺が選択肢を間違えてからだな。うん。
「それで現場に居合わせた方に、ウイルスを駆除した高齢の方と若者の二人組が、ここのカフェに入ったとお聞きしたのですが、あなた方で間違いありませんか?」
「あー。うん、そうだね」
おじさんは少し困ったように答えた。
「失礼ですが、どのように?」
「どのように‥‥‥?」
思わず口を挟んでしまった。
少女は、俺をチラッと見た後、続ける。
「ええ。もちろん、一般市民の方でもウイルスを駆除することはあります。
しかし、それはあくまで一般市民が処理できるレベルの
目がない……? 一つ目……?
「とてもじゃ、ありませんが、私たちのようにウイルスと戦うための訓練を受けたわけでもない一般市民が相手に出来るようなレベルではありません」
え? そーなの? とおじさんを見ると、おじさんは目を瞑り、酸っぱいものでも食べたような表情で頷く。
あの黒肉団子ってそんな凄い奴だったのか……。まあ、たしかに団子の分際で頭使ってたもんな……。
ん? じゃあ、その凄い奴を倒した俺って凄いのでは?ということは……。
「もしやスカウト?」
「はぁ!?」
「あ、間違えました」
二問連続で。
「なにをおかしなこと言ってるの……」
額に手を当てる少女。……頭でも痛いのだろうか。
しかし、スカウトでないなら、もしやこれはあまりいい状況ではないのでは?
本来、倒せないレベルのウイルスを、専門的な訓練も受けていない人間が駆除したこと、そして、おじさんが困った顔をしていることから見ても、なんか……
「もしかして、疑われてる?」
思わず口から出てしまった。
その言葉に対して、顔を背けて少し考え込むような顔をした少女は、何かを決めたように頷いて再び向き直る。
「では、単刀直入にお聞きします」
「……」
何を聞かれるのだろう……と、次の言葉を待つ。
「まさかとは思いますが、『レジスタンス』、もしくは『ダークウェブ』の者と何か関係が?」
「……」
また、新しい単語が出てきた……。
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